日本カスタム界においてピンストライパーの第一人者として、あまりにも有名 な WILDMAN 石井。だがそのピンストライピングしている姿、またその姿勢に関してはよく知られている氏の、そのミステリアスな素性を知る者は意外と少ないのではないだろうか。そこで、2回に渡りロングインタビューを通じて、その魅力に迫りたいと思う。
Contents:
-Wildman はキカイダーがお好き?--認めてもらえなかった闇の時代?--マンガと野球の関係--意外?テニス少年の素顔--The 看板屋--師匠はShige-san?-
-そしてMOONEYES入社--集中力の秘密--憧れの人「青木さん」--過去の愛車たち--GT350ふたたび-

-WILDMAN はキカイダーがお好き?-
Shogo(以下、S): まず当たり障りのないところからお聞きしたいと思います (笑)。やっぱり小さいころから絵は好きだったんですか?
WILDMAN 石井(以下 W):そうですねー。絵は好きでしたねー。他にやることな かったし。
S :やっぱりクルマの絵ですか?
W:クルマの絵。あと電車の絵。別に電車野郎じゃないけど。
S :クルマ好きな人って電車好きな人多いですよね。
W:そう、クルマ好きな人は電車好きな人多いね。意外と隠れて。みんな隠してる だけで。
S :え、グッズとかも集めるんですか?
W:いや、電車は絵の世界だから。やっぱクルマ。クルマ。
S :やっぱりミニカーも・・。
W:ミニカーは子供の時から。
S :絵の方はクルマばかりで人物とかは全然書いてなかったんですか?
W:もちろん小さかったからヒーローは書いてただろうし、ロボットとか・・。 た だ、絵やっぱりはクルマ。もしくはオートバイ。
S :バイクも昔から好きなんですか?
W:バイクはなぜか子供のころサイドカーが好きだった。なぜでしょう、さっぱり わかりません。
S :あれですよ、やっぱりキカイダーですよ!
W:キカイダーの影響だろうなぁ。
S :マッハワンもそうですもん。(Wildmanの愛車のひとつです)
W:ハカイダーそうだねぇ。あとワイルド7の影響だな。
S :ぼ、僕しらないんですよね・・。
W:はっはっはー。
S :マンガが原作のやつですよね?
W:マンガが原作、実写もやってた。
S :知らなかった・・。やっぱりそういうところから来てるんですよ。

-認めてもらえなかった闇の時代?-
S :小学校の夏休みの宿題とか、賞とかあるじゃないですか。ああいうのはよくもらってたんですか?
W:そういう図画工作は比較的、何かしらよい点数はもらえてましたねぇ。
S :スゴイ!
W:それしかなかったから。算数だめだったし。そっちの方が。
S :絵だけじゃなくってってことですか?
W:うん。あとほら、作るじゃないですか、立体。
S :はい。
W:そういうのも。あ、それもクルマだったなぁ。バス作ってみたり。横浜市営バ スをモチーフにしたりね。
S :へー。そういう作品は残ってないんですか?
W:いやー!それはさすがに。いくら物持ちのいい僕でも(笑)。
S :写真とかもないですか?
W:あればオモシロいんだけどなぁ。ないんだよなぁ。
S :わかりました・・・。(とても残念・・)中学とか高校の時はやっぱり美術部だったんですか?
W:いや。ただ絵とか好きなだけでそういう活動は一切。絵は好きだったから美術の時間は楽しかったけど、そのころは・・・あんまり先生とうまくいってな かったから。
S :(笑)
W:中学校1、2年のころの美術の成績はひどいもんで、好きなこと書いてもダメだった。おじいさんの先生だったんだよ。
S :あー。
W:クルマの絵を描いても「バカモノ!」って感じで。ただ中3の時の先生はフィーリングが合ったからその時はとても成績がよかった。美術の先生変わったから。
S :その人はクルマ好きだったとか?
W:というか、まあすごい今思えばその先生は若かったし、もちろんそういう感覚 もわかってくれたし、その前の美術の先生はアルファベットをあまり快く思ってなかったから。例えば何かデザインした時に、英語とかあまり使えなかった。
S :石井さんが中学の時におじいさんということはもう90くらい・・・?(おおげ さ)
W:あの時、おそらく定年に近いような方だから、あれから20年以上経ってるから・・。
S :そ、それは英語にも抵抗が・・。
W:英語のほら、レタリングとかあるじゃないですか。ああいうのデザインしてもあんまり反応しなかったような人だから。

-マンガと野球の関係-
S :あー。マンガの方にも進まなかったんですか?さっきワイルド7とかおっしゃってましたが・・。
W:マンガはもちろん大好きで。小学校の時は描いてたなぁ。でもアニメーション野郎じゃないから、決して僕は!(きっぱり)
S :(笑)
W:小学校の時は描いてましたよ。
S :それ残ってないんですか?!
W:(笑)残ってないなぁ。ノートのキレッパシに描いたんだよ、コマワリして適 当に。野球のマンガとか。
S :野球のマンガですか?
W:野球も好きだったし。
S :え、やるほうですか?
W:小さいころはやってたけど、ほら、プロ野球が、当時はねぇ、僕なんか小さい時は・・
S :王、長島ですね。
W:最後の時代だからね、それを知ってる、現役の。でも僕は別にアンチ巨人でしたからなぁ。
S :当時アンチ巨人て珍しくないですか?
W:親父が大洋ホエールズのファンだったから、僕も小学校の時から大洋ホエールズのファンだった。4年前の優勝の時には感極まりましたよ。
S :でしょうねぇ。
W:よかった!ファンやってて!って思って(笑)そしたら去年は最下位ぶっちぎりだもん。
S :(笑)
W:やっぱこれじゃなきゃ大洋は、と思ってさ。
S :やっぱりビリじゃないと落ち着かないですか?
W:弱い方が面白い。20年に1回くらい優勝してくれれば感激もヒトシオ。
S :大魔神は横浜には似合わなかった?
W:ああいうスターはね。地味な選手がいっぱいいた方が横浜は盛り上がる。個性的な選手がね。
S :田代くらいしかわからないですね。
W:いたねー。ホームベースみたいな顔。変わってたかもしれない。あのころ巨人ファン以外のやつってほとんどいなかったもん。
S :そうですよね。巨人、大鵬、玉子焼きですもんね。
W:(笑)それは僕よりちょっと前。
S :(笑) W 小学校の時もらったサインまだ持ってるよ。大洋の選手の。山下大輔。川崎 球場でね。横浜スタジアムできる前だから。
S :え?
W:大洋はもともと川崎球場で大洋ホエールズだったんだよ。
S :知らなかった・・。で、そういうマンガを描きつつも、そっちの方には進もうと思わなかったんですか?
W:うん・・・。漫画家ね、子供のころはなってみたいと思ったけど。だんだん現実を知って。漫画家の恐ろしさを。
S :漫画家の恐ろしさを知ってやめたんですか?
W:恐ろしいんだ、もう。缶詰になってさ、アイデアもないのに描かされてー、週刊誌の連載もんでも担当しちゃった日には・・。
S :じゃあ新聞の4コマとかすごいですか?
W:アイデアがね、毎日ね。
S :でも石井さんも毎日なにかしら描いてるじゃないですか。
W:あ、そうすね。そう言われれば同じようなもんか。いやでも漫画家は無理でしょう、僕には。憧れの職業だったのは確か。

-意外?テニス少年の素顔-
S :高校の時にもそういう部とかには属さないで好きなように描いてたんですか?
W:高校生の時には絵はもう、あんまり、その美術の時間以外は・・。
S :そうなんですか?じゃあ何に夢中になってたんですか?
W:高校の時には一応テニス部なんてやってたもんで。テニスに夢中になってて。
S :へー、軟式ですか?
W:硬式。
S :よかったですね、その時脱臼とかしないで。してたら今Wildmanいないですよ。MOONEYESもやばいですよ。
W:一番テニスが盛り上がってた世代かもしれない。今思えば。ちょうど80年代 初頭だから、スーパースターがいっぱいいたんだ。
S :あー、ジョンボルグですか?
W:ビヨン・ボルグ、ジョン・マッケンロー(笑)、ジミー・コナーズ。
S :タッキーニですね。
W:そうそう。そういうのがシンクロしてたから一番日本でテニスが盛り上がってたんだ。
Kid Rocker(Studioに遊びにきていた、以下K):僕が生まれたぐらいっすよ。
W:松井(Kid Rocker)は80年代生まれだもんね。ピンクレディー知らないんだ。
S :えー! (しばらくアイドル話が続く・・・

ビヨン ボルグのサインボール
S :専門学校はデザインだったんですか?
W:そう、結局、レタリングが好きだったから、そのまま看板屋さんに就職して。
S :元々絵より字のほうが好きなんですか?
W:昔は絵のほうが好きだったんだけど、中学くらいからレタリングがすごく楽 しくて。
S :中学で美術で習ってからですか?
W:そう、美術で習って、あの時に、先生が変わって3年生になってから、修学旅 行のしおりみたいなのあるじゃないですか、ああいうの自分でデザインするっていう課題があったの、その時にさ、アルファベットをデザインしてたら「こりゃ おもしろいなぁ」って。
S :へー。
W:クルマの本とか見ればいろいろレタリングが出てたから、アメリカのああい う当時のバニングとかの?そういう写真見てさ、あのころはサーファーバンが日 本でも流行ってて。そういう記事見てて「あーかっちょいいなあ。」って思って。
S :石井さんが中学くらいの時にポパイ創刊ですか?
W:んーとね、小学校6年の時。ポパイは創刊号から持ってる。200号まで。
S :スゴイ!
W:ホントはもう少し上の、Shige-san(Shige菅沼、MOONEYES社長)くらいの年代 じゃないかな。
S :へー。じゃあその先生に会わなかったらもしかしたらデザインの方行かな かったかもしれないですね。
W:そうだね。あの時すごく美術が楽しくて。
S :高校行ったら楽しくなかったんですか?
W:いや、高校では先生とも別に悪くなかったから別に。ちゃんと通信簿の中で は美術が一番ずば抜けてよかったからね。今思うと。
S :その通信簿は残ってないんですかね?
W:(爆笑) 忘れちゃったな、そんなの(笑) だから高校の時は別に、そうやって 絵も描いてたけどやっぱりテニスだったんだなぁ。
-The 看板屋-
S :で、デザインでレタリングをやってるうちに「これで食ってくぜ」と決めて看板屋さんに入っていくと。
W:そうですね。
S :看板屋さんで5年くらいですか?
W:5年くらいだねぇ。
S :そのままやっていくこともできた?
W:うん、まあできたねぇ。全然問題なく。時代の変わり目でして、ちょうどそ のころって。カッティングシートが、コンピューターカッティングやり始めた頃 で。だからある意味、僕の年代以降は看板職人になった奴はほとんどいないん だ。描ける人が。
S :あー。
W:コンピュータでみんなやってるから。
S :今やってる人はお年寄りが多いんですか?
W:もう片っ端から引退してっちゃってる。もうどんどん、職人さんは。で、2代 目の看板屋さんに結構チェンジしてるとこありますけれども、それはみんなカッ ティングマシンだよ。
S :コンピューターで。
W:早いし、安くできるし大量生産可能だから。
S :ああいうのってやっぱり味が物足りない気が・・。
W:昔みたいのがいいってお客さんもいるみたいだけど、ただ安けりゃいいって 言う方が・・多いから・・・(苦笑)。
S :時代が時代ですからね・・。ホントは手書きがいいんだけど、今は我慢して いるって言う人も、
W:いるんじゃないですかね。特に、あれは、車両文字は。クルマの看板は。
S :キムラヤのパンって手書きなんですかね?
W:あれは違うでしょ。今走ってるのはほとんどシートだよ。100台のうち1台(手 描きのクルマが)あればいい方。
S :じゃあこうちょいちょいってやったら剥がれちゃうんですかね?
W:今はほとんどがそう。
K :その方が変えやすいっていう利点が・・・。
W:だから、それで。ペンキで描いたらね、ちょっとじゃ消えないし。やっぱり 安くて、早くて、ねぇ。
S :看板屋さんって師弟制なんですか?
W:いや、昔の看板屋さんは1対1っていうか、あまり教えてくれない。技術盗 めって。
S :あー、職人気質。
W:特に映画館の看板なんか描いてた人はみんなそうなんじゃないかな。うちに もいたな、一人。映画館描いてた人が。
S :あれはやっぱり誰でも描けるっていうわけじゃ・・。
W:いや、みんな描ける訳じゃないね、あれは。
S :石井さんにも師匠みたいな人っていたんですか?
W:んー、いなかったけど、最初にあれは、びっくりした
S :びっくりした?
W:ちゃんと寸法測って、下書きして、そういうにやらなきゃいけない、レタリ ングは。
S :はい。
W:あの人たちってカット割りだけしてちゃっちゃちゃっちゃ描きだしちゃっ て、「なんじゃこいつら」と思って。
S :あー、じゃあ僕らが石井さんのピンストライプ見て、「なんじゃこりゃあ」って思うようなもんですね。
W:まさにそんな感じかも。スゴイと思って。

-師匠はShige-san?-
S :で、看板屋でやっていこうかと思っていたのに、86年に元町のMOONEYESが オープンして。あ、石井さんが89年入社だから3年あるんですね。
W:そう。3年。お客さん。
S :すぐ入ったと思ってました。
W:ぜんぜん。ぜんぜんぜんぜん。
S :で、ずっと通ってるうちに、Shige-sanからピンストやらないかって言われた んですか?
W:そう。それまではアルバイトみたいにちょろちょろディスクに文字描いたり して。こそこそと小遣い稼ぎ。
S :ピンスト自体はやってなかったんですか?
W:やってたけど、みようみまねでやってたけど、うまくいかなかったしむずか しいなぁと思って。
S :どういうきっかけで本格的にやらないかって言われたんですか?Shige-sanが Studio作りたかったんですかね?
W:まあ、そういう希望はあったんでしょうねェ、Shige-sanに。そういうホント のアメリカ、板金とか以外の?それ以外のカスタムをやってみたかったんだと思 うよ。Shige-san、ホントは自分でやりたかったんだもん。
S :へー。
W:おれ最初、Shige-sanが愛用してた筆もらったんだもん。
S :ホントですか!?
W:この筆あげるって。

S :初めて聞きましたよ、それ。
W:これで描いてみて、とか言われて、ハーイって。プレゼント。
S :今持ってます?
W:探せばあるかもしれない。ボロボロ。もう。最初に使って練習した筆だから。
S :それはむかーしのマックブラシですか?
W:マックブラシ、マックブラシ。ずっと同じだから。
S :へー。ビンテージじゃないですか。
W:(笑) 変わんないからね、あんまり。
S :(笑)でもこの付け根の色が違うとか。
W:色は違ったかもしれない、もしかしたら。
S :あ!お宝じゃないですかー。

-そしてMOONEYES入社-
W:そう、ちょうどその頃、前にいた看板屋、すごいよくしてもらったし、よ かったんですけど、ちょうどね、そこどっちかっていうと車両文字をメインに やってたんですよ、そこ。
S :車両?
W:車両、クルマ。クルマの看板。なんとか工務店とか。トヨタの下請けだった から。で、いろいろやってて、5年くらいやってて、まだ1人前でもなくて。僕も 他のもん描きたいなァなんて思って。車両文字は車両文字でいいんですけどね。 いろんなのやってみたいなァなんて思ってて、そしたらShige-sanからそのお誘 いなんてあっちゃったりして。
S :(笑) これは渡りに船だと。
W:そう。ホントにタイミングがよかったの。その時会社に電話かかってきたん だよ、看板屋に。「はい、石井です」って出たら「今日来れるかな?」っていう から「元町ですか?なんかあるなら行きますよ」「じゃああとで」って感じで。
S :職場にかかってきたらあせりますね・・。
W:携帯電話もない時代だからね。
S :で、行ったら・・。
W:くっくっく(意味深な笑い)決め台詞。「ピンストライプでさぁ、億万長者 にならない?」
W、S、K :(笑)
S :すごい口説き文句ですねぇ。
W:「億万長者だってなれるよ、まだ誰もやってないからさ」って。でも億万長者は重いなぁって。 S :すごいですねぇ。でも近いとこまでなってますからねぇ。 W:いや、あの時はビックリした。すぐの返事じゃなくていいからって言われて。
K :もう億万長者しか頭に残ってない。(笑)
W:で、結局2週間くらいで決めたのかな。
S :じゃあ結構即決ですね。
W:うん。即決だと思う。で、じゃあよろしくお願いしますって。
S :一番最初の仕事とか覚えてます?
W:一番最初はお客様の荷物の発送やったの。(笑)
S、K :(笑)
W:あとはお店のプライスカード書いた。元町の。まだ商品も少なかったし。

かつての MOON Cafe のウィンドウにサインを入れる WILDMAN

-集中力の秘密-
S :一番最初にクルマに書いたのはなんだったんですか?
W:ちゃんときちんとひとつの作品として、やったのは黒いクラウンのピック アップ。マジック オブ ザ ブルーってやつ。

S :青い線入ってるピックですか? W:そうそれ。あれを最初にやったの
S :あれの前っていうのは自分のクルマで練習したんですか?
W:うん。スバルが黄色かった頃、あれにも描いてあったし。
S :一番最初って震えます?
W:看板やってたから震えってのはない。震えるって感覚はなかった。

マジック オブ ザ ブルー:ブラックのボディーのプレス ラインに沿ってあざやかなブルーのピンストライプが施されている。最初の作品。
S :あれってすごい集中力いるじゃないですか。集中力は昔からあったんですか?
K :石井さんいつもくっちゃべってやってるじゃないですか。
W:手は集中してるんだけどね、頭の中はどこすっとんでるか分からない。
S :え、頭の中はぜんぜん他のこと考えてたりするんですか?
W:そういうこともありますなぁ。あれいくらで買うべきかなぁ、とか。
S :(笑)オークションじゃないですか!
W:そーいや、今五連敗だなぁとか。
S :よく手だけで集中できますね。
W:やっぱり最初は大変だった、と思う。最初からできるわけない。
K :最初にしゃべりながらやってるの見たときはびっくりしましたね。他のピンストライパーでいないじゃないですか。
W:あれはやっぱり人前でやるようになってからだな。ベラベラお客さんとしゃべりながらやってるから。Area-1のデモなんかでも。
S :やっぱりショーに出てから慣れですか。


初期のイベントでお客さんのクルマにピンストライプを入れるWILDMAN

-憧れの人「青木さん」-

S :一番最初にピンストだけでお金もらえるようになったって石井さんですもんね。
W:これだけっていうとそうかもしれないですね。それまでほら、たとえばエア ブラシ屋さんが?片手間にちょっとやってみたりとか?バイク屋さんでもちょっと絵のうまい子がちょっと入れてみたりとか?そういうのは前の時代にももちろ んあったはず。
S :エアブラシ屋さんでやってた例ってあるんですか?
W:今はもうあれですけど、その昔ブルーオートっていうのがありまして、伝説 の青木さんていう人がいて。
S :へー。
W:その人がエアブラシの日本の第一人者でね。僕が中学校の時それを見てあこ がれて「すっげー」と思ってた。その人もピンストライプやってたんだよ。
S その方は今は?
W:多分もうやってはいないと思うよ
S :もったいないですね・・。

WILDMANが今の道に進む興味のきっかけとなった青木氏の 作品。
W:あこがれましたよ。それ見て、青木さんのフレアーとか見て、自転車にフレアーとか入れたりしてたんだもん。
S :まじですか?ママチャリですか?
W:いや、あれはね、なんだろう、子供のさ、小さい自転車がそれが昔ね、もう ちょっとかっこいいのがあったの。
S :ズングリムックリしてる奴。
W:そう、フレームが太かったりとか、チェーンカバーがでかかったりして、フ レアー入れて「Sweet Machine」なんて書いちゃって。
S :かっこいいじゃないですか!それ残ってないんですか?
W:残ってない。(笑)で、青木さんの見て、「かっこいいなー。こんな風な仕事 あるんだー」と思って。
S :何色のチャリに何色で描いたんですか?
W:チャリはブルーだったかな。で、チェーンカバーとかメッキだったから余計 かっこよくてそのメッキのところに赤と黄色でフレアーみたいの入れて。

-過去の愛車たち-
S :億万長者になった後なんですけど(笑)いろんなところで書かれてるからあれ なんですけど GT350 は小さい頃から好きだったんですか?
W:うん、マスタングは好きなクルマだったから、マスタング自体が好きだったか ら GT350 がどうだこうだっていうんじゃなくて、マスタングが最初に覚えたこ ろのクルマだったから、
S :まだムスタングって言ってた時ですね。
W:そうムスタング。それすごい、かっこいい好きなクルマだったから。
S :で、やっぱりコブラが?
W:いや最初はね、Mach1。ほらなんにもわかってないから、でかいエンジンのが 欲しくて。Big Block のね、Cobra Jet 428 っていうでかいエンジン積んだ69年 式の Mach1 が欲しくて。そんなクルマなかなかなくて、アメリカにも。無くて良かったんだけど、あんなクルマ来てたら税金も払えなくて大変なことになって たよ。
S :(笑)
W:したらタマタマ、GT350がなんか買えるんじゃないかって値段で出て。
S :結局それは1年くらい乗ったんですか?
W:いや、それは4年半か5年くらい乗ってた。
S :あ、そんなに乗ってたんですか?
W:来たのは、そうそう87年だったのかなぁ。Street Car Nationalsが87年が第1 回だから87年には来てるんだろうなぁ。毎回出てるんだから。で、88、89・・91 年まで乗ってた!5年だ。
S :そんなに。
W:5年も乗ってたんだ、あのクルマ。ちょいちょい止まってたけど。
S :その前は日本車に乗ってたんですか?
W:うん。日本車も好きだったから。まだ今みたいにワンボックスの時代じゃな かったから、免許とったら5速マニュアルのクルマに乗るっていうのが普通だったからねぇ。で、ちょっと走るやつ?

'88 ストリート カー ナショナルズ。GT350 と 彼女
※現在の 奥様です。
S :箱根とかも行ってたんですか?
W:そう、そういうクルマ。カローラのセダンのGTね、レビンのセダン版のやつ。 同じエンジンのやつね。あれで。TRDの足回りなんか組んじゃって?そう、そう いうクルマ。
S :へぇーー。
W:へへへ。
S :それにずっと乗ってたんですか?
W:そうそうそうそう。あとは、すぐマスタング。
S :意外に一回乗ったらしばらく乗るタイプなんですね?
W:そう、そうかもしれない。
S :カローラからマスタングに行くじゃないですか。その後は?
S :カローラからマスタングに行くじゃないですか。その後は? W:スカイラインGT-R。
S :あ、そっか。
W:それとDAIHATSUフェロー360。
S :あー、なんか小さいのと速いの同時に持ちたいんですね。
W:両極端かもしれない。
S :GT-Rは32ですか?
W:そう、あれが出ちゃったからビックリしてひっくり返っちゃって。GT-Rが甦っ ちゃったから。
S :これは買いだろうと?
W:そう、ひっくり返って。

S :そのGT-Rとフェローは一緒に売っちゃったんですか?
W:いや、フェローは維持費かかんないから、動くまでは持ってたけど、ついに息絶えたから、それで処分したっていう。無理やり直すほどの価値もなかったし・・。
S :そうですか?
W:ちょうどGT-R買う買わないって時に息絶えたのかな、あのクルマ。
S :あ、じゃあGT-Rとはあまりかぶってはないんですね。

ダイハツ フェローとWILDMAN
W:なかった。
S :GT-Rの時はGT-Rとバイク?
W:そうそう。GT-Rは1台あれば、別にどこでも行けるし。
S :へー。
W:あれはハイパフォーマンスカーだね。どんなに速いかと思ったらあんなに速 かった!
S :僕乗ったことないんですけど、やっぱりあんなに速いんですか?
W:桁違いの速さだった。
S :どっか攻めるとかっていうのも恐くなるくらいですか?
W:ぜんぜん限界が高かったし、あれの限界を出すほどの腕も持ってなかったし。 速くて速くて、ホントハヤカッタ。
S
:で、R32にはどれくらい乗ってたんですか?
W:あれは4年かな。
S :で、そのあと・・・ W GT350。 S GT-RからGT350に戻ったきっかけはなんですか?
W:もう散々乗って、嫌いになったわけじゃないけど、もう5年乗ればね、それはそれでいいでしょう、と思って。
S :へー。GT-Rはピンストライプとかは入れてたんですか?
W:ぜんぜん。ホイールをクロームメッキにしただけ
S :会場とかは石井さん、やっぱり自分の車で行くじゃないですか?みんな びっくりしてませんでした?
W:普段は仕事では一切使わないから。あの時はスバル(360)も乗ってたし。
S :GT-Rと360をいっしょに持ってたんですか。

購入当時のスバル360
W:そう。260馬力と20馬力。(笑) スバルはGT-R買う前に持ってたな、たしか。
S :じゃあフェローが死んでから・・。
W:そうそう。それで MOON に入って Shige-san があの黄色いスバルを、お客さんで欲しい人がいるから売っちゃうっていうから「あー、もったいないから僕が 買います」って。

色々と手を加えた後のスバル360
S :へー。あれって元々あの仕様なんですか?
W:延長とか、あれは僕が、いろいろヘンなことやっちゃって。あんなんなっちゃって。(笑)

-GT350ふたたび-
S :同時にGT350は探してもらってたんですか?
W:いや、あれはある日突然欲しくなっちゃって。思い出したらまた欲しくなっちゃって。なんで思い出したんだろ、急にまた欲しくなっちゃったの。で、今回は自分で探そうと思ってたから。
S :あー、そうなんですか。日本でですか?
W:日本にあった、あのクルマ。未登録だったからね、3年車検とれたけど。
S :え?未登録だったんですか?
W:いや、ほら並行輸入で入ってきてたから。誰も買ってなかったんだよ、あんな クルマ。
S :あのフィーリングが忘れられなかったんですかね?
W:やっぱりあの形、65、6年のあの形が欲しかったから。前乗ってたのは68年 だったから、どうしても、やっぱりマスタングと言えば。
S :じゃあ自分の思いが成就されてなかったから・・。
W:で、前に乗ってたのがオートマチックだったの。
S :あー。
W:やっぱりマニュアル乗りたかったんだよね。
S :でも、なんかすごい重いらしいですね、クラッチ。体浮いちゃうとか。
W:へへへ。まあアメ車なんて、みんなあんなもんだろうけど。モモ、つったことあるし。
S :(笑)今はどうなんですか?
W:今はもう全然平気。慣れっていうのは恐ろしいもんで。力ついたのかなぁ。ぜんぜんもう、あれ乗ってて足がどうこうっていうのは。人間て慣れるもんだ なーって思って。
S :今はじゃあもう、あの2台で満足してるんですか?
W:うん。クルマに関してはあれでぜんぜん。
S :また急にR32に乗りたくなったりして。
W:それはないでしょ。
S :あれはあれで成就されて。
W:あれはあれで。

ムーンアイズ ミートにて
・・・・・・・・・ To Be continued

このインタビューの前半では石井氏のバックグラウンドを主に取りあげてみた。 Wildman のピンストライプ、デザインから伝わってくる温もりと優しさは機械 やミニカーなどのモチーフそのものへの愛情から滲み出ているもののようだ。奇をてらったデザインより伝統的なものが好き、という彼のポリシーと相まって、 誰からも支持される曲線が生まれるのだろう。次回はさらに氏の作品に影響を与えたと思われる趣味の分野と、エドロスとの関係に触れてみたいと思う。

name:石井 WILDMAN 孝洋
1964 神奈川県 横浜生まれ
1984 主に自動車へ看板を入れる会社へ就職し、文字描きの基礎から叩き込まれる。
1989 第3回 MOONEYES Street Car Nationals にゲストとして来日した、故 Ed "Big Daddy" Roth のピンストライプに魅せられこの世界を知る。
同年 MOONEYES に入社。日本で唯一の Professional ピンストライパーを目指し、ユタ州の Ed Roth の元へ勉強に出掛け、 Ed Roth より WILDMAN のミドルネームを貰う。それ以降、完成させたクルマ、作品は数えきれず、Tシャツ デザイン、ショーポスター等の制作も手掛けている。その繊細な Finish を好むファンも多い。
USA のピンストライパーの団体である "PINHEAD" のミーティング等にも参加し、その腕はUSA でも知られている日本人ピンストライパーであり、日本のピンストライプの世界をリードする第一人者である。

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-Wildman はキカイダーがお好き?--認めてもらえなかった闇の時代?--マンガと野球の関係--意外?テニス少年の素顔--The 看板屋--師匠はShige-san?-
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