Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

2015? 03? 28? by admin

Wildman世界美食& Pinstripe紀行スペイン編

皆様、お久しぶりでございます。不肖Wildman、今年の初遠征としてBossと二人でヨーロッパの端っこスペインに行って参りました、3泊5日で・・・

001002006

何しろヨーロッパはどこへ行っても遠くて、今回も羽田から飛び立ちパリを経由して、スペインはバルセロナに到着するまで殆ど丸一日掛かるようなイメージでありました。

007

途中パリのシャルル・ドゴール空港ではとっくに引退したコンコルドさんに遭遇、やっぱりカッコいいですね、乗ってみたかったなあ・・・

005004003

2回目の機内食では何とモスバーガーが登場!! バラバラのパーツを組み立てて、このように自分でモスバーガーを作るのでした。

いくら食っても全然到着しないので、読書にはげむ事となって、大好きな西村京太郎先生のトラベルミステリーを一冊読破出来ました。

is-003

さらにCarマガジン誌も買って無心で読みふけっておりますとモータージャーナリスト、山口京一先生の自動車見聞録という、事実に基づいた昔の車業界のお話をしておられる記事がありまして、今回は1960年代中期にアメリカはロスアンジェルスのシェルビー・アメリカンを訪れた時のお話で有りまして、大変興味深く読まさせて頂きました。

is-004

ちょうどLAの空港敷地内にシェルビー・アメリカンが有った頃で、ACコブラや我が愛機マスタングGT350が組み付けられていた時代でありました、感慨深いのう・・・

山口先生はここでキャロル・シェルビーの自家用車であるACコブラ427とGT350を借り出して試乗されました。7リッター425hpの心臓を持つ野獣のようなコブラ427に対して、GT350はたいへん文明的であったとインプレッションされております。Wildmanはへんたい文明的であります・・・

is-005

そしてビックリしたのがその時に伝説の日本人2輪レーサー、故伊藤史朗を駆りだしてコブラ427に乗せていたのです!!!(Wildman’s Blog 2009年2月21日参照)
ちょうど伊藤史朗が日本で事件を起こして、執行猶予中の1966年にアメリカに渡った頃でした(その後19年間行方不明)

山口先生は’58~’59のアサマ2輪レースで伊藤史朗をマネージメントされたそうで、そのつながりでこの時に呼び出したそうです。こんなことがあったなんて全然知りませんでしたので、こういった貴重なお話を伝えて頂けるのは変態じゃなくって大変有り難く思います・・・
伊藤史朗はこの時「圧倒的なパワーを持つ427を自在に操り、駐車場で8の字を描いていたのに驚嘆した記憶がある」との事で、天才レーサーの天才振りが垣間見られます。わたくしなんぞハンドルもクラッチも重いコブラを真っ直ぐ走らせるだけでも恐ろしかったのに・・・

たらればですが、伊藤史朗はあのままレーサーを続けて2輪なんてやめて4輪に転向していれば日本のレースの歴史も変わっていたろうに・・・・残念。

すみません、話があまりにもそれてしまいました!!ということで、無事に情熱の国スペインはバルセロナに到着致しました。

020019

迎えてくれたのはやっぱり雨・・・今年も世界各地で雨を降らせるような気がして来ました、頑張るぞ!!

124123122121120119118

ホテルは中心部から外れたエリアだったようなのですが、ちょろっと散歩してみると街並は至って普通・・・なんかイメージとしてはオレンジや黄色の淡いカラーリングな建物が並び、SEATやPEGASO等の旧いクルマが路上駐車し、そこらじゅうで闘牛をしていて、みんなでカルメン’77を口ずさんでいるような感じを想像していたのですが、実際は至って普通・・・路駐のクルマたちも新しい物ばかりで、変わった旧車との出会いを期待していたので残念でありました。

008

週末だったのでお店も閉まっていて、ちょっと寂しかったのですがこんなところで北海道を発見!! と言ってもアメリカにあるバフェとは違って、鉄板焼きのお店でありました。

128101100127126

街中のスーパーマーケットにはこのように日本の食材も結構並んでおりまして、こちらは初見のカブト・ヌードルであります。

014013011010009

スペインで日本食を食べても仕方ないので街中のレストランに入りましたが、このようにナゼか揚げ物ばかり出てきます。

015

これなんて見事にデパ地下の海老フライ以外何ものでもありません。

012

「うわーこのパン、辛子明太子が塗ってあって美味そうだぞ!!」とかじったら、トマトを表面に塗りたくってあるのでした・・・

016

こちらのプチハンバーガーは見た目も可愛く、お味もGQQDでありました。

017103102049096018

もちろんこういった生ハムのたぐいは最高のお味であります!!最後はアイスクリームを2スクープ頂き、御馳走様となりました。

087

食べ物の話ばかりですみません、本当の目的はバルセロナで開催されている”Speed Fest”というCar & BikeのShowに招待して頂き、Artistとして参加することだったのです、食べ物は重要ですが・・・

086114

今回で(たぶん)5回目の開催となるこのショーはカスタムカーとカスタムバイク、そしてアートを絡めたKustom Kultureなイベントになっておりまして、インドア会場での2日間開催となっていました。

022021

最初は雨が降っていたので搬入時に地面が濡れていましたが、突然おがくずを撒きだして、それに水分を含ませて処理しておりました、ナ~ルほど。

025024

クルマはアメリカ車とVWが中心となっていて、日本車は全く無いので、ヨーロッパにおける外し技カスタムは見れませんでした。

039038037036035034033032031030029094093065064063062061060059058057056055

あ、でもこの搬入車両のNissan Truckはウィンドウがラウンドしててとってもカッコ良かったですね。

023

Hot Rodはこちら一台だけの参加でちょっと寂しかったのです。

066

こちら年式の全く分からないThunderbirdや(のちに1972年と判明)本牧StyleなConvertibleがありました。

105090

こちらはとても綺麗なBuickのWoodyでしたが、ガラスにはこのステッカーが貼ってありました。世界中どこへ行ってもこれを貼られている方々が沢山おりまして、アイボールのステッカー以外のデザインではこれが一番貼って有る確率が高いような気が致します、誠に有難うございます。

089117

こちらのフィアット・セイチェントがWildman的なBest of Showとなりました。

028027

バイクはですねやっぱりHarley Davidsonが多くて、他BMWやMoto Guzzi、それに日本車がちょろっと混ざっている感じでした。
047046045044043042041040026048083082081080079078077076075074073072071070067054053052051050

一番目立ってたのはこの変態的な乗り物で、まあるいまあるいフレームの中には、何とシトロエン2CVの空冷フラットツインが収まっておりました、意味分かりません・・・このスペースにスポッと入りそうなエンジンなら何でも良い訳で、コンパクトなマツダ・ロータリーなんかを積んだら制御不能になって面白そうですね!!

069068

Pinstripeのお仕事も沢山頂きまして、クルマやヘルメット、ツールボックス等々、2日間に渡って色々と描かかせて頂きました。

088097099104108107116

こちらはYokohama Hot Rod Custom Showにも参加していらっしゃるイタリアのブラスターさんです、ヨーロッパでは何時も人気者です。

098

他にもスペインのArtistの方々がデモを行っておりました。

109111112113110085

やたらやかましいデモをやっていると思ったら、チェーンソーを振りまわしてTikiを作ってました、ビックリした・・・

106092

そして楽しみのお食事はですね、Show会場で何時間も煮込んでいて全然出来なかったパエリア(パスタ版)にやっとありつけ、最終日にはご飯版のパエリアも食すことが出来、魚介出汁をたっぷり堪能出来て満足致しました。

115129

そういえばちょうどサッカーのリーガ・エスパニョーラのエル・クラシコ、FCバルセロナとレアル・マドリードの試合が行われていて、街中が大変な騒ぎとなっておりまして、98,000人!!の観客でスタジアムは埋め尽くされてホテル周辺のバーはどこも満席で、試合が終わっても夜中の3時
頃まで皆さん騒いでおりました、寝かせて下さい・・・・

125

そんなこんなで3泊5日のカルメンな旅は無事終わりましたが、日本に帰ってビックリ、同じ日に同じ場所から出発したドイツの旅客機が墜落したというニュースが入っていて、小心者は未だに震えが止まらなくなっております・・・・

130

2015? 02? 14? by admin

鯉の季節はやって来るのか?頑張れディーゼルのマツダ!!

プロ野球もやっとこキャンプインとなりまして、私には楽しみな季節がやって参ります。
我がDeNAベイスターズはキューバの至宝、グリエルが残留となりまして、あとは4番の筒香がシーズン通して活躍すればすべりこみ3位内に入ってクライマックス・シリーズ進出の可能性が十分あると思われます(希望的観測)

今期は混戦の期待が高まるセ・リーグでありますが、やっぱりジャイアンツとカープが頭一つ抜け出てますね、悔しいけど。ジャイアンツはどうでもいいとして、カープはここ数年力をつけていて昨年も2位となり今季はメジャー男、黒田の復帰もあって大変盛り上がっております。というか今季優勝しないと、昔のホエールズ(ベイスターズ)のように38年間優勝出来ないのではないかとこっちが心配
してしまいますよね・・・

005

はたして鯉の季節はやって来るのでしょうか?? ちなみにこちらはピンキーとキラーズ、恋の季節であります!! どうでもいいですね、すみません・・・

野球が盛り上がってる広島ですが、カープと言えばやっぱり東洋工業のマツダであります。こちらもカープ同様大変頑張っておりまして、トヨタを中心としたハイブリットのエコカーとは一線を画し、ヨーロッパ的なクリーン・ディーゼル・エンジンで市場にチャレンジしてます。

スカイアクティブ・ディーゼルは静かで燃費も良くパワーも十分で、石原都知事が植え付けたディーゼルの嫌なイメージを完全にぬぐい去りましたよね、素晴らしいぞマツダよ!!

アクの強いデザインさえ受け入れられれば、使用環境によってはちっとも燃費の良くないハイブリット車なんかよりも良い選択肢になるのではないでしょうか!?

006016

マツダは昔から変わったことが好きなので、最強の3輪トラックの後はロータリー・エンジンに首ったけ?という時代が長く続きましたよね。市場や環境の変化により、悲しいかな速いけど極悪燃費なロータリーエンジンはとりあえず一休みとなってしまいました。

でも、やっぱりマツダと言えばロータリーのイメージがずっと続いてました。最終的には3ローターなんて変態エンジンもありましたよね。
ついこの前の昭和59年に幼なじみのI君が初代RX7を購入し運転させてもらいましたが、一体どこまで回るの??という程高回転までエンジンが回り、クルクル目が回りそうになりました。「コリャ、2ストのバイクみたいだ!!」と驚きました。
当時の我が愛機TE71カローラ1600GTとは全く違う乗り物に思えましたね。

その後も友人のRX7カブリオレ(ロータリー・ターボのAT仕様)を運転したところ、低速トルクが全くなくて「なんだこりゃ、軽自動車よりも遅いぞ??」と思った次の瞬間ターボにブーストが掛かるとロケットのように加速して前のトラックにぶつかりそうになりました・・・これぞロータリー・ロケットだぜ!!

最近はクリーン・ディーゼルのイメージが定着してきたマツダですが、皆が忘れる前に初期ロータリーエンジン車をミニカーを使っておさらいしなくてはなりません。米澤玩具の当時物ダイヤペット・シリーズにご登場して頂きます。

002

ロータリーエンジンと言えば1967年発表のやっぱり世界初の量産ロータリーエンジン搭載車コスモ・スポーツであります。帰って来たウルトラマンのマット・ビハイクルと言った方が分かりやすいクルマでもあります。子供の頃は本当に未来から来た車に感じたものです。トヨタ2000GTよりも見る機会が多かったので、強烈なペッタンコスタイルに惚れ惚れしておりました。

007008009

ダイヤペットはついこの前の昭和43年5月にモデル化してくれました。ちょっとずんぐりむっくりしたミニカーでしたが、前期型L10Aのコスモを再現してくれています。このモデルはステッカーを貼って子供向けにウルトラマンのマットカーとしても売られたので莫大な数が作られまして、集め切れない程の細かなバリエーションが存在しています。

001

お次はファミリア・ロータリークーペであります。軽量小型クーペのファミリアに強烈パワーのロータリー搭載は国際レースでも成功を収めましたね。ダイヤペットではコスモに続いて5年前くらいとしか思えないついこの前の昭和43年の8月に発売してくれました。実車が7月の発売なので何とたったの1カ月遅れでモデル化されたという超ハイスピードな米澤玩具の(下請けさんの)仕事っぷりなのでした。
実はマツダがこのミニカーを販促品として配る為に、米澤玩具に実車設計図を実車発表前に渡しておき、ミニカーも同時進行のような形で製作されていたのです。何ともいい時代ですね・・・・

010011012

フルアクションでドアーのガラスも半開き状態という凝ったモデルなのでした。

013014015

販促品として使われたのはこのフルメッキバージョンで、ボディ全体がシルバーメッキされていたのです。

さらに手持ちのこいつはドーム状のディスプレイケースに入っておりまして、これは当時マツダディーラー展示用として配られたレア物なのでした。良く生き残っていましたね・・・・

004

そして今度はルーチェ・ロータリークーペであります。マツダ初の前輪駆動車はロータリーエンジン搭載の大型クーペという変わったスタイルで1969年に発売されましたが、ベースのセダンはイタリアはベルトーネのデザインでしたよね。

クラウンのハードトップよりも高い値段だったので、商業的には全く振るわず短命に終わった悲しいクルマでした・・・・ダイヤペットは昭和46年6月発売となっていて、関係ありませんがウチの弟と同じ誕生月となっております、全くついこの前の事ですね。

017018019

ミニカーはバランスがいいんだか悪いんだかよく分からない実車のプロポーションを上手く再現しています。イメージカラーの白が決まっていますね!

003

最後はカペラ・ロータリークーペの登場です。名機12A型ロータリーを搭載するカペラは1970年の登場ですが、ゼロヨン15,7秒というのは当時としては激烈な速さでありまして、その後サバンナRX3に進化してツーリングカーレースでスカイラインGT-Rを撃破して行くのです。ロータリーの時代到来であります(オイルショックまで・・・)

020021022

ダイヤペットからは昭和46年11月のデビューとなりましたが、メッキパーツを上手く使いこの頃のダイヤペットとしては結構出来が良いミニカーとなっておりまして、近年の絶版ミニカー市場では意外と評価が高くなっております。

023

この後はサバンナRX3がデビューして最終的にRX8まで発展して行きますが、それは又次の機会にとっておきますので宜しくお願いします。

なにはともあれ今年は広島東洋カープとマツダ・スカイアクティブの年になるかもしれません(ベイスターズはきっと3位となることでしょう・・・)

2015? 01? 24? by admin

買えないクルマはミニカーで、バットモービル出撃だぜ!!

少し前、千葉界隈に出没し世間を騒がせた「千葉ットマン」なる方がおられましたが、ジョージ・バリスもビックリと言った珍奇なトライクに乗っておられましたね。
次はぜひクルマでその変態度を再現して頂き、安いオープンカーベースで竹ヤリ&出っ歯でない「千葉ットモービル」を作り上げて欲しい物です。

019

で、バットマンと言えばバットモービル、それもTV版初代のヤツに限りますね。新しいデッカイ奴はもはや車の風情ではなく、凡人の私には全くカッコ良さが理解出来ませぬ・・・・

018021017
バットモービルはこちらの画像、リンカーン・マークIIベースの1955年のコンセプトカーであった”Lincoln Futura”(リンカーン・フューチュラ)をベースに大御所バリスが変態カスタムを施した車でした。ベースカーの時点でバブルトップを備えていたので、結構フューチュラのイメージを残したままの感じですよね。

022

お役御免になった流行遅れのテールフィンを持つフューチュラが10年後にバリスの元へ行ってお色直しされ、1966年のTV Movieバットマンの劇中車両として再デビューを果たし、世界中の人気者となりました。リンカーン・フューチュラは1台しかないので、バットモービルに変身してしまったあとは残念ながら美しいあの姿はこの世に存在していないのです・・・

020

つまりオリジナルのフューチュラベースのバットモービルは1台しかなく、バリスの手で複数台作られた物はレプリカとなる訳であります。撮影以外にドラッグレース場等でプロモーションにも使われてました。

023

と言ってもどれもこれも本物そっくりで、この画像は10数年前のMooneyes Rat Fink Reunionに来ていた車両ですが、とっても本物に見えておりました。
本物は2年ほど前のバレット・ジャクソン・オークションにバリスが出品し4億円オーバーで落札されてましたが・・・
ということでどうしても本物が買えない時はミニカーに限るのです。(ビッグが当たったら本物を買いますが)

001

バットモービルのミニカーと言えば1966年、TVと同じ時期に同じ空気の元で作られた(これが重要)当時物Corgi Toysで決まりなのです。世界中で売れまくったミニカーでありまして、66年から79年までの間に何と4,907,000台以上!!!という驚異的な出荷量を誇ったオモチャ界のベストセラーとなったのです。

024025

当然当時日本にも輸入されまして、定価¥1,200という高級玩具で日本製ミニカーの倍のプライスとなっていました。

026

こちらはついこの前の昭和41年12月1日発行の月刊コレクター誌82号(ジャパン・ミニチュア・コレクタークラブ発行のミニカー専門誌)ですが深紅の表紙を新製品バットモービルが飾っております。

013014015

フロントからはノコギリがニョキっと飛び出し、メッキの3連パイプからはミサイル弾が発射、リアのエグゾーストパイプからは炎を噴射(と言ってもプラスチックの炎ですが)という驚異のアクションを持ち、バットマンとロビンのフィギュアも乗車していて、室内にはバットマン電話もセットされるというもう子供にはたまらないミニカーとなっていたのでした。

002

当然、子供のオモチャとして殆どが消費されてしまった為、このように説明書やミサイル弾、ステッカー、梱包材等全てがコンプリートで揃っている個体は極めてレアな存在となっています。

010

箱絵も素敵過ぎて、完全にアートの域に達しております。これを見ているだけでワイルドマンはバットマンになってしまいそうなのです「バットマン石井」いい響きだな・・・

003

この画像のように初版のバージョンはリアにけん引フックが無いのですが次のバージョンではトレーラーを引く為のけん引フックが追加されるのです。

016

シャシーも凝っていてこのようにバットマンがエンボス加工で浮き出ていて夢が広がって来るのです、ああ素敵・・・

そしてコーギーのバットモービルは長い生産期間の間にバットボート等の色々なバリエーションを増やしていって、最終的にはバットモービル、バットボート、バットコプター(ヘリコプター)の3台を一緒にした究極のギフトセットをついこの前の1976年に発売したのです。

005006007

あまりにも豪華なセットでありまして、これを当時買ってもらった子供は天にも昇る気持ちだったことでしょう。私は既に天に上り過ぎていて気が変になっておりましたが・・・

027

76年に154,000セット、77年に134,000セットが販売され、日本では当時定価¥4,000となっていてクリスマス以外には買ってもらえないような、かなり高価なお品でありました。いっぺんに3台のオーナーとなれる贅沢セットなのでした。
004008009

横に広がるウィンドウ・ボックスは44センチもあり、飾っておくだけでも大迫力なのですな。もちろんミサイル弾は未使用であります、このまま永遠に・・・・

011

そしてオマケは78年発売のコーギー製”Batbike”(バットバイク)であります。相変わらず箱絵が素敵過ぎますね・・・電人ザボーガーもビックリのカスタム度でありますが、何だか実車で作れそうな気がして来ます。バットモービル同様ミサイル弾発射のアクションを持ち、フロントのカウルから飛び出すのです。ホークIIあたりをベースにロケットカウルとテールフィンを付ければあっという間に完成出来そうですね!!千葉ットマンさんは今度これを参考に作った方が絶対マニア受けすると思いますが・・・

012

このミニカーは78年から82年の間に549,000台が販売されましたが、画像のこいつはその生き残りで何と未開封!!となっていてバットマンフィギュアとバイクは当時コーギーの工場でくくりつけられた輪ゴムでとまったままなのであります、ずっと切れなきゃいいな・・・・

こんな素敵なミニカーさんたちを見ていると、いつか「ワイルドマンモービル」を作ってしまいたくなる今日この頃なのであります。その時は横浜スタジアムのリリーフカーとして出撃する予定です。8回裏、相手ベンチにミサイル発射だぜ!!

2015? 01? 17? by admin

2015年、ももいろマジンガーZ出撃だぜ!!

2015年もあっという間に2週間が経ちまして、景気づけにデザート食べ放題とやらに行って来まして色々とたいらげました、暫くスイーツは遠慮しておきます・・・

DSC_2223DSC_2224007006

あ、ちゃんと仕事もしております。正月明け一番で第29回Mooneyes Street Car Nationalsのポスター原画を仕上げました!
DSC_2241

今年はですね、会場スペースも広く取れましたので、昨年はスペースの関係上出来なかったPinstripe Gatheringも開催となります、4月26日(日)はお台場へGo!です。
来年2016年はついに30回目という記念すべき年になりますね。第1回目開催だったついこの前の1987年の大井競馬場での出来事なんて3年位前にしか感じませんが・・・

014

ということで、この前生まれて初めて地下鉄大江戸線などという乗り物に乗って(券売機の前でどうやって買うのか3分間悩んでました)東京に行って参りました。
そうです今年一発目の”Juicy Fruits”のライブに参戦して来たのです。もちろん一人で!!

011

入場順が決まる整理券を配るということだったので、小心者らしく配布時間の30分前に到着したのですが、そこには私以上の変態さんが大勢いらっしゃり、こんなに早く来たのに28番の整理券となってしまいました・・・・皆さん寒くないんですか??
修行が足りない身ということが分かり反省したので、次回までに変態としての自分を見つめ直しておきます。

DSC_2198DSC_2219010009008

ライブはたっぷり2時間以上も演って頂き、我が女神イリア様を羨望の眼差しで見つめておりました、変態は静かに見たいのです。次回は修行してもっと早く来てもっと前で見れるようにします、なんならその場でギターにPinstripeを入れても構いません!!

で、さらにもう一発、皆様も御存じのようにKISSが初春に来日決定となりました!!! 2013年秋に来ましたが、まさかこんなに早くいらっしゃるとは思いませんでした。

013

ちなみにこの画像の中の一人は私Wildmanであります、さてどれでしょうか??

今回は名古屋、大阪、広島、仙台そして千秋楽の東京と5か所を廻って頂けるのです、ありがたや、ありがたや。それにしても横浜には久しく来られませんなあ・・・・
私は東京への参戦が決定し、音響が最悪で宿敵巨人軍のホームでもある東京ドームに出撃となるのです。DeNAベイスターズとコラボして横浜スタジアムでドカンと一発やって欲しかったのですが・・・

012

コラボと言えば今回のKISSはビックリのコラボとなってしまいました。昨年珍しく家でTVを見ていると、いきなりKISSの面々が出てきて、怪獣がその辺で少女たちを捕獲して来たような映像が流れたのです。「な、な、何コレは???」とビックリして思わず飲んでいたヤクルトジョアを吹き出すハメになりました。

「KISS来日は嬉しいけど、この子供たちは一体なに?なんなの??」とTVの前で叫んでいるとビックリ仰天、東京ドームのライブでこの子供たちとKISSがコラボして演奏するのだということ・・・・何が何だか分からなくなり「前座と言えばついこの前の1977年初来日時の武道館でのバウワウしか頭に浮かばんが、前座じゃなくってコラボレーションですって??」と変態は混乱の極致となりました。

それは「特別参戦! ももいろクローバーZ」なる企画で何とビックリ、ももクロとKISSのコラボなのでした!!! オジサンには全く理解出来ず「ももいろマジンガーZじゃねえのかよ??」と大声を出し愛犬ルルがビックリして逃げて行きました・・・

しかも今月末には「ももいろクローバーZ vs KISS」でCDシングル「夢の浮世に咲いてみな」がそれぞれももクロ盤、KISS盤が発売決定となりました、作曲はKISSのPaul Stanleyなのです、スゲえ企画ですね、参りました・・・

「Powered by HKSやTVKなら知ってるがHKTもAKBも全く意味分からん」と言っていた変態もこうなったら降参して、ももクロ vs KISSを楽しむしかなくなって来ましたぜ。
3月の東京ドームにももいろマジンガーZと化したWildmanが現れるかもしれませんな!? 小心者は開演5時間前には現地入りしますので、見掛けたら声を掛けて下さいませ。

2014? 10? 18? by admin

力道山先生を偲びつつインドネシアへGo!

2週間ほど前になりますが、Mooneyes Area-1地元の本牧地区センターにて横浜アーカイブス~本牧への熱い思いを語る~という企画がありまして、そこにShige菅沼がお呼ばれして講演(ミニトークショー?)を行うという企画でした。

予約制になっていたので、電話してみるとコンサートチケット発売日のように全くつながらず「やばい、これは大人気でもしかしたら入れなくなってしまうかも、最後はヤフオクか??」と小心者は焦りましたが、10分後に電話するとあっさりつながって「まだお席は全然大丈夫です」と言われて拍子抜けしてしまいました。

DSC_1943078

米軍接収時代の本牧の街から、現在までの流れをビデオで見てからShige菅沼が、Mooneyesが本牧に出来たいきさつや本牧の街について語るという物でした。荒天だったのですが、傍聴者も多くてビックリ致しました。

そして当日のSpecial Guestは何と力道山夫人、田中敬子様と言うじゃありませんか!!敬子夫人にお会いすることが今回最大の目的だったことは言うまでもありません・・・・

Shige菅沼講演の後は、ゲスト田中敬子さんショートスピーチ「夫、力道山の本牧の思い出話」となりまして、沢山の貴重なお話をして下さり、全然ショートスピーチではなくて感動してしまいました、長話し最高!!

力道山先生と御結婚前は本牧の隣街の根岸に住んでおられて、先生がメルセデス・ベンツ300SLロードスターで家まで送ってくれた事、港の見える丘公園でのプロポーズや先生の本牧でのお仕事の話などをとてもわかりやすく伝えてくれました。私としてはあと3時間位は聞きたかったのですが・・・・

そう、力道山先生の本牧でのお仕事と言うのは、自分で髷を切って関脇まで行った相撲に別れを告げ、プロレスラーになる前に何も仕事が無かった時、タニマチだった東京の新田建設に雇われ資材部長の肩書をもらい、工事の現場仕事をしていたのです。その工事というのが戦後、米軍に本牧の街が接収されてそこにベースキャンプの建物を作るという時代で、その現場に先生が派遣されて来ていたのです。

事務所は本牧通りから三渓園に分かれる道の左側の所にあったそうで、そこをベースに現場仕事をされていたそうです。先生は「フェンスの向こうのアメリカ」を作っていたのでした。
その後、先生はアメリカからプロレスを日本に持ち込み、昭和のスーパースターになられました、力道山先生万歳!!!

敬子夫人のスピーチ終了後、質問コーナーになったので最初に手を挙げたのは私であったのは言うまでもありません・・・・

DSC_1967

挙句の果てに力道山先生のサインや結婚式の引き出物、当時の雑誌まで持ち込んでしまい、会場は何でも鑑定団のようになってしまいました。

敬子夫人、変態が突然乱入して驚かせてしまい、大変申し訳ありませんでした・・・・

090

色々なことをお聞きし、この画像を見せて「300SLの後ろに写っている建物は赤坂のリキ・アパートメントですか?」と長年のナゾをお聞きしたところ、「ハイ、そうですね」と確信のお答を頂きました、ああ、ありがたや。

DSC_1968

そしてついこの前の昭和38年6月16日号の週刊明星「力道山世紀の結婚式、披露パーティー速報」の表紙にサインして頂きました、宝物なのであります!!

一人大騒ぎして充実した一日を過ごすことが出来ました。今度は私と敬子夫人とのトークショーを行うのが新たな夢となりました、その時は自分が生まれる前の話をさせて頂きます。

001002005

で、今度は全く別のお話でして先週末は昨年に続きインドネシアへTripとなりました。

014

今回もこちらRetro Custom CyclesのLTさん主催の(決してやくみつるではありません)”Kustomfest”というイベントに招待して頂き、現場で2日間Pinstripeデモを行って来ました。

007008009011012013016049

基本的にはインドアイベントでカスタムバイクとカスタムカーが半々と言った感じで、屋外にも展示され、さらにそこではスワップミートや、ライブ、BMX、スケボー等々いろいろな催しが行われインドネシア最大級のイベントなのでした。お客さんも大変多く来られていますね。

015

こちらはアメリカよりCole Fosterさんですね。

019020

暑いのは分かっているのですが、やっぱり暑い!! そして食べ物が辛い!!! このMister Burgerなるドーナツのようなネーミングのハンバーガーは一見普通のバーガーなのですが、一口食べると「ゲッ、か、辛い」となり、まるでドッキリカメラのようなバーガーなのでした。か弱い私には過酷な国なのです・・・・

018029030031032033034035044045046047048050051

そして本当は昨年のようにもっとたくさんの車やバイクの写真を撮りたかったのですが、そんな時間は全くありませんでした。

021024025026027053058059060061062063064081086087091054055056057082085088

予想を上回るPinstripeの仕事が入ってしまいヘルメットなんか何個描いたか分からず、さらに主催者のやくみつるさんから突然「イベントの景品となるVolksrodに文字とPinstripeを入れて欲しい」なんて言われる始末で、どうにもこうにも時間が無くなってしまい、描き終わった頃には車もバイクも帰ってしまって全ての展示車両の写真を撮ることが出来ませんでした・・・申し訳ありませんです。

010028

で、こちらはMooneyes Pickの綺麗なDodge Chargerになります、おめでとうございます!!

037038039040

相変わらずインドネシアは大きなバイクよりも小排気量のバイクのカスタムが盛んで、クオリティーも高いことに驚かせられます。Harley-Davidsonよりも日本車のカスタムの方が多い感じですね。
022023041

又、このようなWildman Designの珍しいTシャツや、古いDesignの物を来ている方を多くお見受けしました、どうやって手に入れているのか不思議なのです・・・・

006043067068069070071072073074075076

街に出るとこんな感じで、バイク天国は当分続きそうですが、2ストロークのバイクはベスパ以外殆ど見ることは無く、この国でも2ストは消えゆく物なのですね。

003004042

もちろんスイーツは今回も沢山食す事が出来て満足であります。

065066083084089

またもや4泊の短い旅でしたが、辛いもの以外はだいぶ体が東南アジアに慣れて来ましたので、来年もぜひ行ってみたいものですね、Mister Burgerは無理ですが・・・・