Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

2020? 08? 15? by satoh

横浜優勝!! 真夏の夢は白昼夢か?コラボグッズ絶賛発売中!!

皆様コロナ渦の中、プロ野球ペナントレースは着々と進行しておりまして、我が横浜DeNAベイスターズは相変わらず強いのか弱いのかさっぱり分からない状況が続いております。

何しろ今年はクライマックスシリーズがございませんので、優勝以外何の価値もないという昭和のプロ野球に逆戻りしております。

結局独走のチームが出ない限り、秋にたまたま調子のよいチームが「うっちゃりで優勝」となる気配も有りますので「横浜うっちゃり優勝!!」を夢見ている今日この頃なのです。

という事でついに2020年度、横浜DeNAベイスターズX MQQNEYESのコラボレーション・グッズが発売となりました。これをデザインしている時点でコロナが発生し「今年のプロ野球は一体どうなってしまうのか、ホントに開幕するのか?」と不安な日々を送っていましたが、無事開幕してコラボ・グッズも発売となり一安心なのであります、ああ良かった!!

今回のデザインはですね、いつもと趣向を変えてキャンバスに筆描きで イラストを起しました、一時的に画家となりました。 YOKOHAMA Connection MQQNEYES X Baystarsのコラボは今回でついに9回目となり、最高傑作の登場なのです!!

ネオン輝く本牧MQQNEYES Area-1の前を’32 RoadsterがCruiseし、横浜の街を疾走する’74 VW Type II MQQNEYES号の先には勝利の花火が高々と上がる横浜スタジアムが見えます!!

え、地理的におかしいって? そんなことは気にしないでくださいませ、Area-1は一時的に関内駅付近に引っ越したのです。来年は御所山Connectionになるかもしれません。

インクジェットのプリントにより原画をそのまま表現しましたので、最高の仕上がりとなっております(自画自賛です)
Tシャツ、ロングスリーブTシャツ、ブルゾン、ネックピロー、ティッシュボックスカバー、サンバイザーポケット等々多数のグッズがございます。

MQQNEYESでは本牧Area-1での店頭販売のみとなってしまう事をご了承下さいませ(MQQNEYES Online Shopでは販売致しません)

通販ご希望の方は Yokohama DeNA BAYSTARS Official Website よりお買い求め下さいませ。

暑い真夏の白昼夢、横浜優勝であります!!!

本牧 横浜 MOONEYES Area-1 からメイン ストリートを真っ直ぐ進んだところに構える、日々 HOT な野球の試合が繰り広げられている 横浜スタジアム。今年も定番のTシャツやブルゾンの他に、ティッシュボッスクカバーやネックピローなど日常的に使えるアイテムがラインアップされています。
DeNA BAYSTARS x MOONEYES の YOKOHAMA Connection を感じながら、コラボ アイテムを持って DeNA BAYSTARS を応援に行きましょう!

Win with MQQN!!

DeNA BAYSTARS x MOONEYES 2020 Tシャツ [KGDB086]
カラー: BL ブルー、WH ホワイト
サイズ(JP): S、M、L、XL
価格: 3,500円(税込)

DeNA BAYSTARS x MOONEYES 2020 ロングスリーブ Tシャツ [KGDB087]
カラー: NY ネイビー、WH ホワイト
サイズ(JP): M、L、XL
価格: 4,600円(税込)

DeNA BAYSTARS x MOONEYES 2020 ブルゾン [KGDB088]
カラー: NY ネイビー
サイズ(JP): L、XL
価格: 8,500円(税込)

DeNA BAYSTARS x MOONEYES 2020 ネックピロー [KGDB089]
価格: 3,000円(税込)

DeNA BAYSTARS x MOONEYES 2020 ティッシュボックスカバー [KGDB090]
価格: 1,900円(税込)

DeNA BAYSTARS x MOONEYES 2020 サンバイザー ポケット [KGDB091]
価格: 2,500円(税込)

2020? 08? 8? by satoh

走らせない模型が好き!スロットカーは見て楽しむのです。

ついに梅雨が明けましておめでとうございます!本格的な夏がやって参りました。と
いう事はですね私の仕事場である本牧MQQN Garage内にも夏が訪れまして、この先2ヶ
月、毎年恒例ですが猛烈な暑さの中でベイスターズとともに戦って行きます。

あんまり暑いので、先週は新装なった私の旧作業場、御所山Warehouseに逃げ出して
Pinstripeの作業を行って参りました。と言うかケータリングのキッチンカーの作業
だったのですが、単純に車高が高過ぎて本牧のMQQN Garageに収まらなかった為、御
所山で作業した次第であります。

ボディ横面に楽譜を描くデザインだったのですが、このボディパネルが「波板」だっ
たため、描きにくいのなんのってPinstriper泣かせの作業となりまして、途中で「こ
れは苦行じゃなくって修行なんだ!」と言い聞かせて何とか完成にこぎつけました、
ああ暑かった・・・・・

それにしてもケータリング車両も足元が重要ですよね。このようのMQQN Discを装着
すれば、一瞬で素敵なカスタムカーと化しますのでこういったクルマにもお勧めなの
であります!

という事でタイトルの本題に入りますが、スロットカーなのですね。スロットカーは
皆さんも一度や二度はやったことがあると思いますが、レールの上をスロット(溝)
に沿ってモーター内蔵のモデルカーが疾走するもので、レール部の電路から車両に取
り付けられたブラシで電力を取得し、手元のコントローラーにより電圧をコントロー
ルしてスピードを調整して走らせるといった遊びであります。

1960年代に世界中で大ブームを起こし、日本でもそこら中にサーキットが出来て、家
庭用のコースも販売されましたが一瞬でブームは去ってしまい、その後は一部マニア
さんのホビーとして、又は子供の玩具として生き残って来ました。

少年Wildmanもおもちゃのような家庭用のホームコースで遊びましたが、

「何か同じところをグルグル回っているだけでつまらない、ミニカーのような重量感
もない、コースを飛び出したらキズが付いて壊れちゃうじゃん、危ないぞこれは!!」
と勝手な3ない運動が始まりました。

「プラモデルは作ったら意味がない、あのバラバラの儚い状態と箱絵を楽しむのがプ
ラモデルの真骨頂なのです」と言う意味不明の言葉を発しているWildman としてはス
ロットカーも同様「走らせたらコースを飛び出して壊れちゃうし危ない!スロット
カーは走らせずにミニカー同様見て楽しみましょう」という持論を展開しております
ので、ますます一般マニアさんからは理解されない(相手にされない)存在となって
おります。

なのでWildmanが独断と偏見で集めたビンテージスロットカーを見て楽しんでくださ
いませ。

まずは英国のScalextric(スケーレクストリック)の1/32モデルです。ついこの前の
1957年からこのシリーズが発売されブームの基礎を作ったブランドなのです。ブーム
時は日本にも入って来ていました。

ブリティッシュグリーンのJaguar XKD(ジャガーDタイプ)と真紅のPorsche 550
Spyder(ポルシェ550スパイダー)になります。50年代レーシングスポーツの魅力満載
でして、特にDタイプは垂直尾翼無しのモデルを見事に再現しています、カッコいい
ぜ!!

こちらは60年代に精密なダイキャスト製ミニカーを作っていたイタリアのPolitoysが
出していたスロットカーになります。PolicarとかDromo Carというシリーズ名で60年
代から70年代にかけて販売されていました。

1/24スケールのPininfarina Dino 206 Berlinetta Prototipo Competizione(ピニン
ファリーナ・ディーノ206ベルリネッタ・プロトティーポ・コンペティツィオーネ)と
言う長ったらしい名前のクルマは漫画「サーキットの狼」で有名になったディーノRS
の元ネタになります。

ブルーのボディーは完全に実車より低く再現されていて、上から見るとディーノに見
えますが、真横から見るとサンダルにしか見えないところが芸術なのであります。

黄色の方は1/43スケールで、こちらの方がサイズ的にもミニカーっぽく見えて形も
しっかりしているのでした。

そしてこちらは日本のバンダイ・チャンピオン・レーシングのトヨタ・スポーツ800
になります。まさにブーム時の家庭用サーキットとして売られていたコースの付属モ
デルで1/32程度のスケールになります。他の車種との共用シャーシだった為か、やた
ら全長が長いところが愛嬌たっぷりなのです。しかも初代オーナー様の手によるもの
と思われるゼッケンのシールはボンネットが2番、トランクが3番となっていてサー
キット場でかく乱戦法をしていたようですね・・・・

そしてこちらは香港製のBachmann(バックマン)のトヨタ2000GTになります。HOス
ケールなのでとても小さいのですがグリルやテールランプ、バンパー、ミラー等は細
かな別パーツが付いている力作です。しかし全体のバランスが悪くて2000GTに見えな
いところが芸術点高しです。

続いてHOスケールでアメリカのAurora(オーロラ)のMako Shark(メイコシャーク)にな
ります。コルベットC3のデザインプロトとなった大好きなクルマですが、当時ダイ
キャスト製のミニカーにはならなかったのでスロットカーで楽しむモデルなのです。

その後スロットカーのユニットを外しボディのみ利用してダイキャスト製のシャーシ
を取り付けてAurora Cigar Box Seriesという名前のプラ製ミニカーとしても販売さ
れました(メッキ・ボディのやつです)

さらにそのボディーがコピーされて海を渡りスペインのNacoral(ナコラル)というブ
ランドでミニカー化されていました。メタ赤のモデルですがホイールがAuroraの物よ
りもそれらしいので、カッコいいのであります。

スロットカーはブームが去った後はミニカー等、色んなものにボディが流用されてい
ました、う~ん儚い・・・・

まだまだHOスケールは続きまして、アメリカのTYCO(タイコ)製Lamborghini Miura(ラ
ンボルギーニ・ミウラ)であります。もうねアメリカ的解釈のミウラさんはシャコタ
ンでカッコよく、マスタードのボディカラーと実車に無ないようなルーバーからつな
がるトランク部の黒い塗り分けがたまらないのです。未来を感じさせるパッケージデ
ザインも秀逸なのですな。

最後のHOスケールは、この縮尺では私にとって最強のモデルとなるアメリカはAFXの
マグナカーシリーズ、Ferrari Daytona(フェラーリ・デイトナ)になります。これま
でに作られたデイトナのモデルカーの中で一番カッコいいのはコレ!と決めつけて40
年以上の歳月が流れました。IGNITE Magazineの石橋氏も同じようなことを言われて
いましたね。

もうねアメリカのIMSAのレースに出て来そうなコンペティション・スタイルのデイト
ナさんはスモークのヘッドライト周りが不良感あふれておりまして、絶妙なオーバー
フェンダー、かたつむりさんのようなフェンダーミラー、爆音が聞こえて来そうなサ
イドマフラー等々見どころ満載過ぎて昇天してしまいます。「デイトナ=悪役」とい
うサーキットの狼のイメージを見事に再現してくれました、変態は不良に憧れるので
す。

中学生の時に一台目を入手して走らせて見事にクラッシュ!!ミラーがポキリと折れて
しまい、その瞬間に「もうスロットカーは絶対に走らせないぞ、これからは見て楽し
むんだ」と決めた理由がこのデイトナさんでした・・・・

そしてラスト2台となりますが、まずは最初に紹介した老舗の英国Scalextricが絶頂
期に出しました1/24スケールのSuper 124 Seriesの一台、Alfa Romeo TZ(アルファ・
ロメオTZ)になります。迫力のTZは素晴らしいプロポーションで、ドライバーが鎮座
し、スペアタイヤ等内装も再現され見事な出来栄えとなっています。20年ほど前に
ネット画像でその存在を初めて知り、欲しい欲しい病が発症しましたが、入手するの
には15年以上の歳月を要しました、相変わらず気が長いのです。

さらにこちらはAceという上級モデルになりまして、画像のようにフロントタイヤを
押さえるブレーキシステムが付いている凝りようなのです!!

走らせないのでこれがどうやって作動するのかさっぱりわかりませんが・・・

そしてスロットカー部門最後の一台はフランス製のGeGe(ジェジェ)のCitroen DS19
Monte Carlo Rally(シトロエンDS19)になります。こちらは元々1/43スケールのプラ
スチック製のミニカーだったのですが、そのボディを利用してスロットカーに仕立て
たという、これまでとは逆パターンのモデルになります。

GeGeのシトロエンDS19の「ミニカー」は非常に珍しいモデルで入手が難しく「私が死
ぬまでに欲しいミニカーリスト」の中の一台に入っております。なのでとりあえずは
「スロットカー」を入手し、気を落ち着かせておいて、隙あらばミニカーの方を手に
入れようとたくらんでいるのでした。いつになるのか全く分かりませんが、せめて
2035年頃までには手元に置きたいのです・・・・

ミニカーの方はノーマルなのですがスロットカーはモンテカルロラリー仕様となって
いてデカールで表現されていますが、これはこれでカッコいいのではないかと思って
おります。

何だか本来門外漢のスロットカーを沢山紹介してしまいましたが、まだ手持ちのモデ
ルが何台かありますので、またいつかお見せしたいと思っております。

2020? 07? 11? by satoh

ミニカーコレクション45年、ついに終わりは見えて来たのか?

いよいよプロ野球が始まって、カードが一回りしまして今年も何とか楽しむ事が出来そうですね。観客も少しずつ入れ始めるそうですが、チケットの入手はかなり困難になりそうなので、横浜スタジアムでの観戦はかなりハードルが高そうな感じです。

我がDeNAベイスターズは可もなく不可もないスタートを切っていますが、今年はスケジュールの関係で試合数も少なくセ・リーグはクライマックスシリーズがありませんので、1位フィニッシュで即優勝と昔のような感じのシーズンとなります。

なので秋まで上位に食らい付いて行けば、そこで何となく調子が良いチームがうっちゃりで優勝!なんてことにもなりそうなので、どのチームにもチャンスがありそうですね。

ベイスターズ的には筒香選手がメジャーに行ってしまいましたが、全体の戦力的にはここ数年で見ればかなり選手が揃っていますので、もしかしたら?という淡い期待を抱いております。と言うか今年ダメでしたら、ベイスターズ&ホエールズ・ルールにのっとって、本当に38年待たなくてはいけないことにもなりそうなので怖いのです(1960年優勝→1998年優勝)

あれから38年(前回優勝は1998年)ということは次は2036年まで待たなければならないというのは、かなり大変な事ですよね・・・・最高だぜ、横浜DeNAベイスターズ!!

と言いましても38年なんてついこの前の出来事なのですが、私がミニカーを「コレクション」として初めてからついに45年の歳月が経ってしまいました(ついこの前の1975年変態活動開始!)

何度も話しておりますが少年Wildmanがこの悪魔の書籍、保育社のカラーブックス「世界のミニカー」中島登著を手にしたあの日から人生が完全に狂ってしまい、「うおおおお~、これは芸術だ!この本に載ってるミニカー全部欲しいぞ!」と叫んで以来、修正不可能のおかしな人生となってしまいました。

「当時物ミニカー」に芸術性を感じてしまい「ミニカーの生産時期は実車が製造されていた時期とシンクロしていなければならない」と言う理論を勝手に確立させ、1964年式のクルマのミニカーは同じく1964年に造られていなければ認められないと言い切って45年が経ちました。これを「ミニカー芸術」と申します。アホな小学生もいた物です・・・・

よって2020年に造られた精巧な1964年式Mustangのモデルなんてミニカーではなくただの「模型」でありまして残念ながら「ミニカー芸術」には含まれないのであります、申し訳ありません。

こんな事言ってるとまともな方には相手にされないのは承知しておりますが、もう考えを改めることは出来そうにありません、かたじけない。

それでですね名著「世界のミニカー」をバイブルにずっとコレクションを続けて来たのですが、当然全部集めるなんて不可能に近く、この本に載っていないミニカー芸術も多々ありまして、この20年は自分の欲しい物に絞って集めて来ました(たいして欲しくない物も手に入れてしまいましたが・・・・・反省)

流石にアホみたいに45年もやっていますと、欲しかったものはだいぶ手元にやって来まして、自己満足もピークに達しつつありましたが、あと何台かが手元に無くて探し続けております。

「これ持ってないと死んじゃうぞ、欲し過ぎる!」といくらほざいても見つからない物は何十年も見つからないのですが、タイミングが合うと立て続けに出て来たりして不思議な縁があるのです、ミニカー芸術は。

「あと死ぬまでに欲しいミニカー芸術は20台くらいかな、いや10台かもしれんぞ?」なんてここ数年自分に言い聞かせて来ましたが、冷静に考えると本当にそんな数になって来たような気が致します(だと良いのですが・・・・)

で、この2年位の間にずっと探していた芸術品がどういう訳か立て続けに手元にやって来ました。これら5台は「どうしても欲しいラスト20台、いや10台」の中に入っておりまして、本当に奇跡が起こったと思っております。ベイスターズが今年ホントに優勝するかも知れません・・・・

名著「世界のミニカー」50ページにイタリアはMERCURY社(マーキュリー)のモデルが紹介されています。モノクロ画像の怪しげなモデルばかりですが、MERCURYという会社はついこの前の1932年に創立された実車の部品製造会社でしたが、第二次世界大戦後に副業でミニカーの製造を始めました。1940年代中期のことでした。

この中で品番1番のAero(エアロ)というモデルに大変な芸術性を感じ少年Wildmanはその虜になってしまいました。エアロは当時の流線形のクルマをモチーフとしたミニカー芸術で実車の特定は出来ませんが、美しい流れるようなボディラインにエアロダイナミクスを感じ、自分も空気と一緒に流れて行ってしまいそうなのです(世界のミニカーでは残念ながらNo,1 AeroとNo,2 Farina の画像が入れ替わってしまっています、校正ミスです)

このモデルはついこの前である1945年から5年間くらいの間に渡って造られていましたが、当然当時日本に入って来るはずもなく、変態小学生が1975年に手に入れられるはずもございませんでした。

そして同じくMERCURY社のNo,5 Lincoln Continental Cabriolet(リンカーン・コンティネンタル・カブリオレ)であります。迫力のアメリカ車オープンモデルでございますが、この当時のミニカーとしてはシートやステアリングが付いていることが珍しく(ナゼか右ハンドル)しかも窓枠まで別パーツで表現されているところが芸術点高めなのであります。アメリカ車らしく他のマーキュリー社のモデルと比較しても一回り大きい造りとなっています。今まで窓枠が折れていたり、事故車のような傷だらけのローラとは何度か遭遇して来ましたが、45年待った甲斐があって美しい個体がやって来ました。

そしてお次はベルギーのGASQUY社(ガスキー)という珍ブランドの珍ミニカーになります。もともとガスキー社の前身は電話機のスペアパーツ製造会社だったのですが、こちらも大戦後の1947年に玩具の製造を始めて1950年代初頭まで数年間だけミニカーも製造していました。

生産期間が短かったのと、あまり輸出もされていなかったようなので、コレクター泣かせのブランドとなっております。ガスキーは以前紹介したTATRA(タトラ)のように他のブランドが手掛けなかった車種を造っていた所が素晴らしいのであります。

こちらはChevrolet Styleline(シボレー・スタイルライン)になります。まさに40年代のアメリカ車デザインでありまして、当時この年代のシボレーは他のミニカーブランドではナゼか造られていないので、そういった意味でもガスキーは貴重な存在となっています。もっこりとしたフェンダーを見ているとやっぱり実車よりカッコ良く見えて来ますよね。

そして同じくGASQUYのアメリカ車Studebaker Commander(スチュードベーカー・コマンダー)になります。2013年2月2日のブログでもスチュードベーカーの事はレイモンド・ローウィと共に紹介していますが、

このガスキーも当時”Coming or Going”と「来るのか行くのかどっちなの?」言われた180度パノラマビューのガラス面を持つ、どっちが前か後ろか分からないスチュードの形を見事に再現している芸術品なのです、ああ美しいな・・・・

ガスキーのシボレーもスチュードベーカーも戦後短期間だけベルギーでひっそりと作られていました、君たちはかないなぁ・・・

最後はもしかしたらこれが「世界のミニカー」で一番欲しかったモデルなのかもしれません、きっとそうなのです!! つまりコレが手に入ったらもうコレクションをやめてしまっても良いのかもしれないと思っていたのはコレなのです(のはずなのです)

69ページにカラーでSIKU社(ジク)のモデルが紹介されています。ドイツのジクは現在もダイキャスト・ミニカーを製造する大手玩具メーカーですが旧西ドイツ時代には1950~60年代初頭にかけてプラスチック製の小スケールモデルを製造していました。当時これらは殆ど日本には入って来なかったので、とても入手が難しかったのです。

その中でも少年Wildmanの目に留まったのはページ左上にあるブルーのトラックでした。「こ、こりゃ何だ?? バナナが見えるんですけど」と不思議なモデルに目が釘付けです。ジクの品番V102はBorgwart Verkaufswagenといいまして、何と八百屋さんの販売トラックだったのです!

「や、八百屋さんのトラックって? そんなのミニカーになるんですか??」とびっくりし、吊るされたバナナにビックリ、荷台に佇む八百屋のおじさんと野菜の計量器でさらにビックリ致しました。12センチ程のモデルなのですがその中にビックリ要素が凝縮されていました。キャベツみたいなトマトみたいな野菜や、バナナ、それを入れる包み紙、さらに野菜計量器や押し売りをしそうな八百屋のおじさん等が小さなモデルの中で芸術的に表現されていたのです、素晴らしい!!

まあ、これが見つからない、見つからない・・・たまに出会ってもバナナが売り切れていたり、おじさんが行方不明になっていたりで、まともな個体には全く巡り合えませんでした。

あれから45年、2020年になってやっとウチにも野菜を売りに来てくれたようで、一安心しております。小学生の頃からの夢がかなってマジで本当に嬉しいのであります!!

という事で「ミニカーコレクションはもうやめた!!」と言いたいところなのですが、あと数台欲しいミニカー芸術がございますので、せめて2036年くらいまでにはそれらを入手したいと考えておりますので、暫くお待ちくださいませ。

そして本日よりMQQNEYESオフィシャルオンラインショップ限定販売でWildmanがPinstripeを施したCQQLER BOXが発売となります。Moon EquippedとRat Fink のデザインで限定各5個となっておりますので、お早目のご注文をお待ちしております。Go! with MQQN

2020? 06? 20? by satoh

MQQNEYES Int’I magazine発売、変態極まる!!

皆様お待たせ致しました、ムーンアイズ インターナショナルマガジン Vol.22が発売となりました!! 今回もですね満載の記事ページと、総合カタログを兼ねていまして、MQQNEYES Fanの皆様と変態の皆様が共に楽しめる一冊となっております。

ムーンアイズ インターナショナルマガジンのご購入はこちら!!

巻頭特集のSHIGE SUGANUMA ”Seventy Seven California”は本牧横浜のMQQNEYESに繋がるルーツとなる「Shige Suganumaの1977年の旅」を当時アメリカで撮影した貴重な写真と共にフィーチャリングしております。街中やDrag Stripに佇む「当時のアメリカ車」の写真なんて中々見れないのです。

ちなみに中学一年生となった「Wildman石井の1977年」はKISSの初来日と、熱狂のスーパーカーブーム、暴走するミニカーコレクションで大変忙しかったことを記憶しております。これら全ては未だに継続しているという事に我ながら感心している今日この頃であります、バカは死んでも直りません・・・・・”Seventy Seven Okamura”

1977年、アメリカでのカッコいい生活、かたや横浜でひっそりと変態活動に勤しむ少年、この二人が出会うのは9年後の1986年5月ムーンアイズ元町店オープンの日、21歳のWildmanがお店まで粗品を頂きに行った時まで待たなくてはなりません。全くついこの前の出来事なのですが・・・・

そしてMQQN Cafe特集ページでは”DRAG RACING PLATE MENU”と題してIGNITE Magazine編集長のMr,石橋がMQQN CafeのプレートメニューをDrag RacingのRace Carに見立てて紹介するという変態的な食レポとなっております。Steak PlateはTop FuelでTeriyaki PlateはFunny Carだそうです・・・・

こうなって来るとどう見てもグリーンのナイキ・ミエカはPlymouth Dusterですし、真紅のナイキ・モントレーなんかPontiac GTO The Judgeにしか見えませんよね、ズックもクルマも70年代は美しい!! すみません変態の独り言であります・・・・

Mr,石橋はレポートするにあたり、これらプレートメニューを全て食しておりました、Food Fighterとなった本気のレポートであります!!

そして皆様お楽しみのWildmanページは本来なら4月にStreet Car Nationalsで沢山のクルマ、そしてカーガイたちがお台場に集う予定でしたが「ステイ・ホームーン」となりまして延期となってしまいました。

それならミニカーでStreet Car Nationalsをやってしまいましょうという事になりまして、実車より芸術的なミニカーを机上に集めて「ストリート変態ミニカーナショナルズ」を開催させて頂きました。カーガイならぬキチガイの集いは最高潮なのであります!!もちろん各アワードも発表させて頂いております。

現代の精密模型と化してしまったミニカーではなく、全て実車が生産されていた同じ時代に作られた「当時物ミニカー芸術」という事をお忘れなく見て楽しんで下さいませ。

そしてもう一つのお知らせはMQQNEYES通販限定Tシャツが発売となります、お題は”Cruisin’ Bay Area横浜”で今回の為に描き下ろしとなりました。

このデザインはですね、横浜ベイエリアにSummerがやって来ましたので、ベイエリアを疾走するMQQN Buggyをモチーフとしまして70’sのタッチとし、横浜の文字を漢字で描きました。もちろん全てフリーハンドで仕上げてあります!!
カラーも7色揃えておりますので、お好みの色をチョイスして下さいませ。

ご予約はこちら!!

Go! with MQQN

2020? 05? 30? by satoh

間違えだらけの雑誌探し、Bye Bye PORSCHEが見つかった!!

皆様、Stay-At-Homeはいかがお過ごしでしょうか?私は元々お家にいるのが大好きなので、皆様が何で自粛で外に行けず苦しんでいるのかさっぱりわかりませんです、はい!

家にいればミニカーも磨けるし、スニーカーも履かずに眺められるし、50年前の雑誌も読み放題だし、イヌやネコにも遊んでもらえるし、KISSも思う存分聴けるし全く問題ありません。変態はこういう非常事態の時はとても生きやすい生き物という事で納得しております。

という事で長らく探していたある雑誌がやっと見つかったので報告させて頂きます。ついこの前である昭和51年の真冬に小学5年生だった少年Wildmanはあるクルマ雑誌をお買い上げになりました。

何でお買い上げになられたかと言いますと、一台の衝撃的なクルマが紹介されていたのです。スーパーカーブームが始まろうとしているこの頃(ピークまではもう少し時間が掛かります)BMW2002ターボやポルシェ930ターボが日本に上陸し、漫画「サーキットの狼」でもこれらのクルマが大活躍し子供たちは未知のメカニズム「ターボチャージャー」に興味と強いあこがれを持っていました、しかも「ターボ」という語呂が何となく高性能をイメージさせたのです。

「ターボってなんか凄いらしいぞ、かたつむりみたいな形してて、それがグルングルン回ってガソリンを沢山エンジンに送り込むらしいぞ、だから速いんだ!」と訳の分からない会話をし、ターボエンジンはとにかく凄いというのがクルマ好き少年たちの小さな頭にインプットされていました。

国産車にもボルトオンのターボキットを組み込んだ車が現れて、ゼロヨンなんかでも活躍し始めるのでした。日産のL型、トヨタの2TGや18RGに組み込んでドッカンターボが炸裂していました。市販の国産車メーカー純正のターボ車が出るのはまだ先のことでした。

そんなご時世の中、ある雑誌を開くととんでもないクルマが紹介されていたのです。当時はフォルクスワーゲンType-I(ビートル)は全然現役だった時代でして、そこらへんを走り回っていた外国製乗用車のイメージしかなく、やっと日本でもCal Lookのシーンが始まり出した頃でした。

唐突に現れたそのクルマは「ターボチャージドVW」でして、私にとってただのノロマな乗用車のイメージでしかなかったビートルにターボキットを組み込んでチューニングしたという化け物(に見えた)でした。

「す、すげえコレ、ワーゲンにターボだってさ!きっと無茶苦茶速いんだぞ!」と勝手に興奮しておりました。しかもですねリアフードには手描きのレタリングで”Bye Bye PORSCHE”なんて描かれているじゃありませんか。

「うおおおお~、売買じゃなくってバイバイ・ポルシェだって、ポルシェに手を振ってバイバイする、つまりポルシェより速いんだぞきっと!!」と少年は純粋な心で本当にそう信じておりました。この瞬間、将来カウンタックを買ったら、後ろにバイバイ・フェラーリと描こうと決めたのでした。

しかも横浜ナンバーだったので「これはきっと横浜のどこかで遭遇するかもしれないぞ、その時はオリンパス・ペンで激写だ!!」と意気込みましたが、結局一度もこのクルマに遭遇することはございませんでした・・・・

「ワーゲンがポルシェをぶっちぎるのか、それは素晴らしいぞ、バイバイ・ポルシェは素敵過ぎる、早くミニカーになればいいのに!」とその頃は本気で思っておりました。

何て妄想にふけっておりますと、時は流れてバイバイ・ポルシェのことはうっすらと頭の片隅に残っておりましたが、その後免許を取ってからワーゲンとは全く関係のないクルマ人生を歩んでしまい、バイバイ・真っ当なな人生となってしまいました・・・・

「あのバイバイ・ポルシェの記事が又読みたいな」と数年前よりずっと思っていたのですが、ついこの前の1978年に実家を建て替えた際、おそらくその時に間違えてその本を捨ててしまったようなのでした、同時期に買った本は未だ沢山手元にあるのに・・・・残念!!

まあいいや古本で探そうと思ってみましたが「あれって、モーターマガジンでしたっけ、あの本は?」と勝手な思い込みが不幸を呼んでしまい、片っ端から70年代のモーターマガジンを探したのですが、あの記事なんてどこにも載ってないではありませんか!!

「トンネルの中を走っている後ろ向きのVWの写真を鮮明に覚えているんですけど、表紙が全く思い出せん!」とどんどん混乱して行きます。

「おかしいな、確かあれはモーターマガジンだったはずなのに、あの本を買った翌日に友達と横浜市営バス78系統に乗って国鉄根岸駅まで行き、そこから歩いて本牧市民公園に遊びに行ったことまで覚えているのになぜだろう・・・」と本が全く見つからない状況になってしまいました。

「あ~、読みたい、あの本がもう一度読みたいぞ!」とムキになってネットで検索すると何とビックリ、バイバイ・ポルシェのオーナー様のブログを発見!!そこには当時の掲載雑誌は「ドライバー」と紹介されていました。

「な、何だ、あれはモーターマガジンじゃなかったのね」と完全な記憶違いなのでありました、とっても間抜けなのでした・・・・しかも何月号とは書いておりませんでしたので、一体どれに記事が載っているのやら。

そして必死にドライバー誌を探すとやっと記事が見つかりました。ついこの前の昭和51年2月5日号なのでありました、疲れました反省です・・・・

表紙は素晴らしいイラストの真っ赤なロールス・ワーゲン、パラパラとめくるとカラー4ページ、モノクロ2ページでバイバイ・ポルシェが紹介されていました。40年以上前に読んだ本をもう一度見たい為にかなりの時間が掛かってしまいましたが、大変満足であります。

ベースは何と’56年式のオーバル・ウィンドウで(と言っても1976年当時ですとたったの20年落ちなのでした)赤と黒のツートンカラーのボディはフロントにスポイラーとシビエのデッカイフォグランプを装着し、リアはフェンダーがカットされ、のたうち回るターボの配管が見えて少年Wildmanには夢のウルトラ超高性能マシンに見えたのでした。

しかもこのクルマは未だオーナー様の元で現存するとの事で大変感激しております。当時学生のオーナー様が自力で作ったターボチャージドVW、70年代にこれをやってのけたのは素晴らし過ぎます!!

「やっとこの本が見つかって大感激だ!この幸せを他の方々にもお伝えしなければ」と問題のドライバー誌を抱えてシゲ菅沼の元へ・・・

「どうです、素晴らしいでしょうバイバイ・ポルシェ、この時代にこんなことをやられているのは変態、じゃなくって大変な事ですよね!」とドライバー誌を見せて意見を求めました。

するとファイルされた古い雑誌切り抜きを差し出されました。そこにはバイバイ・ポルシェの姿と、何とVW Type IIのOwnerとして紹介される70年代のシゲ菅沼の姿が!!

「67年式バンの室内。たたみにして20畳くらいのじゅうたんを使用している。シートはサンダーバードの物。改造費約60万円。オーナーは菅沼クン」と解説が載っております。

「たたみ20畳のじゅうたん・・・・何て奥の深いカスタムなんだ、きっと不良だったに違いない!」と感動しました。私が小学生の頃にこのような事をされていたとは反則であります。バイバイ・ポルシェ同様、当時横浜でこのType IIに遭遇することはございませんでしたが・・・・

こちらは昭和50年11月5日号のドライバー誌の切り抜きで、伝説のスキャット・ジムカーナ大会第一回の記事でして、優勝したバイバイ・ポルシェの姿とカスタムされたシゲ菅沼のType IIが載っていたのでした。う~む45年の時を超えて何という偶然なのでしょう・・・・

オリンパス・ペンはもうないですが、いつかデジカメでバイバイ・ポルシェを激写してみたい今日この頃であります、バイバイ・変態人生!!