Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

2018? 08? 4? by satoh

避暑地マレーシアのあとは絶望のスターナイトだぜ!!

7月は何が何だか分からないまま、あっという間に1か月が過ぎてしまいまして、あまりにも暑いのでマレーシアに避暑に行って参りました・・・・
だって、クアラルンプールよりも横浜本牧の方が絶対に暑いという異常気象のせいで、現地に着いたら避暑地に感じてしまったのです。

今回で7回目の開催となりました、マレーシアのArt of Speedにお呼ばれ致しまして、Wildmanは6回目の参加となり現地にてPinstripeデモを行って来ました。週末2日間開催のイベントなので、あせらずにデモを行いましょうと思っていたのですが、主催者のAsepさんが「今回のイベントに合わせてこのType IIIを作ったので、ぜひPaintしてほしい」とのご依頼が・・・

ハイ、もちろんやらせて頂きますとお伝えすると、ゼッケンサークルに3桁の数字と、リアクォーターの所に細かいレタリング、あとStripeを少しとリクエストが。何かとっても簡単に聞こえますが、黒いサークル部に白で文字を入れるというのは中々大変なのです。黒ベースの所に白色をのせると一度塗りではどうしても色が透けてしまうので、最低でも2回塗らないとバッチリ決まらないのですなこれが。看板屋魂が透けた文字は絶対に許せないのであります!ゼッケンが1桁なら楽だったのですが、何と405の3桁というご注文・・・・うう大変だ!細かなレタリングはまだ良いのですが、ゼッケンサークル始め黒に塗られたラインの所にすべてGreenのPinstripeで縁取りをしてほしいとの事。これも曲者で車高が低いので寝そべってやるしかないのですが(ジャッキアップも出来ませんので)バンパーの下やドアの裏側にも全て縁取りが入るので、それはもう修行の世界となりました。

何とか仕上げたのですが、イベント1日目は全てこの車の作業に費やしてしまい、他は何も出来ませんでした・・・・こんなはずではなかったのに。



2日目は前日から預かっていたHot WheelsへのPinstripe作業となったのですが、次々にorderが入ってしまい、最終的に20件弱の施工となりましてあっという間に1日が終わってしまいました、というか無理やり終わらせました。相変わらずナゼかサインも沢山求められるのです、何でだろ???

それにしてもマレーシアの方々のHot Wheels熱は凄くて、年々コレクターが増えているようで、Hot Wheelsブースも大変な人気でした。Wildman的にはHot Wheelsはミニカーでは無くてHot Wheelsという物体と認識しておりますので、夢中にならなくて済むのですが、あの情熱には本当に感心させられます、ハイ。

という事で今回のイベントは2日間共、猛烈に忙しくなってしまい、ゆっくり会場を見る時間は無くなってしまい(というかほとんど見てない?)あまり写真が撮れませんでした、すみませんです。

今回は日本よりMQQNBUGとMQQN Diggerの2台を日本より持ち込みまして、初日には2台共Ride inのパフォーマンスも行いました。いつもニコニコ夜の街でもニコニコのSunny君であります。

車は会場のメインとなる場所には日本車が並んでいて、こういった感じのカスタムがこちらでは人気があり、アメリカ車は殆ど見掛けません。

この黄色いセリカ、ついこの前の1984年頃、本気で買おうとしてました。だってヘッドライトが上を向いていて「これはランボルギーニ・ミウラと同じだ!」と思ったもんでして・・・クーペGT-TS欲しかったな~

VWも結構人気があり、これからカスタム車両が増えて行く感じがしました。

もう一つの会場には時間が無くて行けなかったのですが、Wild Speed的な日本車やポルシェがあったみたいで、その流れのカスタムが増えつつあるようです。数年前の軽自動車のマレーシア流カスタムの方がよっぽど楽しかったのですが・・・

バイクは沢山のエントリーがありまして、こちらはカブ系中心に小排気量車のカスタムが楽しいですね。

2サイクル人気が再燃しているようで、2サイクルメインの巨大イベントも起こ値われているそうです。こちらのヤマハRZV500Rはヤフオクで日本から仕入れたとの事でした(200万円over!)

80年代の小排気量2サイクルも丁寧にレストアされています、ありったけの新品パーツで組んだと言わていました。

そんなこんなであっという間にマレーシア出張は終わりましたが、その後は横浜スタジアム & DeNAベイスターズ真夏の祭典「スターナイト2018」が待ち受けておりました。この前クーラーの効いたVIP席にて観戦した阪神戦は見事討ち死にしまして、今シーズン初観戦はボロボロのひどい試合でしたが、VIP席観戦という事で今回は許してやろうと思いました、今回だけは・・・・

そしておとといのスターナイト3日目対読売戦、MQQNEYESはStaff総出で横浜スタジアムへ乗り込みました。クソ暑いスタンド席での観戦ですが勝てばそんな暑さも吹っ飛ぶでしょう!と意気込んでおりました。シウマイチャーハンは美味しいし、みかん氷は美味しいしあとは試合に勝つだけなのです。

MQQNEYESはスターナイトのスポンサー活動も行っておりますので、フェンスの掲示板に名前が表示されました、Go! with MQQN



が、試合は読売がポツンポツンと思い出したように点を取って、ベイスターズは相変わらずの早打ちで凡打の山を築き、異常な早さで試合は進み気付くと2対3という地味なスコアで見どころの無い、面白くもなんともない試合はあっけなく敗戦となりました。年に一度のお祭り、スターナイト3連戦、3連敗という屈辱を味あわさせて頂きました、ああ楽しかった!

Wildmanのネガティブな思考で今日の敗戦のA級戦犯は確定しているのですが、ここでは言わない事としましょう・・・40年以上応援している身としては、チームの作戦の変更を切実に願うばかりであります。相手ピッチャーを助ける初球狙いの早打ちと8番ピッチャーというのはもう限界なのではないかと・・・・冷静な判断、指揮をお願い致します。

私は8月、あと4試合分のチケットを手にしているので4回横浜スタジアムに出向くこととなりますが、ラミレス監督のおっしゃる通り「8月が終わる頃には今とは違う位置にいる」というのは本当なのでしょうか?それは首位なのでしょうか?? はたまた最下位なのでしょうか???今月でDeNAベイスターズの今季の運命と来季の体制が決まってしまいそうなのです。

私のネガティブな実況解説が聞きたい方は8月12、19、21、23日の横浜スタジアムにお越しください、どこかの席でカルピスソーダを飲みながら実況しているはずです。

2018? 07? 20? by satoh

二刀流万歳!! 変態と常人の二刀流はWildmanです。

狂ったような暑さの中、我がDeNAベイスターズは完全に狂ってしまい、20年振りの優勝どころか首位カープには離されるばかりの戦いっぷりになってしまいました、まさかここまでケガ人が出るとは・・・・

それでも突発的にトレードを行ったり、アメリカ帰りを補強したりとまだあきらめてはいません。こうなったら優勝なんかどうでもよいのですな。だって3位までに滑り込んでクライマックスシリーズにさえ出てしまえばこっちの物、短期決戦の鬼ラミレスベイスターズは、高校野球のようにせこせこと勝ち上がって、日本シリーズに出撃するシナリオは目に見えているのです!(と言うかもうこれしか方法が無いのですが・・・)

なのでWildmanは本日、横浜スタジアム開催の阪神タイガース戦に今季初の出撃となります。ここ数年、観戦する試合はやたら勝率が良いので、今日も苦手阪神相手にきっと勝つことでしょう。

と、その前に不肖Wildman、明日21日(土)の午後13:00pmから放送予定のBSフジの番組「水前寺清子情報館」に出演予定です。予定というのは生放送なので、何がどうなるのか私には分かりませんので、見てからのお楽しみという事で宜しくお願い致します。

で、先週末はですねMQQNEYES USAのOpen Houseが開催されまして、瞬間移動で行って参りました。アメリカも暑いのは分かっておりましたが、今回は湿度を含んだ暑さとなっていて、なんだか日本みたいで驚きました。

相変わらず朝早くから、皆さん集まって来まして、Shop前の通りからお隣のHamburger Shopまで沢山のHot Rod & CustomやChopperたちで埋め尽くされました。

名古屋から渡ってはや数年のロドリゲス号も毎回元気に走って来ております。

こんな車が来ているのもご愛敬ですが・・・・

もちろんPinstripeのデモも行いまして、沢山のお仕事を頂きました。何だかここ数年ミニカーへのPinstripingがやたら多いのですが・・・

いつも沢山のミニカーへのStripeのご注文を頂くミニカー兄ちゃん(勝手に呼んでいるだけです)はだんだんエスカレートして来て、今年はこちらのモーターホームのミニカーを持って来ました。WILDMANて描いてくれだって・・・・・・

こちらのVW Type IIは左面がMQQNDOG、右面はMQQN犬(ムーンドッグ)と描いて欲しいとのリクエストでした・・・不思議です。

Open Houseは無事終了致しまして、翌日はPetersen Automotive Museumにふらっと行って参りました。2年前もふらっと行きましたが、今年も記憶にある景色だけで判断し、何も見ずにまぐれで無事到着となりました。

このミュージアムは期間テーマを決めて、展示車両を替えているのですが、前回訪問時は流線形のおフランス車の特集でしたが、今回は”The Roots of MONOZUKURI”というタイトルで日本車特集となっていました。ものづくりニッポンであります!

日本やアメリカから集められた日本車が多数展示されているので、一瞬日本の博物館にいるようでした。BGMはもちろんスキヤキ(上を向いて歩こう@坂本九)でした。しばらく上を向いて歩いたら、めまいがしましたが・・・・

入り口ではスバル360、トヨタS800、エスロクが迎えてくれて、上の階に行くと、トヨタ2000GTが2台、コスモスポーツ、フェアレディ等の分かりやすい車から、フライングフェザー、フジキャビン、三菱500といったアメリカ人には難解な車も並んでいました。

展示の看板の日本語はホンダではなくホソダに見えますが・・・・

他にもマツダR360クーペ、日野ルノー、ダットサン・クーペ、シルビア、観音クラウン等が並んでおりました。

このような物体も展示されるのが現代的というか、アメリカ人から見た日本のイメージなのかしらん、という気持ちにさせられました。ケンメリ・スカイラインはKENMERIと紹介されてました・・・

こちらのサバンナRX-3やセリカもプラモの実寸仕様となっております。

となりのフロアにはバイクも多数展示されていていますが、あれっと思ったら広島の平和モーターサイクルさんのトライアンフが飾られておりました、凄いですね。

さらに下に降りるとポルシェの特集が組まれておりまして、素敵過ぎる空冷さんたちがいっぱい並んでました。

旧い356たちはどれも可愛すぎでして、ナローの911Sはタルガでしかもスポルトマチックというオシャレさん仕様がたまりませんね。

こちらの550スパイダーは、ホンダF-1初優勝時のドライバーである故リッチー・ギンサーが乗った車だそうです、歴史が刻まれています。

4気筒の白い912や、プロトタイプの真っ赤な901もありました。

名機カレラ6 & 10、化け物917や956、パリダカの959もありました。

プロトの4ドアの928は気色悪いですが、この頃からポルシェは何とかして4ドアを作ってビジネスにしたかったのですね。

大好きなビッグバンパーの930ターボもありましたが、クリームの方のストライプが素敵過ぎますね、オータキのプラモを思い出します、ビッグバンパー超カッコいい!!

さらに Low Riderたちも車文化の一つとして紹介されておりました。懐かしの1964 IMPALA “GYPSY ROSE”もありました。

もっと見たかったのですが、Petersenの館内は異常なほどクーラーが効いていて、冷凍人間になってしまうほど寒かったので、具合が悪くなる前にそそくさと退散しました、う~寒い!!こちらは入場料が$16で駐車場代金が$15でした、これいかに??

とこれで今回の出張も無事終了と言いたかったのですが、実はもう一つのお楽しみをさせて頂きました。



MQQNEYES USAから宿泊先MOTELまでの帰り道にあるのがDisneyland、その反対側にあるのがアナハイムのエンゼル・スタジアムであります。エンゼル・スタジアムといえば、MLBのロサンゼルス・エンゼルス。そう、二刀流の大谷翔平クンのエンゼルスであります。何と今回はMLB観戦をしてしまったのであります!! 仕事で行っているのに野球を見るなんて立派な犯罪行為です、申し訳ありません。

入り口にはすでに大谷ファンがいっぱいいて盛り上がっております。マニアックな方は岩隈や新庄のユニフォームを着ていましたが・・・そういえばついこの前の1981年にソニープラザで購入した、カリフォルニア・エンゼルス時代のTシャツを持っていたのを忘れていました、ここまで持ってくれば良かった・・・・

そうこの日は大谷翔平Double Bobbleheadがプレゼントされる日なのでありました! 入場者は大谷君の「二刀流」のBobbleheadを頂けるのです。つまり
フィギュアは投打の2つがセットになっているという豪華仕様です、素敵ですね。

入り口はモバイルチケットエントリーなのでスマホで行いますが、小心者は「もし失敗して門前払いをくらったらどうしましょう??」と思ってましたがすんなり読み込んでくれました・・・

するとすぐにヤクルト2本を手渡され、いったい何?と思ったらヤクルトがスポンサーなので試供品として配っていたのです。美味しかった! US仕様の容器もカッコいいぜ!でもあのヤクルトの小さな容器ではアメリカ人には小さ過ぎますので500mlのヤクルトも作った方が良いと思います。

球場内は夢の世界、やはりボールパークは違いますね。横浜スタジアムもこれを目指して現在進行形なのであります。

グッズ売り場は大谷君の物が沢山置いてあり、凄まじい人気でした。Tシャツを買うのも大変でした。

このゴミ箱も素晴らしい!

内野席に降りるとそこには黒山の人だかり、何とシアトルマリナーズのイチロー様がストレッチを行っていたのです! さすがレジェンド、もうプレイしなくてもお客様を楽しませてくれるのです、素晴らしい!

大谷君は現在ケガの為、ピッチングは行っていないのですが、代打でも活躍している二刀流なので、今日もきっと出番が来ると思っていました。こうやって彼がベンチの所にも立っています。

試合はエンゼルスがポンポンと点を取ってしまい、マリナーズに圧勝となってしまいました。だからどこかで代打に大谷君を使ってくれればファンも喜ぶのに、結局最後の回の攻撃となっても出場しませんでした。せっかく大谷二刀流仕様のBobbleheadを配った記念すべき日で、大谷ファンもいっぱい来てるのにファンサービス無しのあのヘボ監督は早くやめさせた方が良いと思いました。

終始、大谷君の後姿だけを見ていた1日でしたが、二刀流Bobbleheadがもらえたので良しとしなければなりませぬ・・・・

これを機にWildmanも変態と常人の二刀流を目指そうと思いました。ある時は変態、ある時は常人、この使い分けが大事なのです!そしていつかはWildman Double Bobbleheadを作ってみたいのです。
Go! with MQQN

2018? 06? 2? by satoh

変態車両に遭遇、3度目のオーストラリアでGo! with MQQN

皆様、MQQNEYES International Magazine vol.20が発売となっておりますが、もうご覧になられたでしょうか?新製品満載のカタログページはもちろん、記事ページも読みごたえがありますが、何といっても我がWildman ページが圧巻の出来となっておりまして、自分で読んでも面白過ぎて何度も読み直してしまうのです!自画自賛極まります!!

「変態ミニカー今昔物語」というタイトルからして素晴らし過ぎるこの特集は、Wildmanがいつも力説している「ミニカーというのは実車が造られていたのと同じ時代に同じ空気の元で造られていなければならない」という持論を改めて皆様に伝える為の記事となっております。

ダイヤペットやトミカ等当時物ミニカーの銘品と、現代ミニカー界の時代の寵児であるトミカ リミテッド ヴィンテージ(TLV)で同じ車種を並べどちらが変態的な尺度の中で優れているかを考察するというもはやミニカー論文ともいえる素晴らしい内容になっております。今回のMIMは書店販売はございませんので、MQQNEYES店舗や通信販売、各MQQNEYES Dealerにてお求め下さいませ、宜しくお願い致します!!!

そして32回目の開催となりましたMQQNEYES Street Car Nationalsが終わった後、すぐに南半球はオーストラリアに向かいました。2011年にブリスベンに、昨年はペンギン・パレードのメルボルンのイベントにお招き頂き、今回はシドニーのインドア・ショーに行って参りました。オーストラリアはとっても広いので、この3つの都市も全て右下に位置しておりまして、もし国土を1周したら一体どのくらい時間が掛かるのか見当もつきません、広過ぎます。

今回はシドニーで開催されました、Hot Rod & Custom Auto Expoというインドア・ショーにお招き頂いたのですが、昨年メルボルンに行った時のようなペンギンを見ているような時間は無く、イベントのみ参加でどこにも行くことはありませんでした。

ついこの前の2000年にシドニーオリンピックでQちゃんが女子マラソンで金メダルを獲ったとき、この辺を走ったのかしらん?と思うだけでした。と思っていると目の前には世界で愛されるハイエースが・・・本当にこの車、どこの国に行っても遭遇する凄いヤツなのです。

今回のイベントは”Hot Rod & Custom Auto Expo”というインドアショーになりまして、”Andy’s Restoration”というHot Rod & Custom車両の製作や、ビンテージ車両のレストレーションを行う歴史あるShopさんが主催されたイベントでした。

Factoryを見学させて頂きましたが、そこにはRod & Customな車両が多数並び、50年代のMercedes- Benz 190SLもレストア中でした。新品のボディーパネルを使っていましたが、こんなパーツがあるのが凄いですよね。

こちらはVW Type Iのフードを使った椅子でありまして、かなり欲しくなりましたが、手荷物では持って帰れません・・・子供用にはスバル360のが使えそうですね。

これはWillysで表現したBat Mobileとでもいうのでしょうか?皆さん創意工夫を凝らして楽しまれているようです。

そして我がMQQNEYES Dragsterもこちらに保管されていました。只今MQQNEYES号はオーストラリアをツアー中でして、各イベントを廻っております。もちろん今回のイベントでも会場に展示されまして、エンジンの始動(爆発音にしか聞こえませんが)を行うのです。

このツアーのポスター& 記念T’shirtのDesignもやらさせて頂きました、有難うございます。

お店の外には相変わらず不気味なオーストラリアの国民車?である新旧ホールデン・ピックアップが停まっておりましたが、ホールデンは昨年で全てのクルマの生産を終了してしまい、69年の歴史が幕を閉じてしまいました・・・
トヨタもオーストラリアでの生産をストップしてしまったので、ついにMade in Australiaのクルマは消滅してしまいました、さらば豪州車よ!!

そして今回のイベントは2日間開催のインドアショーとの事ですが、会場はRosehill Gardens Racecourseという競馬場でして、創立年は1885年という歴史あるRace Trackなのです。19世紀なんてついこの前なのですが・・・

観客席建物の中のスペースを使い、こんなところに車を置いていいの?という感じでしたが、趣がありとってもカッコ良かったです。前方には綺麗な芝生のコースが見えて素晴らしいロケーションでした。

1階と2階の各フロアに車両は展示されましてMQQNEYESブースはオーストラリアのMQQN DealerであるArmadale Auto Partsさんの隣となり、その横にDragsterを展示しました。

デモンストレーションでDragsterのエンジン始動を行いましたが、爆音を聞きに多数のお客様が集まっていました、もちろん耳栓を配ってました。


こちらArmadale Auto PartsのAlanさんがDragsterのエンジン始動を手伝ってくれましたが、体が大きくてやっとこ乗り込んでおられました、Helmetを被ってるのかと思いました・・・

展示車両はFordのHot Rodが多くなっていて、FlatheadからSmall Block Chevyまでいろんなエンジンのがありました。

KustomやLow Riderもあってジャンルにとらわれない感じです。

さよならHoldenも色々ありました。

こちらにはギャランシグマが!! 変態は世界中にいるのですね・・・

と思ったら、ここにもHIACEが!! 黄色の100系には驚きましたがこの後、これにPinstripeを描かさせて頂きました、Go! with MQQN

おっと、こんなところにバート・レイノルズが!! 70年代懐かしの映画トランザム7000(Smokey and the Bandit)に出てたFirebird Trans Am通称”Black Bird”ですね。’77年当時日本にも沢山輸入されてた人気物ですね、ノーマルが一番カッコいい!!

そしてカッチョ良かったのがこのグレーのポルシェ軍団、356に914、356を載せたType IIのTransporterになんとカレラ6こと906が!!!(まあ、これはレプリカだと思いますが)グレーで統一された空冷ポルシェたちは会場の人気者になっていました。

そしてもう一台変態車両は’72 Australian Chrysler Valiant Charger R/Tなる変質車?です。典型的なクライスラーのマッスルカーともいえるパンサーピンクを身にまとい、エンジンは248hpを発生する265cid スラント6のヘミヘッドに2バレルのウェーバーを3連装で6-Pack! といったオーストラリア版のマッスルカーとなっておりました、でも変なの・・・

こちらMQQNEYES PICKのAwardを贈った32年のFord 5 windowになります。Owner様はとっても喜ばれていました。

そして会場内では車両のオークションが行われていました。これが結構凄い車が凄い価格で取引されていたのですがこちらのマスタング2台はレプリカではなく本物のBossであります。ブルーのは究極のマスタングともいえる’70 Boss 429ですがオーストラリアにもこんな希少車があるんですね、よし買おうと思ったら数千万でしたが・・・

これはロニー・ピーターソン仕様レプリカ(隼人ピーターソンじゃないよ)のBMW3.5cslですが迫力のBMW Bat Mobileは本当にカッコいいですね。

同じBMWでM3やM635csi、M3cslとBMマニヤにはたまらない車種がありましたが違う意味でこの赤いキワモノ?840ciもたまりませんね!?

ディーノやパンテーラもありましたが、やっぱりこのマセラティ・メラクにしびれました。2+2のスーパーカー大好きなんですが、ミッドシップで4人乗りという無理な変態レイアウトにスーパーを感じますので、申し訳程度にちょこ
っとだけ付いてるメラクのリアシートに感動を覚えるのです、スーパーカーのキングキャブですな!!

Pinstripeのお仕事も沢山頂きましたが、2日間はあっという間に過ぎてしまいました。

こちらは主催者Andyさんの娘さんの’58 BeetleでPinstripeを描かせて頂きましたが、フードの所に謎のPマークが?? PだからParkingでどこでも駐車OKという強気なマークなのかと思いましたが、日本の初心者マークみたいなものでした。オーストラリアでは免許試験に受かったら1年目にLマークを貼り
免許を持っている同乗者を乗せて走り(仮免許みたいな感じ)その後赤色のPマーク、さらにその後緑色のPマークになってその間色々な制約があるようで、何でもありの本免許取得には結構な時間が掛かるようです、大変ですね。
日本でもマニヤにはMマーク、変態にはHマークをつけて走りたいものですな。

そんなこんなであっという間にオーストラリアの出張も終わりましたが、MQQNEYES Dragsterはこの後もオーストラリアのツアーを続けておりまして、6月16~17日にパースで開催の”Hot Rod & Street Machine Spectacular”にも参加致しますので、機会がある方はぜひ見に行って下さい!

2018? 05? 12? by satoh

43周年のミニカーコレクション、第9位発表& AC COBRA 427

皆様、こんにちは。我がDeNAベイスターズはゴールデンウィークを死んだふり作戦で乗り切ろうとしたところ、死んだふりどころか、本当に瀕死の重傷を負ってしまいました・・・う~ん弱い・・・・

と思ったらまた持ち直したりして、今年のセ・リーグはどのチームも好不調の波が激し過ぎまして、暫くはあまり贔屓チーム順位を気にしない方が良いのではないかと思います、日替わりですから。

そんな中、先日ですね本牧MQQN Garageにとんでもないクルマが入庫致しました。パーツ取り付けとかじゃなくて、Pinstripeの施工で来られたのです。

最初は何かの冗談かと思いましたが、冗談ではなく本当に入庫して来たのはAC COBRA 427という超ド級のクルマでございました!!

あっ、レプリカじゃありませんよ! Shelby Americanで60年代に造られたCSX3000番台の一桁シャシーナンバーを持つ、Competision Chassiesのオリジナル・コブラなのであります!!

オーナー様は1970年代にこの427コブラを日本に持ち込まれまして、40年以上に渡って大切にされて来ております。当時日本で本物のコブラといえば、式場壮吉氏のクルマが有名でしたが、それ以外にもこの真紅のコブラがひっそりと存在していたのです。

今ではその2台のコブラは共に横浜に生息しているという状況でして、その2台共に手に触れることが出来たのは感無量なのであります。

今回は真紅のボディーに、アメリカ時代に描かれていたPinstripeの模様を同じように再現するというお仕事でありまして、興奮しながら作業させて頂きました、だって本物なんですもの・・・・

AC COBRAの一号車はアメリカはSanta Fe SpringsのMQQN Equipmentで組上げられたのは有名なお話ですが(いまだにCOBRAのクラブの方々がツアーでMQQNEYES USAに見学に来られます)今度は日本のMQQNEYESのGarageにCOBRAが来るというWildmanの妄想が現実となったのでありました、白昼夢は現実となるのです・・・・・

今では億単位のクルマですので、小心者としては長時間預かるのは大変恐ろしいので、作業後その日のうちにとっととお別れとなりました。名残惜しかったのですが、ビッグブロック427の素晴らしいサウンド(これが嘘みたいに静かで上品な音なのです)を残してコブラは走り去ったのでした・・・

という事で今回はコブラのミニカーの話と思われそうですが、コブラというのは1960年代当時、全くダイキャストミニカー化されなかったのです、一台も!! 特殊なクルマでしたが知名度が特に低かったわけでも無いのに、当時はどこの国のミニカーメーカーもコブラをモデル化しなかったのです、不思議ですが。7~80年代になって、コブラが現役でなくなってから、ホワイトメタルやHot Wheels等で作られそれ以降は湯水のごとくモデル化されました、当時物ではないので私には全く不要ですが・・・

なのでコブラの当時物ミニカーは無いのですが、プラモデルやスロットカーの世界では大人気で、当時多数モデル化されておりました。

Scalextricの1/32のスロットカーは大変雰囲気が良くってお気に入りのモデルなのです。形が最高です!!一生走らせませんが・・・

プラモデルはこのAMT製がスロット含め多数のバリエーションあって人気となっています、箱絵もカッコいい!!もちろんこれらは一生組み立てない私の空想模型となっております、組んだらきっとカッコいいな!!

で、話がまた元に戻るのですが、大変素敵なお仕事を下さったコブラのオーナー様に感謝なのですが、実はオーナー様はその昔大変有名なミニカーコレクターでありまして、昭和30年代に日本でミニカーコレクションが始まった黎明期のトップクラスのコレクターだったのです。当時インターネットも無く、流通システムままならぬ中、個人による海外交流で日本に未輸入のミニカーをたくさん入手されていたのです、尊敬であります。

1960年代当時のミニカーコレクション雑誌でCollector誌というのがあるのですが(106号で廃刊、Wildman創刊号より 90冊以上集めて残りも捜索中)その中で沢山のミニカーの記事を書かれていたのです、まさにその道の先駆者なのでありました。私などはコレクションのスタートがついこの前の1975年なので、全く歯が立たないのであります、う~ん悔しい・・・・

で、今回の主題である「43周年のミニカーコレクション第9位」を発表させて頂きます。

それなりにコレクションを続けていますと色々と出会いがあるのですが、コブラオーナーのH氏はある時期に横浜元町サンセット店主宇野さんを介して、コレクションを手放されたのですが、その中に旧西ドイツはメルクリンというブランド(鉄道模型が有名ですね)の当時物ミニカー、Buick Sedanetteがありました。こちらが私の中でコレクションベスト10の第9位認定となります!!

このBuickのミニカーは戦後間もない1940年代後半に生産開始という大変に旧いモデルなのですが(70年落ち!)まさに当時物といった風情で、怪獣だった頃のアメリカ車を見事に再現しているのです、グリルを見てると食べられちゃいそうなのです。

子供の頃から憧れのミニカーでしたので、私が買わずに誰が買うという流れとなりグレー色のBuickは私の手元にやって参りました。H氏という先駆者のおかげで数十年前、日本に入って来たメルクリンのBuickを入手することが出来ました、感無量であります!!

そして昭和30年代ミニカーコレクション黎明期のコレクターで、これまた先駆者の御一人である故内山氏も色々な雑誌にミニカーやプラモデルの記事を執筆されていました。

「自動車JUNIOR」という自動車雑誌がありまして、ついこの前の昭和36年8月号に内山氏がメルクリンのミニカーについて書かれていました(マルクリンと記載されてますが)もちろんモノクロですが、ミニカーの画像が載っていて、その中の一番奥に今回のお話のBuickが写っているのです。

これこそが、今Wildmanのコレクションケースの中にある茶色のBuickその物なのであります!!20年近く前、内山氏がBuickを手放される際、横浜元町サンセットさんのショーケースに並んだのですが、タイミング良く私がゲットすることが出来たのです。グレーと茶色のBuickが並んでもう何も言うことはありません。

こうやってしつこくコレクションしておりますと、昔雑誌に出ていたミニカーその物の個体が手元にやって来るという不思議な現象が多々あるのです。写真と見比べて「おお、同じ傷や汚れがある!いいぞ~」と興奮する変態は今日も夜の自室で一人叫んでいるのです、いいぞ~・・・・

2018? 04? 27? by satoh

43周年のミニカーコレクション、ザ・ベスト10発表!!

ベイスターズは完全に失速中でありますが、これはゴールデンウィーク前にセ・リーグを混乱させ面白くさせて、皆様をワクワクさせる為ににわざと負けている作戦だと思われます。「ベイ死んだふり作戦」こそ今年のテーマなのであります。

プロ野球ファンのことを考えた、極めて高等で奥深いベイ死んだふり作戦の中、ついに横浜DeNAベイスターズXMQQNEYESの2018年度版コラボグッズ第一弾が発売となりました!!!

今年のコラボ企画はですね、何と3回に分けての発売予定で、この後は6月、9月とプロ野球シーズンまっただ中に新しいコラボグッズの発売が予定されております。つまりですねクライマックスシリーズと日本シリーズにも合わせて新しいグッズを身に着けて応援に行けるという訳なのであります、素晴らし過ぎです!!

エッ、日本シリーズですって? そうですよ、今年は横浜DeNAベイスターズ20年振りの優勝が待ち受けているのは確定的でありますので、ベイファンの皆様は10月末から11月の予定は空けておくようお願い致します、ああ忙しい。まあ、優勝出来なくても3位に入ればクライマックスシリーズを勝ち上がるなんてちょろいもんなので、日本シリーズには必ず行けるのです!!

今年のデザインは、熱く燃えるFlamesと横浜スタジアム、MQQNEYESロゴを組み合わせたデザインになっておりまして第一弾は刺繍Tシャツ、ロングスリーブTシャツ、ジャージスタジャン、フラットバイザーキャップ、フェイスタオルが今回、春の発売分となります。

ベイ死んだふり作戦の中、これらを身にまとって横浜スタジアムに応援に行きましょう。Win! with MQQNEYESであります!!!

ということで、ミニカーのお話となります。前回はナゼかプラモデルのお話になってしまいましたが、やっぱりWildmanといえばミニカーなのであります。

今まであまり考えたことが無かったのですが、自分の持っているミニカーの中で一体何がお気に入りなのか? どれが一番好きなのか? そうだコレクションベスト10を決めてみましょう! と犬の散歩をしながら思いついてしまいました。

といっても推定2000台?のコレクションの中ではどれもこれもお気に入りなので、そこでベスト10を決めるのは難しいのですが、そこはコレクション43周年、苦渋の?ランク付けをしたいと思います、ハイ。

思い起こせばついこの前の1975年(昭和50年)少年Wildmanは大好きだったミニカーを買いに横浜は伊勢佐木町、おもちゃのマリヤに出撃しておりました。今では全く興味のカケラも無いトミカなる物体を購入し、お会計を済ませるとレジのお姉さんが一冊の小冊子を手渡してくれました。「なんじゃこりゃ、タダでもらえるの?」と不思議に思う少年Wildman、ときに11歳、小学5年生でありました。

これこそが私の人生を完全に狂わせてしまった本「月刊ミニチュアカー」誌1975年4月号でありました。ミニカーを大人が集めるという事を正当化している変態本は11歳の少年の心をわし掴みにして変態の道へのレールを敷いてくれたのでした。これを読まなかったら全く違う人生を歩んでいたことは間違えありませぬ・・・

月刊ミニチュアカーは可堂玩具(カドー玩具)というミニカーメインの玩具問屋が発行していた物なのですが、ミニカーを売るための啓蒙活動としてNMCC(日本ミニチュアカークラブ)なるものを主宰してそのクラブの会報誌というような位置付けでした。クラブに入っていなくてもミニカーを卸している専門店や玩具店にも配布して、ミニカーお買い上げのお客様に渡していました、そこで私ももらったのです。

こちらはNMCCのWildman最後の会員証と、ピンバッヂになります。

本の内容は当時のトップクラスのコレクター様が執筆したミニカーブランド別の解説やコレクションの仕方、ニューモデル紹介や個人売買欄等、小さな冊子にはとっても濃い内容があふれておりました、まさに昭和の変態の世界でした。インターネットのない時代に、日本でミニカーの情報や知識を提供してくれる唯一無二の存在だったのです。おかげでこんな立派な変態に育ちました・・・

既に存在していたミニカー専門店の広告を見て、横浜元町の千代田ママストア、鶴見のチェッカー、八丁堀のコジマ、浅草のテラオ、自由が丘のえびすや等々、横浜、東京のお店に片っ端から出撃して行きました。当時デパートでも定期的にミニカーフェアが開催されていて、小田急や西武、東武等、都内のデパートにも遠征しておりました。昭和の時代はミニカーは玩具売り場の花形商品でありました。

いきなりミニカーの知識を詰め込まれた少年Wildmanはそれまでただ単に車が好きだから集めていたミニカーを「コレクション」という物に格上げし、ミニカーが好きだからその実車に対して興味を持つという逆転の発想が生まれてしまい「初めにミニカーありき」という理論が目出度く成立となったのです。

なので実車よりミニカーの方が断然カッコいいという感情が強くなってしまいました。何を言っているのかさっぱり分からないという方は大勢いらしゃると思いますが、私には実車の方がカッコいいという理論の方がさっぱり分からないのです・・・・

そしてミニカーというのは実車が製造されていたのと同じ時期に作られていなければならないという絶対に変えることの出来ない感情も生まれてしまったのです。

例えば1964年型クラウンのミニカーは同時期の1964年に実車と同じ空気と技術の元に造られていなければならず、2015年に2015年の技術を使って作られた1964年型クラウンのミニカーはもう存在自体がどうでもいいのです。逆に2015年に造られた2015年型クラウンのミニカーは全く問題ありません。

なので「当時物ミニカー」という事に拘って集め続けておりますので、コレクションは必然的にビンテージが中心となってしまいました。

又、ミニカーを先に見て興味を持ち、その実車が好きになってミニカーとセットでウンチクを学びコレクションして行くので、ト〇カコレクターさんのように実車の事やディティールがどうこうではなく、やれこの色やホイールがレアだとか単なる二次加工品の特注品とやらを勝手に価値を付けて間抜けな法外価格で取引している現在隆盛を極めているト〇カコレクションとは考え方が全く違いますので、私にはミニカー友達があまりいません・・・・なので43年間も勝手な理論でミニカーコレクションを展開している訳であります!!

という事でやっと話が元に戻りコレクションベスト10(お気に入りベスト10)を発表させて頂きます。

今回はWildmanお気に入りランキング第10位で1960年代イタリアはPolitoys(ポリトーイ)製のBRE サムライ(日野サムライ)を紹介致します。

Politoysというイタリアのブランドは1960年代に1/43スケールでMシリーズというとても精巧に造られたミニカーを販売し、日本にも当時多数輸入されて高級ミニカーとして扱われていました。ドアーやボンネット開閉のアクションを持ち、マフラーやドライブシャフトもプラスチックの別パーツで表現する等、凝りに凝ったミニカーとして有名でした。

ポリトーイはMシリーズとは別にSERIE EXPORT(エクスポートシリーズ)といった別ラインで同じ1/43スケールの廉価版ミニカーも作っていました。開閉アクションも減らし、別パーツの構成も少なくし販売価格を下げた物でした。日本でもブリスターパックに入れられて駅の売店なんかにもぶる下がってました。

このエクスポートシリーズでなぜかBREサムライが造られていたのです、全く持って不思議な事でした。当時の日本車が外国製のミニカーになるなんてことはまずなく(トヨタ2000GT除く)よりによってまともに走ることが無かった世界的にはほぼ無名のレーシングカーである日野サムライをイタリアのミニカー会社が突然モデル化したのは理解に苦しみます。サムライの情報なんて当時Road & Track誌や日本のカーグラフィック誌が大きく取り上げたくらいで、日本グランプリを最低地上高の低さで車検を通れず失格となった車をわざわざモデル化するとは酔狂な担当者もいたものだと思います、ウケ狙い??

Wildman的には史上最も美しいレーシングカーと認定しているクルマなので、当時モデル化されたのは嬉しい事でした、ああ美しい!!名前もかっこいいSamurai(サムライ)だって! これが将軍や武士、落ち武者や大名だったらちっともカッコ良くありません・・・・

ミニカーは車高が超絶低いサムライのプロポーションを見事に表現し、コクピットや日野コンテッサ用のエンジンもそつなく出来ております。サムライ最大の特徴であるエアロフォイルと呼ばれた、BREのデザイナーであるピート・ブロックお得意のリアのウィングも実車と同じく可変システムとなってます。

水貼りデカールは自分で貼るようになっていてウィンドウパッケージには日本の国旗や背景も描かれています。

最初のファーストタイプはダイキャスト製の出来の良いホイールを履いていましたが、後期生産のセカンドタイプは最低なスピードホイールに変更され、フロントのプラスチック製別パーツだったフォグランプも省略されてしまいました、ああ残念!!しかし当初白色しかなかったボディカラーはセカンドタイプになって実車と同じ赤色が追加されました。こちら赤色は数が少なく手に入れにくくなっています。

そしてポリトーイは余程サムライが好きだったのか、プラ製スロットレーシング車両でもナゼかサムライを作っていて、このグレーのがそれになります。スロットはコースを走って破壊されてしまうので、今となっては中々見つかりませんね。

1967年日本グランプリの為にBREのピート・ブロックがアメリカより持ち込んだBRE(日野)サムライは日本グランプリではTeam SAMURAIとしてエントリーし、三船敏郎がチーム監督を務めて話題性抜群でしたが、結果色々あって三船監督の抗議もむなしく車検落ちとなり、レースを走らないままひっそりとアメリカに戻ってしまいました。

そんな不思議な歴史のクルマを当時遠く離れたイタリアのミニカーメーカーがひっそりとモデル化していた事に驚きと感動を覚えた少年Wildmanなのでした。このポリトーイ製サムライのミニカーは好き過ぎて画像以外にも計6台が手元にございます。という事で次回はベスト10の第9位の発表となりますので、宜しくお願い致します。