Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

2019? 12? 21? by satoh

さらばKISS, 42年間有難うございました!!

この1ヶ月少々の間にですね、台湾に行きタイに行き、Yokohama Hot Rod Custom Showが開催され、その後はアメリカに飛んでMQQNEYES USAのイベント、Christmas Bashに参加しフラフラと日本に戻って参りました。

何が何だか分からない日々を過ごし、混乱した毎日となっておりましたが、その先にはただ一つ、12月11日に大きな目標が待ち受けていたのです。私にとって令和元年、いや人生の中でも最大級のイベントとなるそれはもう言葉では表せないものとなったのであります!!!

我がKISSが”End Of The Road World Tour”で来日し、日本における最後のライブ開催となりました。KISSは1973年の結成以来46年間の活動となっておりますが、ついにライブをやめることとなりまして、事実上の引退ツアーとなったのでございます。

KISSと言えばライブ、火を吹き、血を吐き、空中をさまよう奇想天外なステージでファンを魅了して来ましたが、Gene Simmonsも今年はついに70歳となりまして、Tシャツとジーンズで椅子に座ってギターを弾いている分には全然大丈夫ですが、24キロの衣装を身にまとい火を吹いて2時間のステージで暴れるのはもう無理となったようであります・・・・そりゃそうですね。

今までも「やめる、やめる詐欺」を繰り返して来て「やめるのやっぱや~めた」などと言ってましたが、今度は本当にThe Endとなるとの事で、私もその言葉を信じております。

6月に日本ツアーが発表となり、人生掛けて申し込んだチケットは定価で

何と\150,000也・・・・・見事12月11日東京ドームのVIPパッケージ、

“Meet & Greet Experience”を手にして待つこと数か月、ついにその日がやって来たのであります。

もう¥150,000なんて法外なチケット代金はですね、感覚が麻痺しているので安いんだか高いんだか分からなくなっていました。「もう最後だし、ケチる理由はこれっぽちも無いぜ!」と豪語し15万振り込んだことなんてすっかり忘れてました。

ついこの前の1977年(昭和52年)KISSが初来日し、NHKのヤングミュージックショーで武道館ライブを放送し、あの怪獣4人組が歌手だったという事実を知り、それ以来42年間ずっとファンであり続けた私は、一度もKISSから離れることなく過ごして来ました。

レコードからグッズ、ありとあらゆるKISS物を収集し、KISSに捧げた42年間は全然後悔しておりません、地獄の収集はEndlessなのです。

おととし位に感じるついこの前の1988年に10年ぶりの来日をした際、横浜文化体育館でのライブにシェルビーGT350で乗り付けて以来、日本でのライブは毎回参戦し、ついに今回が最後となったわけであります。

首を長くして待っていたら日本に来る直前のオーストラリア&ニュージーランドのライブはPaul Stanleyがインフルエンザに掛かり何と中止になっているではありませんか!! 「こりゃまずい、ポールの具合次第では日本ツアーも中止か?そんなことになったら生きて行けない」と小心者はビクビクしていました。

しかしポールの具合は良くなったようで、特に延期や中止のアナウンスも無く、KISSは無事日本に到着したようです、ああ安心だ・・・・

アメリカ出張より帰国した翌日、何かあったらまずいと思い朝の9:45に東京ドームに到着した私は「ライブは夜の7時なのにこんなに早く来て恥ずかしいな」と思いながら階段を上がって行くとそこには信じられない光景が・・・グッズ販売の長蛇の列がすでに始まっていたのです、数百人が並んでおりました!! KISSと言えばグッズと言うのは分かるのですが、平均年齢50歳くらいの方々が朝から並んでいるのは凄過ぎました・・・・

私はですね大枚¥150,000を支払ったおかげで、VIP優先レーンなる物に並べば11時からの販売開始時間に先頭で購入出来るという特典が付いておりましたので、余裕をもってその風景を眺めてました、だって15万も払ったんだもんね!!

「これとこれとこれ全部頂戴!!」と言ってたくさんのTシャツやパンフレットを買ったので「恥ずかしいな、隣りの人に見られたら何て思われるのでしょう」と不安になっていると隣の人はもっといっぱい買ってました・・・今日はみんな完全に狂っているようですな。

こちらは豪華なツアーパンフレットで、これまでの物よりも断然素晴らしい出来栄えであります。

そしてボンカレーとコラボのKISSカレーは地獄の辛さで、お値段も地獄の¥1,000でした! さすが地獄の商人であります。

色々と買いすぎて持ち切れなくなったのでコインロッカーにグッズを預けて、その後は一緒に参戦の方々と神保町のキッチン南海にて高カロリーなランチを食し、また東京ドームに向かいました。

VIPチケットの人は3:30pmに22番ゲート下に全員集合!!となっておりましたので、現場に行くとだんだんと列が長くなって行きます。「仙台のライブはVIPが100人くらいだったという噂を聞いていたので、東京は倍くらいの人数がいるかも?」なんて考えていたらその列はディズニーランドの行列のようになって来ました!? 先頭グループに並んでいたのでじゃあ数えてみましょうと、必死に人数をチェックすると何とビックリ400人は

いるじゃありませんか!! 「うおおおおお~、私以外のバカがこんなにいるなんて、何て素敵な世界なんだ!」と同志たちに感動致しました。

え~と、VIPおひとり様¥150,000で400人ですと¥60,000,000ですよね、

これに定価¥400,000のスーパーVIPの方々が20数名いたようなので、それを足すと、VIPチケットの売上だけで約¥70,000,000になるとは!!恐るべし地獄の商人KISSよ!!もっと貢がせて下さい!!

免許証やパスポートを見せて(転売禁止!!)VIPのチェックインを済ませ、未だお客様の入っていないドーム内に足を踏み入れ、バックステージを通過しそこで皆さん並んで待機。クルーの外人さんの中にナゼか広島カープの鈴木誠也の赤いTシャツを着た人がおりました、にわかカープファンなのかな?

そしてついにその瞬間がやって参りました。バックステージに設けられた撮影スポット、そこにはKISSのメンバー4人がフルコスチューム姿で待ち受けているのであります!!

自分の番が近くなるにつれて小心物は緊張して来ました。「一人30秒くらいしか持ち時間が無いのに何を言えばいいんだ??好きです、愛しています、かたじけない、いや違うなそれは??」と錯乱状態に陥っている内に、ついに順番が回って来てしまい、目の前に本物のKISSが現れたのです!!!!!!

4人の前に突撃し、とにもかくにもブーツを履いたら身長2mのジーン・シモンズの前に行き、「こ、こんにちは御所山出身Wildman石井と申します。これはKISSが最初に契約したカサブランカレコードのスタッフジャケットであります」と変態丸出しの1978年製ジャケットを見せて胸の刺繍を指さすと、ジーンも指をさして反応してくれ、さらに肩をもんでくれました!!肩がこっていたので「もうちょっと右」と言いかけたところでカメラマンがシャッターを切って記念撮影終了、ハイ次の人となりました。

あっという間のKISSとの遭遇でしたが、それはもう夢のような30秒でありました・・・・・昇天。

こちらが変態とKISSの記念撮影写真になります、もう一生楽しめるものとなっております、ジーンの手が私の肩に・・・そのまま火を吹いて燃やして欲しかったのですが・・・・

その後はサイン入りのポートレートとVIP専用お土産を渡されました。巨大バッグの中にはKISSのバスローブやらポーチ、チケットホルダー、パスケース等々、さっき買ったグッズと合わせると帰りの電車が思いやられる程の量となってしまいました・・・・

そしてそのまま自分の席に向かう事となりチケットに書いてある「地獄のアリーナ」に入ると予想通り最前ブロックセンターど真ん中、通路側の前から6列目という最高のポジションが確保されていました!!

東京ドームは広過ぎるのでライブはアリーナ最前ブロックでないと見えない事は分かっておりましたので、最高の気分であります!!

ちなみに前回のライブで拾ったジーンの投げた水入りペットボトルは現在も我が家の冷蔵庫で冷凍保存されております、ハイ。

「うおおおおおお~、KISSに会えて写真撮って、この席で見れて、お土産まで付いて代金たったの¥150,000ポッキリとは何て安いんだ、安過ぎるぞこれは!!」と席についてカルピスウォーターを飲みながら一人納得しておりました。

そして7:00pmキッチリ(さすがKISS)”All Right Tokyo, You Wanted The Best, You Got The Best!! The Hottest Band In The World, KISS!!!のオープニングアナウンスとともにDetroit Rock Cityで幕を開けたショウは火を吹き、血を吐き、空飛んであっという間に2時間の夢を見させて頂きました。

アンコールでは何とXのYoshikiが登場し(彼もKISS ARMY)ピアノやドラムを演奏するというサプライズもありました。もちろん日本スペシャルのスキヤキ(坂本九、上を向いて歩こう)も演奏しましたよ。

ステージが終わるとスクリーンにLOVES YOU TOKYOの文字が輝き「ああこれで本当に終わってしまったんだな」と変態は涙しながらKISSとお別れしておりました。

ついこの前である1977年の初来日からKISSとともに歩んで来た42年、ついにサヨナラとなってしまいました。

さらばKISS、42年間有難うございました!! まだまだ貢ぐぞ!?

と思ったらですね、とんでもないニュースが入って来ました!今年のNHK紅白歌合戦にですね、何とビックリKISSが出演決定となりました!!これではサヨナラなんて・・・言えないよ、バカヤロー!@近藤真彦

皆様、大晦日はNHK紅白歌合戦にてKISSを宜しくお願い致します!

2019? 11? 9? by satoh

3年ぶりの台湾、プリンが美味しゅうございました!?

さて、横浜DeNAベイスターズの主砲、筒香嘉智選手がついにポスティング・システムを使ってメジャーリーグに挑戦する事となってしまいました。

横浜高校から2009年ドラフト1位で入団しはや10年、ホームラン王や打点王を獲得し、サムライジャパン日本代表にも選出、チームのキャプテンも務め、最下位ばかりだったベイスターズをここ数年はクライマックスシリーズに出場させる原動力となり、2010年代は横浜の顔として活躍して来ました、年俸も4億円over・・・・・

今年のベイスターズは2位となりましたが「筒香のいるうちに優勝」という夢はかなわず、ついに主砲が抜ける状況となってしまいました。

もう一年ベイスターズでやって欲しかったのですが、メジャーリーグ市場では結構年齢も契約の際に響いて来ますので、やっぱり20代のうちに挑戦した方が宜しいのでしょうね。年俸も日本でやるより確実に下がってしまいますが、もはやお金じゃ無いのでしょう・・・

もしメジャー契約が出来たならもちろん応援は致しますが、そんなことより心配なのは「筒香の抜けた」ベイスターズであります。戦力ダウンは必至なのですが、ラミレス監督最終年になるかもしれない2020年はこれまでの筒香を中心とした戦い方からシフトしなければ大変なことになるかもしれません・・・

ホームラン頼みの一発野球から脱却し、ヒット1本でも点が取れるような繊細な野球をしないと、とてもじゃないけど筒香の穴は埋まらないでしょう。もっと盗塁や送りバントが出来ないとどうにもなりません。リーグ2位の翌年は本当に怖くって、ここ数年はヤクルトや阪神が2位の翌年に優勝どころか最下位となっております、マジ怖いです・・・・・

という事で筒香抜きのベイスターズをどうコントロールするのかはラミレス監督の手腕に掛かっておりますので「ホームラン一発頼みの野球」から脱却して走力を意識した細かな野球を目指して欲しいのです。なんなら私が監督を引き受けても良いのですが、優勝しちゃうな、これ・・・・・

という事で唐突に台湾に行って来ました! もちろんプレミア12 サムライジャパンを見に!! じゃなくってプレミアが始まる前日に日本に帰って来ました・・・

はい、本当はお仕事で行って参りました。今回は台北で行われたバイクのイベント”Ride Free 10”に参加させて頂いたのです。

以前にも一度お邪魔しましたが、今回は3年振りの出撃で2泊3日の

スケジュールは一瞬の出来事でありました。

インドアのイベントなので雨の心配もなく、台湾各地よりバイクが集まりまして、沢山のお客様が来られていました。

こちらはMQQNEYESブースでここでPinstripeのお仕事を行いました。

日本からOrion Aceさんも出店されClay Smith商品の展示販売を行っていました。

MQQNEYESブースの前ではナゼかおでんのお店が・・・・・その名

も「男子漢」男の中の男という意味でしょうか???売っていたのは女性でしたが。ちくわは有りましたが大好きなちくわぶは有りませんでした、おでんなんて「ちくわぶと玉子」だけで良いのですな!

バイクはですね、この世に比較的新しい年式の物が多くて、極端なカスタムよりもそのまま街乗りが出来るようなスタイルの物が多かったです。

ビンテージな日本車も何台かありまして、量産車としては世界初のDOHCヘッドを持ったホンダCB450が素敵でした。

ヤマハのTXやスズキGTのラムエアーシステムがそそります。

中学生の頃はおっさんのバイクにしか見えず、興味の無かったホンダのWING(CX500)も今見ると素敵に見えて来ますね。

又、東南アジア同様、小排気量車のカスタムも盛んなようでカブ系が沢山並んでいました。

バイクのイベントなので車は殆ど無いのですが、このように素敵な日産キャラバンや過激なサニーバンがありました。こちらの日本の仮ナンバーは勝手に作ったと思われます・・・・

ナゼかピカピカのハネベン230Sや使い込まれた風情が素晴らしいナローポルシェが並んでおりました。ポルシェのライセンスプレートの意味が知りたかったです。

Pinstripeのお仕事も沢山頂きまして、イベント当日は忙し過ぎて本当に終わるのかどうかという状況になってしまい、結局出来なかった分は日本に持ち帰りました・・・・

美味しい物も沢山頂きまして、特にこの巨大プリンは昭和の味わいがしまして大変美味しゅうございました。

そんなこんなであっという間に台湾出張は終わってしまい、気づくと羽田空港に立っているという、いつものパターンになっていました。

そしてこの前ですね、ついにEnd of the Road World Tour ,KISS東京ドーム公演のチケットが発券されました。ライブまであと一か月、緊張しておなかが痛くなって参りました、イタタタ・・・・

人生掛けて購入した”Meet & Greet”のチケットはVIP専用入場口より

地獄のアリーナにお邪魔し、おそらくステージど真ん中の前から6番目、通路側だと思われます、最高です!!!!!

前回のライブではジーン・シモンズの投げた水入りペットボトルを拾い上げ、未だ自宅の冷蔵庫で保管しておりますが、今度はジーンが吹いた炎で燃やされてしまいたいくらいです!!もうこれで最後のKISSですからね。あと一か月、緊張の毎日が続いてしまうのであります。

2019? 09? 21? by satoh

ALQQHA! 久々のHawaiiは暑かったぜ!!

さて、いよいよ今年のプロ野球ペナントレースも終わりに近づいております。前回のブログで言い切った通り、我がDeNAベイスターズは優勝をあきらめざるおえない状況になってしまいましたが、何とかAクラスにはぶら下がっていて、クライマックスシリーズへの出場を目標にする形となっております。優勝しなけりゃ2位も最下位も同じなのですが・・・・

それにしても今年はホントに優勝のチャンスだったのですよ! 王者カープが勝手にコケてくれたり、首位独走だった読売が突然連敗したりして、

10連敗+5連敗のベイスターズはその後何となく持ち直して、せっせと勝っていたらいつの間にか首位のしっぽを掴むところまで来て「こりゃ行ける!うっちゃりで優勝だぜ!」と真夏の夢を見た瞬間に怪我人続出と意味不明の下位チーム戦で見事な連敗をなしとげ、あっさりと引き離されてしまいました。やっぱ地力が無いのでしょうか・・・・

2015年の混戦セリーグを制したヤクルトのような感じでちょぴっとのゲーム差でうっちゃりの優勝が狙えたのに、残念でなりませぬ。

まあもし2位に滑り込めたらベイスターズ的には素晴らしい事なのですが21年ぶりの優勝がちらっと見えてしまったので、今年は悔し過ぎるのですな、トホホ・・・・

ついこの前の1979年のシーズンも別当監督の元、奇跡の2位となりまして中学生の私は優勝したかのような錯覚にとらわれていたのを思い出します・・・・次に2位となったのは18年後で優勝したのはその翌年、1998年でしたね、ああ気が長い話ですな。

来年はラミレス監督体制を継続するのか? 読売のように補強、補強で選手を集めまくって優勝を買うのか?(プロだから別に良いのですけどね)筒香選手は本当にメジャーに行ってしまうのか?ドラフトで良いピッチャーが獲得できるのか?興味は完全にそっちに行っている今日この頃なのであります。

あとですね、すでにベイスターズショップでは完売となっております、MQQNEYES X DeNAベイスターズの2019コラボグッズ第2弾のスタンドカラージャージがごく少数ですがStockがございますので、お探しの方は本牧のムーンアイズ エリア-1までお越しくださいませ。

という事で唐突に常夏の島Hawaiiに行って来ました!もちろんバカンスですよバカンス!! ああ~楽しいなぁハワイは、ALQQHA!!! 何て言うのはウソでして、お仕事で行って参りました、お仕事で! ホントだってば!!!

現地に着いた初日はPaint Shopなどを廻りまして、Hawaiiの貴重なコレクションを拝見させて頂きました。

こんなところに珍車SCAMPが!! そういえば北海道にこのような名前のお店があったような気が致します・・・・・

前回も訪れました、きたなシュラン三ツ星選定のForty Ninerにてランチをとりました。素朴なパンケーキが無茶苦茶美味しくて、過去に食したパンケーキの中でもトップクラスの出来栄えでございました、こりゃ美味い!!!

前回常夏の島に来たのは2011年でありまして、その時はRon’s Performance Center主催のCruise Nightに招待されましてそちらでPinstripeのデモを行いました(2011年5月21日ブログ参照)

今回はHawaii のMQQNEYES DealerでありますPacific Rod and Streetさんが”OHANA Weekend”というというタイトルでPinstripeとCar Showを開催することとなりまして、イベントポスターとTシャツプリント用のデザインを依頼されてこちら2点を製作させて頂きました。

こちらのイベント記念Tシャツはですね、少量ですが日本のMQQNEYESでも販売致しますので、お問い合わせくださいませ。

イベント初日はですね、Pacific Rod & Streetさんの店頭でPinstripeのデモを行ったのですが「常夏の島でのんびりとPinstripeを描きましょう」と

思っていたのですが、何のことは無い次から次へと沢山のお仕事を頂きまして、気づけばランチを食べることもなく怒涛のペースでお仕事をこなしておりました・・・・ああ疲れた、本当に有難うございます!!

そしてお店の前にはこのような凄まじいクルマが停まっておりました。カローラ70系2ドアHTをオープン化したものですが、これが何と「勝手に屋根ぶった切りオープン仕様」ではなくGRIFFITHというコーチビルダーが製作した、電動オープンの限定販売車両の生き残りでありました、凄いですね! 70系カローラはWildmanの最初の愛車でもありますので特別な思い入れがありまして、今回のWildman Pickに認定させて頂きます。

私が行っているので当然雨の洗礼も受けましてDeuceもこのようにビショビショに濡れておりました、申し訳ございません。それにしても暑いのですよ、Hawaiiは。そんなのは当たり前だろと言われそうですが、蒸し暑いというか、過去Hawaiiに来たときは絶対にこんなに暑くなかったはずです。東南アジアに行ったり日本の異常な夏を経験しておりますので、暑さには慣れているはずなのですが、やっぱりどう考えても暑いと思いましたね。

この日はHawaii在住のTakeshiさんというお客様が来てくれました。2011年に来た時にHarley –DavidsonにPinstripeを描いたのですが、現在も大切に乗られていてPinstripeもそのままでした、嬉しい限りであります!!

そして2日目は場所を変えまして、山の中にある? Clyde’sというAuto ShopにてCar Showが開催されまして、そちらのFactory内にてデモを行いました。

「昨日忙しかったから、今日はのんびりやりましょう」とふざけた考えを持って臨んだのが悪かったのか、またもや想定外の量のお仕事を頂いてしまいまして、2日連続のランチ抜きというスタイルとなってしまいました。

なのでCar Showの写真何て全く撮っていないことをご了承下さいませ。

こちらが今回イベントに呼んで頂きましたPacific Rod and StreetのTadさんであります。WildmanデザインのオリジナルTシャツ等も販売しておりますので、Hawaiiにお越しの際はぜひお立ち寄りくださいませ。

こうして一瞬のHawaii出張は終わりまして、Waikiki Beachで日焼けすることも無くそそくさと日本に戻って来ましたが、やっぱりHawaiiと言うのはそこに行っただけで何だかHappyな気持ちになってしまう不思議な場所なのであります。という事で次に行く時はあのカローラを買いに行きます!?

2019? 08? 24? by satoh

あれから30年と24日、有難うございました!!

ひと夏の思い出、あるいは幻だったのか!? 今年のDeNAベイスターズは終戦となりま
した。勝手に決めさせて頂きます、はい・・・・・・・・・

つい10日ほど前は「今年は優勝だ、ハンパねえぞベイスターズ!!」なんて

ほざいておりましたが、一瞬にして奈落の底へ突き落されてしまいました。

もうね、優勝しなけりゃ2位も最下位も同じなんです、3位までに残ってクライマック
スシリーズ参戦何てどうでもよくなってしまいました。だって今年は21年ぶりの優勝
しか頭になかったので、それ以外は勝とうが負けようが面白くもなんともありませ
ん、夢を見過ぎました・・・・

この10日間の戦いぶりを見まして「あ、これはやっぱり無理なんだ、現体制のこの戦
い方では」とプロ野球素人評論生活44年のWildmanは結論付けました。残念ながら読
売の方が遥かにレベルの高い(資金力も高い)野球を目指していますね。この先まぐれ
が何度かあるかもしれませんが、今季のベイスターズは私の中ではもう終わってしま
いました、来年のことを考えて応援した方が楽しいので、今はドラフトのことで頭が
いっぱいなのであります。がんばれ、来年の横浜DeNAベイスターズ!!

そしてあれから30年と24日が経ち、Obon Weekの間16日間に渡ってMQQNEYES Area-1で
開催されました、私の活動30周年記念イベント”30 Years of Excellence WILDMAN”
は無事終了となりました、ご来場の皆様本当に有難うございました!!

期間中、沢山の方々とお会い出来ましたが、かなり昔にPinstripeのお仕事を頂いた
お客様も来られたりして、ついこの前の昔話に花が咲いた次第であります、ハイ!!

限定グッズも沢山お買い上げ頂き、沢山サインさせて頂きました。

私はと言いますと、普段は灼熱のGarageにてPinstripeの作業をしておりますので、
突然バッチリエアコンの効いたArea-1の中でのイベントになりますと、もう寒くて寒
くて逆に体調がおかしくなるという始末でありました・・・・・

ベイスターズファンの方々もご来店頂き、ベイスターズショップですでに売り切れと
なっているコラボグッズをお買い上げ頂きました、来年も応援頑張りましょう!!

作品展示以外のささやかな趣味展示コーナーの反応も宜しかったようで、ご年配のお
客様が力道山先生のサインに反応している姿は感慨深いものがありました。

こうしてこの夏の30周年記念イベントは無事終了となりましたが、この後、12月の
28th Annual Yokohama Hot Rod Custom Showでもこの企画を

Power upして行う予定ですので、皆様、来年のDeNAベイスターズ共々ご期待下さいま
せ、宜しくお願い致します!!

2019? 08? 10? by admin

変態よ大志を抱け!? Wildmanのあれから30年!

猛暑とともにやって来た、我がDeNAベイスターズの快進撃は8月の2週目となっても失速せず、読売、広島とともに三つ巴の争いとなっております。

5月の時点では完全に諦め「今年はもういいや無理無理、若い選手でも使って育成モードに切り替えてラミレス監督の花道を飾りましょう」とつぶやいていたのですが、何がどうなってしまったのか、オールスター以降はナゼか勝ちっぱなしのような?状況となり、10ゲーム以上離れていた読売が目の前に迫って来るという誰も思っていなかった流れとなっております。

8月に入って本気で首位争いをしてるなんて、1997~98年のたった2年間の黄金期?以来ですので、毎日が緊張の連続なのであります!!自分がやってるわけじゃないけど・・・・

で、先週はMQQN of Japan社員御一行で横浜スタジアムはスターナイト2019のイベント試合、対ヤクルト戦に出撃致しました。年に一度MQQNEYES社員全員ユニフォームTシャツを着て応援するのですが、この日は先発ピッチャーローテーションの谷間の日となってしまい、残念ながら試合は負けてしまいました、トホホホ・・・

でもね、試合中はですねフェンスの電光掲示板にMQQNEYESのロゴが流れたり(プチスポンサー)ドローンによる壮大なショーが見られたりと、とっても満足な日となりました。

このタイミングで横浜DeNAベイスターズXMQQNEYESの2019コラボグッズも発売となりましたので、優勝目指して頑張るのであります、Win with MQQNEYES!!!

という事であれから30年なのであります。ついこの前の1989年「筆一本で億万長者になってみないか?」という決め台詞に「はい、なってみたいです!ミニカー沢山買いたいので」と変態は大志を抱き、看板屋さんから未知の世界Pinstriperへと転身致しました。MQQNEYESの上客だったはずがPinstriperと言う不思議な立場で社員になるという物語の始まりでありました。

物語というか「もし出来なくてダメだったら石井君は寂しくやめて行くんだよね・・・」なんてShige菅沼に言われてしまい「それは寂し過ぎる、ミニカー沢山欲しいからやめるわけには行かない!」と意味不明の逆切れを起こし、それから30年、ミニカーは沢山増えました、めでたし、めでたし・・・・

じゃなくって、何とかPinstripeという技術を習得しカスタマーの皆様のおかげでこの8月、MQQNEYES Signs & Pinstriping Studio, Hiro”Wildman”石井は
30周年を迎えることが出来ました、本当に有難うございます!!!

ついこの前の1989年、御所山8からスタートし日本初のPro Pinstriperとして活動しましたが、最初は「ピンスポって何?」とか「車に線を入れるってどういう事?」なんて本気で言われていたのです。エアブラシのような派手な技術では無かったので、皆様に理解されるのは時間が掛かるのかなと思っておりましたが、一年もしないうちにお仕事を頂けるようになりまして、その後は狂ったように忙しい90年代を過ごす事となりました。ミニカーも狂ったように集めましたが・・・・

その頃はせっせと巡業もこなし、それまでの人生で行ったことのなかった土地までPinstripeを描きに行き、布教活動に努めました。おかげで日本の都市の位置関係がよく分かるようになりました。地図上ではつながって見えた高速道路がまだ完成していなかったり、台風で身動きが取れなくなったり、わざわざピンポイントで大地震が起こった所に出張してしまったりとなかなかハードな巡業は今思えばどれも楽しかったのです。

途中、孤高の?Artist、Sugi-Sack杉本君と一緒にやっていた時期もあり、その後は2006年にHome of Pinstriping御所山8を離れて、本牧MQQNEYES Area-1 Garageに移って来て現在を迎えているのであります。

あっという間の30年でしたが、その間にKISSが再結成したり、ベイスターズが優勝したり、死ぬほど欲しかったミニカーが手に入ったり、ペットのポロンとロビンとポールが天に召されたり、力道山家の方々にお会い出来たりと色々忙しゅうございました・・・・・

8月3日(土)よりスタートした”Wildman 30Years of Excellence”は18日(日)までのObon Weekの間、MQQNEYES Area-1にて開催しております。数々の作品や思い出の品々?の展示、限定Goodsの販売等行っております(サインもお入れ致します)

等身大のあれから30年Wildmanに会う事も出来ます。Area-1にお越しの際はお気軽にお声掛けくださいませ、宜しくお願い致します!!