Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

2018? 06? 2? by satoh

変態車両に遭遇、3度目のオーストラリアでGo! with MQQN

皆様、MQQNEYES International Magazine vol.20が発売となっておりますが、もうご覧になられたでしょうか?新製品満載のカタログページはもちろん、記事ページも読みごたえがありますが、何といっても我がWildman ページが圧巻の出来となっておりまして、自分で読んでも面白過ぎて何度も読み直してしまうのです!自画自賛極まります!!

「変態ミニカー今昔物語」というタイトルからして素晴らし過ぎるこの特集は、Wildmanがいつも力説している「ミニカーというのは実車が造られていたのと同じ時代に同じ空気の元で造られていなければならない」という持論を改めて皆様に伝える為の記事となっております。

ダイヤペットやトミカ等当時物ミニカーの銘品と、現代ミニカー界の時代の寵児であるトミカ リミテッド ヴィンテージ(TLV)で同じ車種を並べどちらが変態的な尺度の中で優れているかを考察するというもはやミニカー論文ともいえる素晴らしい内容になっております。今回のMIMは書店販売はございませんので、MQQNEYES店舗や通信販売、各MQQNEYES Dealerにてお求め下さいませ、宜しくお願い致します!!!

そして32回目の開催となりましたMQQNEYES Street Car Nationalsが終わった後、すぐに南半球はオーストラリアに向かいました。2011年にブリスベンに、昨年はペンギン・パレードのメルボルンのイベントにお招き頂き、今回はシドニーのインドア・ショーに行って参りました。オーストラリアはとっても広いので、この3つの都市も全て右下に位置しておりまして、もし国土を1周したら一体どのくらい時間が掛かるのか見当もつきません、広過ぎます。

今回はシドニーで開催されました、Hot Rod & Custom Auto Expoというインドア・ショーにお招き頂いたのですが、昨年メルボルンに行った時のようなペンギンを見ているような時間は無く、イベントのみ参加でどこにも行くことはありませんでした。

ついこの前の2000年にシドニーオリンピックでQちゃんが女子マラソンで金メダルを獲ったとき、この辺を走ったのかしらん?と思うだけでした。と思っていると目の前には世界で愛されるハイエースが・・・本当にこの車、どこの国に行っても遭遇する凄いヤツなのです。

今回のイベントは”Hot Rod & Custom Auto Expo”というインドアショーになりまして、”Andy’s Restoration”というHot Rod & Custom車両の製作や、ビンテージ車両のレストレーションを行う歴史あるShopさんが主催されたイベントでした。

Factoryを見学させて頂きましたが、そこにはRod & Customな車両が多数並び、50年代のMercedes- Benz 190SLもレストア中でした。新品のボディーパネルを使っていましたが、こんなパーツがあるのが凄いですよね。

こちらはVW Type Iのフードを使った椅子でありまして、かなり欲しくなりましたが、手荷物では持って帰れません・・・子供用にはスバル360のが使えそうですね。

これはWillysで表現したBat Mobileとでもいうのでしょうか?皆さん創意工夫を凝らして楽しまれているようです。

そして我がMQQNEYES Dragsterもこちらに保管されていました。只今MQQNEYES号はオーストラリアをツアー中でして、各イベントを廻っております。もちろん今回のイベントでも会場に展示されまして、エンジンの始動(爆発音にしか聞こえませんが)を行うのです。

このツアーのポスター& 記念T’shirtのDesignもやらさせて頂きました、有難うございます。

お店の外には相変わらず不気味なオーストラリアの国民車?である新旧ホールデン・ピックアップが停まっておりましたが、ホールデンは昨年で全てのクルマの生産を終了してしまい、69年の歴史が幕を閉じてしまいました・・・
トヨタもオーストラリアでの生産をストップしてしまったので、ついにMade in Australiaのクルマは消滅してしまいました、さらば豪州車よ!!

そして今回のイベントは2日間開催のインドアショーとの事ですが、会場はRosehill Gardens Racecourseという競馬場でして、創立年は1885年という歴史あるRace Trackなのです。19世紀なんてついこの前なのですが・・・

観客席建物の中のスペースを使い、こんなところに車を置いていいの?という感じでしたが、趣がありとってもカッコ良かったです。前方には綺麗な芝生のコースが見えて素晴らしいロケーションでした。

1階と2階の各フロアに車両は展示されましてMQQNEYESブースはオーストラリアのMQQN DealerであるArmadale Auto Partsさんの隣となり、その横にDragsterを展示しました。

デモンストレーションでDragsterのエンジン始動を行いましたが、爆音を聞きに多数のお客様が集まっていました、もちろん耳栓を配ってました。


こちらArmadale Auto PartsのAlanさんがDragsterのエンジン始動を手伝ってくれましたが、体が大きくてやっとこ乗り込んでおられました、Helmetを被ってるのかと思いました・・・

展示車両はFordのHot Rodが多くなっていて、FlatheadからSmall Block Chevyまでいろんなエンジンのがありました。

KustomやLow Riderもあってジャンルにとらわれない感じです。

さよならHoldenも色々ありました。

こちらにはギャランシグマが!! 変態は世界中にいるのですね・・・

と思ったら、ここにもHIACEが!! 黄色の100系には驚きましたがこの後、これにPinstripeを描かさせて頂きました、Go! with MQQN

おっと、こんなところにバート・レイノルズが!! 70年代懐かしの映画トランザム7000(Smokey and the Bandit)に出てたFirebird Trans Am通称”Black Bird”ですね。’77年当時日本にも沢山輸入されてた人気物ですね、ノーマルが一番カッコいい!!

そしてカッチョ良かったのがこのグレーのポルシェ軍団、356に914、356を載せたType IIのTransporterになんとカレラ6こと906が!!!(まあ、これはレプリカだと思いますが)グレーで統一された空冷ポルシェたちは会場の人気者になっていました。

そしてもう一台変態車両は’72 Australian Chrysler Valiant Charger R/Tなる変質車?です。典型的なクライスラーのマッスルカーともいえるパンサーピンクを身にまとい、エンジンは248hpを発生する265cid スラント6のヘミヘッドに2バレルのウェーバーを3連装で6-Pack! といったオーストラリア版のマッスルカーとなっておりました、でも変なの・・・

こちらMQQNEYES PICKのAwardを贈った32年のFord 5 windowになります。Owner様はとっても喜ばれていました。

そして会場内では車両のオークションが行われていました。これが結構凄い車が凄い価格で取引されていたのですがこちらのマスタング2台はレプリカではなく本物のBossであります。ブルーのは究極のマスタングともいえる’70 Boss 429ですがオーストラリアにもこんな希少車があるんですね、よし買おうと思ったら数千万でしたが・・・

これはロニー・ピーターソン仕様レプリカ(隼人ピーターソンじゃないよ)のBMW3.5cslですが迫力のBMW Bat Mobileは本当にカッコいいですね。

同じBMWでM3やM635csi、M3cslとBMマニヤにはたまらない車種がありましたが違う意味でこの赤いキワモノ?840ciもたまりませんね!?

ディーノやパンテーラもありましたが、やっぱりこのマセラティ・メラクにしびれました。2+2のスーパーカー大好きなんですが、ミッドシップで4人乗りという無理な変態レイアウトにスーパーを感じますので、申し訳程度にちょこ
っとだけ付いてるメラクのリアシートに感動を覚えるのです、スーパーカーのキングキャブですな!!

Pinstripeのお仕事も沢山頂きましたが、2日間はあっという間に過ぎてしまいました。

こちらは主催者Andyさんの娘さんの’58 BeetleでPinstripeを描かせて頂きましたが、フードの所に謎のPマークが?? PだからParkingでどこでも駐車OKという強気なマークなのかと思いましたが、日本の初心者マークみたいなものでした。オーストラリアでは免許試験に受かったら1年目にLマークを貼り
免許を持っている同乗者を乗せて走り(仮免許みたいな感じ)その後赤色のPマーク、さらにその後緑色のPマークになってその間色々な制約があるようで、何でもありの本免許取得には結構な時間が掛かるようです、大変ですね。
日本でもマニヤにはMマーク、変態にはHマークをつけて走りたいものですな。

そんなこんなであっという間にオーストラリアの出張も終わりましたが、MQQNEYES Dragsterはこの後もオーストラリアのツアーを続けておりまして、6月16~17日にパースで開催の”Hot Rod & Street Machine Spectacular”にも参加致しますので、機会がある方はぜひ見に行って下さい!

2018? 05? 12? by satoh

43周年のミニカーコレクション、第9位発表& AC COBRA 427

皆様、こんにちは。我がDeNAベイスターズはゴールデンウィークを死んだふり作戦で乗り切ろうとしたところ、死んだふりどころか、本当に瀕死の重傷を負ってしまいました・・・う~ん弱い・・・・

と思ったらまた持ち直したりして、今年のセ・リーグはどのチームも好不調の波が激し過ぎまして、暫くはあまり贔屓チーム順位を気にしない方が良いのではないかと思います、日替わりですから。

そんな中、先日ですね本牧MQQN Garageにとんでもないクルマが入庫致しました。パーツ取り付けとかじゃなくて、Pinstripeの施工で来られたのです。

最初は何かの冗談かと思いましたが、冗談ではなく本当に入庫して来たのはAC COBRA 427という超ド級のクルマでございました!!

あっ、レプリカじゃありませんよ! Shelby Americanで60年代に造られたCSX3000番台の一桁シャシーナンバーを持つ、Competision Chassiesのオリジナル・コブラなのであります!!

オーナー様は1970年代にこの427コブラを日本に持ち込まれまして、40年以上に渡って大切にされて来ております。当時日本で本物のコブラといえば、式場壮吉氏のクルマが有名でしたが、それ以外にもこの真紅のコブラがひっそりと存在していたのです。

今ではその2台のコブラは共に横浜に生息しているという状況でして、その2台共に手に触れることが出来たのは感無量なのであります。

今回は真紅のボディーに、アメリカ時代に描かれていたPinstripeの模様を同じように再現するというお仕事でありまして、興奮しながら作業させて頂きました、だって本物なんですもの・・・・

AC COBRAの一号車はアメリカはSanta Fe SpringsのMQQN Equipmentで組上げられたのは有名なお話ですが(いまだにCOBRAのクラブの方々がツアーでMQQNEYES USAに見学に来られます)今度は日本のMQQNEYESのGarageにCOBRAが来るというWildmanの妄想が現実となったのでありました、白昼夢は現実となるのです・・・・・

今では億単位のクルマですので、小心者としては長時間預かるのは大変恐ろしいので、作業後その日のうちにとっととお別れとなりました。名残惜しかったのですが、ビッグブロック427の素晴らしいサウンド(これが嘘みたいに静かで上品な音なのです)を残してコブラは走り去ったのでした・・・

という事で今回はコブラのミニカーの話と思われそうですが、コブラというのは1960年代当時、全くダイキャストミニカー化されなかったのです、一台も!! 特殊なクルマでしたが知名度が特に低かったわけでも無いのに、当時はどこの国のミニカーメーカーもコブラをモデル化しなかったのです、不思議ですが。7~80年代になって、コブラが現役でなくなってから、ホワイトメタルやHot Wheels等で作られそれ以降は湯水のごとくモデル化されました、当時物ではないので私には全く不要ですが・・・

なのでコブラの当時物ミニカーは無いのですが、プラモデルやスロットカーの世界では大人気で、当時多数モデル化されておりました。

Scalextricの1/32のスロットカーは大変雰囲気が良くってお気に入りのモデルなのです。形が最高です!!一生走らせませんが・・・

プラモデルはこのAMT製がスロット含め多数のバリエーションあって人気となっています、箱絵もカッコいい!!もちろんこれらは一生組み立てない私の空想模型となっております、組んだらきっとカッコいいな!!

で、話がまた元に戻るのですが、大変素敵なお仕事を下さったコブラのオーナー様に感謝なのですが、実はオーナー様はその昔大変有名なミニカーコレクターでありまして、昭和30年代に日本でミニカーコレクションが始まった黎明期のトップクラスのコレクターだったのです。当時インターネットも無く、流通システムままならぬ中、個人による海外交流で日本に未輸入のミニカーをたくさん入手されていたのです、尊敬であります。

1960年代当時のミニカーコレクション雑誌でCollector誌というのがあるのですが(106号で廃刊、Wildman創刊号より 90冊以上集めて残りも捜索中)その中で沢山のミニカーの記事を書かれていたのです、まさにその道の先駆者なのでありました。私などはコレクションのスタートがついこの前の1975年なので、全く歯が立たないのであります、う~ん悔しい・・・・

で、今回の主題である「43周年のミニカーコレクション第9位」を発表させて頂きます。

それなりにコレクションを続けていますと色々と出会いがあるのですが、コブラオーナーのH氏はある時期に横浜元町サンセット店主宇野さんを介して、コレクションを手放されたのですが、その中に旧西ドイツはメルクリンというブランド(鉄道模型が有名ですね)の当時物ミニカー、Buick Sedanetteがありました。こちらが私の中でコレクションベスト10の第9位認定となります!!

このBuickのミニカーは戦後間もない1940年代後半に生産開始という大変に旧いモデルなのですが(70年落ち!)まさに当時物といった風情で、怪獣だった頃のアメリカ車を見事に再現しているのです、グリルを見てると食べられちゃいそうなのです。

子供の頃から憧れのミニカーでしたので、私が買わずに誰が買うという流れとなりグレー色のBuickは私の手元にやって参りました。H氏という先駆者のおかげで数十年前、日本に入って来たメルクリンのBuickを入手することが出来ました、感無量であります!!

そして昭和30年代ミニカーコレクション黎明期のコレクターで、これまた先駆者の御一人である故内山氏も色々な雑誌にミニカーやプラモデルの記事を執筆されていました。

「自動車JUNIOR」という自動車雑誌がありまして、ついこの前の昭和36年8月号に内山氏がメルクリンのミニカーについて書かれていました(マルクリンと記載されてますが)もちろんモノクロですが、ミニカーの画像が載っていて、その中の一番奥に今回のお話のBuickが写っているのです。

これこそが、今Wildmanのコレクションケースの中にある茶色のBuickその物なのであります!!20年近く前、内山氏がBuickを手放される際、横浜元町サンセットさんのショーケースに並んだのですが、タイミング良く私がゲットすることが出来たのです。グレーと茶色のBuickが並んでもう何も言うことはありません。

こうやってしつこくコレクションしておりますと、昔雑誌に出ていたミニカーその物の個体が手元にやって来るという不思議な現象が多々あるのです。写真と見比べて「おお、同じ傷や汚れがある!いいぞ~」と興奮する変態は今日も夜の自室で一人叫んでいるのです、いいぞ~・・・・

2018? 04? 27? by satoh

43周年のミニカーコレクション、ザ・ベスト10発表!!

ベイスターズは完全に失速中でありますが、これはゴールデンウィーク前にセ・リーグを混乱させ面白くさせて、皆様をワクワクさせる為ににわざと負けている作戦だと思われます。「ベイ死んだふり作戦」こそ今年のテーマなのであります。

プロ野球ファンのことを考えた、極めて高等で奥深いベイ死んだふり作戦の中、ついに横浜DeNAベイスターズXMQQNEYESの2018年度版コラボグッズ第一弾が発売となりました!!!

今年のコラボ企画はですね、何と3回に分けての発売予定で、この後は6月、9月とプロ野球シーズンまっただ中に新しいコラボグッズの発売が予定されております。つまりですねクライマックスシリーズと日本シリーズにも合わせて新しいグッズを身に着けて応援に行けるという訳なのであります、素晴らし過ぎです!!

エッ、日本シリーズですって? そうですよ、今年は横浜DeNAベイスターズ20年振りの優勝が待ち受けているのは確定的でありますので、ベイファンの皆様は10月末から11月の予定は空けておくようお願い致します、ああ忙しい。まあ、優勝出来なくても3位に入ればクライマックスシリーズを勝ち上がるなんてちょろいもんなので、日本シリーズには必ず行けるのです!!

今年のデザインは、熱く燃えるFlamesと横浜スタジアム、MQQNEYESロゴを組み合わせたデザインになっておりまして第一弾は刺繍Tシャツ、ロングスリーブTシャツ、ジャージスタジャン、フラットバイザーキャップ、フェイスタオルが今回、春の発売分となります。

ベイ死んだふり作戦の中、これらを身にまとって横浜スタジアムに応援に行きましょう。Win! with MQQNEYESであります!!!

ということで、ミニカーのお話となります。前回はナゼかプラモデルのお話になってしまいましたが、やっぱりWildmanといえばミニカーなのであります。

今まであまり考えたことが無かったのですが、自分の持っているミニカーの中で一体何がお気に入りなのか? どれが一番好きなのか? そうだコレクションベスト10を決めてみましょう! と犬の散歩をしながら思いついてしまいました。

といっても推定2000台?のコレクションの中ではどれもこれもお気に入りなので、そこでベスト10を決めるのは難しいのですが、そこはコレクション43周年、苦渋の?ランク付けをしたいと思います、ハイ。

思い起こせばついこの前の1975年(昭和50年)少年Wildmanは大好きだったミニカーを買いに横浜は伊勢佐木町、おもちゃのマリヤに出撃しておりました。今では全く興味のカケラも無いトミカなる物体を購入し、お会計を済ませるとレジのお姉さんが一冊の小冊子を手渡してくれました。「なんじゃこりゃ、タダでもらえるの?」と不思議に思う少年Wildman、ときに11歳、小学5年生でありました。

これこそが私の人生を完全に狂わせてしまった本「月刊ミニチュアカー」誌1975年4月号でありました。ミニカーを大人が集めるという事を正当化している変態本は11歳の少年の心をわし掴みにして変態の道へのレールを敷いてくれたのでした。これを読まなかったら全く違う人生を歩んでいたことは間違えありませぬ・・・

月刊ミニチュアカーは可堂玩具(カドー玩具)というミニカーメインの玩具問屋が発行していた物なのですが、ミニカーを売るための啓蒙活動としてNMCC(日本ミニチュアカークラブ)なるものを主宰してそのクラブの会報誌というような位置付けでした。クラブに入っていなくてもミニカーを卸している専門店や玩具店にも配布して、ミニカーお買い上げのお客様に渡していました、そこで私ももらったのです。

こちらはNMCCのWildman最後の会員証と、ピンバッヂになります。

本の内容は当時のトップクラスのコレクター様が執筆したミニカーブランド別の解説やコレクションの仕方、ニューモデル紹介や個人売買欄等、小さな冊子にはとっても濃い内容があふれておりました、まさに昭和の変態の世界でした。インターネットのない時代に、日本でミニカーの情報や知識を提供してくれる唯一無二の存在だったのです。おかげでこんな立派な変態に育ちました・・・

既に存在していたミニカー専門店の広告を見て、横浜元町の千代田ママストア、鶴見のチェッカー、八丁堀のコジマ、浅草のテラオ、自由が丘のえびすや等々、横浜、東京のお店に片っ端から出撃して行きました。当時デパートでも定期的にミニカーフェアが開催されていて、小田急や西武、東武等、都内のデパートにも遠征しておりました。昭和の時代はミニカーは玩具売り場の花形商品でありました。

いきなりミニカーの知識を詰め込まれた少年Wildmanはそれまでただ単に車が好きだから集めていたミニカーを「コレクション」という物に格上げし、ミニカーが好きだからその実車に対して興味を持つという逆転の発想が生まれてしまい「初めにミニカーありき」という理論が目出度く成立となったのです。

なので実車よりミニカーの方が断然カッコいいという感情が強くなってしまいました。何を言っているのかさっぱり分からないという方は大勢いらしゃると思いますが、私には実車の方がカッコいいという理論の方がさっぱり分からないのです・・・・

そしてミニカーというのは実車が製造されていたのと同じ時期に作られていなければならないという絶対に変えることの出来ない感情も生まれてしまったのです。

例えば1964年型クラウンのミニカーは同時期の1964年に実車と同じ空気と技術の元に造られていなければならず、2015年に2015年の技術を使って作られた1964年型クラウンのミニカーはもう存在自体がどうでもいいのです。逆に2015年に造られた2015年型クラウンのミニカーは全く問題ありません。

なので「当時物ミニカー」という事に拘って集め続けておりますので、コレクションは必然的にビンテージが中心となってしまいました。

又、ミニカーを先に見て興味を持ち、その実車が好きになってミニカーとセットでウンチクを学びコレクションして行くので、ト〇カコレクターさんのように実車の事やディティールがどうこうではなく、やれこの色やホイールがレアだとか単なる二次加工品の特注品とやらを勝手に価値を付けて間抜けな法外価格で取引している現在隆盛を極めているト〇カコレクションとは考え方が全く違いますので、私にはミニカー友達があまりいません・・・・なので43年間も勝手な理論でミニカーコレクションを展開している訳であります!!

という事でやっと話が元に戻りコレクションベスト10(お気に入りベスト10)を発表させて頂きます。

今回はWildmanお気に入りランキング第10位で1960年代イタリアはPolitoys(ポリトーイ)製のBRE サムライ(日野サムライ)を紹介致します。

Politoysというイタリアのブランドは1960年代に1/43スケールでMシリーズというとても精巧に造られたミニカーを販売し、日本にも当時多数輸入されて高級ミニカーとして扱われていました。ドアーやボンネット開閉のアクションを持ち、マフラーやドライブシャフトもプラスチックの別パーツで表現する等、凝りに凝ったミニカーとして有名でした。

ポリトーイはMシリーズとは別にSERIE EXPORT(エクスポートシリーズ)といった別ラインで同じ1/43スケールの廉価版ミニカーも作っていました。開閉アクションも減らし、別パーツの構成も少なくし販売価格を下げた物でした。日本でもブリスターパックに入れられて駅の売店なんかにもぶる下がってました。

このエクスポートシリーズでなぜかBREサムライが造られていたのです、全く持って不思議な事でした。当時の日本車が外国製のミニカーになるなんてことはまずなく(トヨタ2000GT除く)よりによってまともに走ることが無かった世界的にはほぼ無名のレーシングカーである日野サムライをイタリアのミニカー会社が突然モデル化したのは理解に苦しみます。サムライの情報なんて当時Road & Track誌や日本のカーグラフィック誌が大きく取り上げたくらいで、日本グランプリを最低地上高の低さで車検を通れず失格となった車をわざわざモデル化するとは酔狂な担当者もいたものだと思います、ウケ狙い??

Wildman的には史上最も美しいレーシングカーと認定しているクルマなので、当時モデル化されたのは嬉しい事でした、ああ美しい!!名前もかっこいいSamurai(サムライ)だって! これが将軍や武士、落ち武者や大名だったらちっともカッコ良くありません・・・・

ミニカーは車高が超絶低いサムライのプロポーションを見事に表現し、コクピットや日野コンテッサ用のエンジンもそつなく出来ております。サムライ最大の特徴であるエアロフォイルと呼ばれた、BREのデザイナーであるピート・ブロックお得意のリアのウィングも実車と同じく可変システムとなってます。

水貼りデカールは自分で貼るようになっていてウィンドウパッケージには日本の国旗や背景も描かれています。

最初のファーストタイプはダイキャスト製の出来の良いホイールを履いていましたが、後期生産のセカンドタイプは最低なスピードホイールに変更され、フロントのプラスチック製別パーツだったフォグランプも省略されてしまいました、ああ残念!!しかし当初白色しかなかったボディカラーはセカンドタイプになって実車と同じ赤色が追加されました。こちら赤色は数が少なく手に入れにくくなっています。

そしてポリトーイは余程サムライが好きだったのか、プラ製スロットレーシング車両でもナゼかサムライを作っていて、このグレーのがそれになります。スロットはコースを走って破壊されてしまうので、今となっては中々見つかりませんね。

1967年日本グランプリの為にBREのピート・ブロックがアメリカより持ち込んだBRE(日野)サムライは日本グランプリではTeam SAMURAIとしてエントリーし、三船敏郎がチーム監督を務めて話題性抜群でしたが、結果色々あって三船監督の抗議もむなしく車検落ちとなり、レースを走らないままひっそりとアメリカに戻ってしまいました。

そんな不思議な歴史のクルマを当時遠く離れたイタリアのミニカーメーカーがひっそりとモデル化していた事に驚きと感動を覚えた少年Wildmanなのでした。このポリトーイ製サムライのミニカーは好き過ぎて画像以外にも計6台が手元にございます。という事で次回はベスト10の第9位の発表となりますので、宜しくお願い致します。

2018? 04? 21? by admin

作らないプラモデルこそ芸術!空想模型の世界。

皆様、こんにちは。大嫌いな存在自体意味不明の冬がやっと終わりましてポカポカと暖かい春がやって来ました。そしてプロ野球も開幕となり、我が横浜DeNAベイスターズはいきなり連敗でずっこけたと思わせといて皆を油断させ、破竹の8連勝(17年振り)をかまして優勝に向かって突き進んでおります。ハイ!今年は本当に優勝させて頂きますので宜しくお願い致します。

昨年は3位滑り込みセーフとなり、クライマックスシリーズでは阪神、広島を撃破し世間の批判をたっぷり浴びながらも19年振りの日本シリーズ進出という偉業を達成してしまいました。やることなすこと十何年振りというのがベイスターズらしくて良いのです! 全てついこの前の出来事なのですが・・・

そしてベイスターズファンお待ちかねのWildman書下ろしデザインの2018年度横浜DeNA Baystars X MQQNEYESのコラボグッズはもう少しで発売となりますのでご期待くださいませ!!

ということで、先日部屋のレイアウトを少し変えてみたところ(物が右から左に移動しただけですが)沢山のプラモデルが埋蔵されておりました。

私はミニカーは趣味で40年以上集めておりますが、プラモデルを作るという高貴な趣味はございませんので、本当は家に有ってはいけない物なのですが、ビンテージなプラモは何と言ってもボックスアート(箱絵)が素晴らしい芸術作品なのでついつい気に入った物を手元に置いてしまいます・・・・

一生作ることのないプラモデルたちなのですが、箱絵を見ながら完成した姿を想像するだけで昇天してしまいます。だって日本製のビンテージプラモデルさんたちは箱絵は芸術、中身はもっと芸術で良くもこれだけ実車のイメージとかけ離れた物を作ったもんだという感じで、きっと当時数枚の写真を頼りに「こんな感じかな?」というノリで作ったところに芸術性を感じます。箱も中身もヘタウマイラストというジャンルのアートなのです。

という訳で私の頭の中でしか完成した姿は見れない空想模型のプラモさんたちを紹介させて頂きます。

まずはアサヒ模型というプラモデル門外漢の私にはさっぱり分からないブランドのフェラーリ・スーパーファストIIです。といってもフェラーリの表記は無いのですが、このイラストは間違えなくフェラーリ・スーパーファストIIです。が、箱にはスーパーファスト11と描いてあります、IIでなく11です。きっと当時雑誌を見てイラストを描いた際にキャプションに書いてあったIIというのを見間違えて数字の11と思い込んで描いてしまったのでしょう、まさにイタリアンカスタムカーなのです、横浜いれぶん@木之内みどり??羽田空港と思しきバックのイラストにはレシプロ旅客機のダグラスDC7も描かれ昭和感満載となっております。

中身はもっと凄くてフェラーリというよりもさつま芋のような赤い物体が入っておりますが何とモールドは4ドア!! どこがフェラーリなのかという感じです。ポルシェ356にも、プリンス・スプリントにも見える不思議なヘタウマ芸術プラモなのです・・・

お次はオータキのマツダR360クーペになります。実車は今見ても素晴らしいデザインですが、もちろんこれは実車を超えていて、独自の解釈のR360クーペが展開されております。

こちらは箱絵が秀逸でして、これが欲しくて入手致しました。このプラモはけっこう長い間販売されていて3種類の箱絵が存在しているようですが、このイラストのヤツが最高なのです。独身と思われる男性が、花咲くカントリーロードを愛犬のシロ(雑種 ♂ 4歳)を引き連れてR360クーペで疾走する様が平和な昭和38年頃を思わせるのでした。

お次は中村産業のダイハツ フェローバギーになります。実車はフェローのピックアップをベースにFRPのボディを架装したユニークな車両で1970年に100台程が作られました。

箱絵まさに70’sのノリでして、横向きのバギーのイラストと意味不明の服を着たお姉さん二人がポーズをとっている合成感が素敵な物になります。

中身のボディは一応メタルフレーク塗装となっていてサーフボードなんかも付いています。Oh! Buggyの唇デザインのデカールも泣かせてくれるのです。ダイハツ工業監修となっているので、中々の出来栄えのようです(空想)

今度はベスト化学というブランドのマツダキャロル360になります。ベスト化学というのは1966年からプラモを造っていた宮内製作所というC級プラモの会社がブランド名を1971年に変更したものになるそうです。

このプラモデルは大変に珍しい物だそうで、現存はかなり少なくなっているみたいです。箱絵がまた素晴らしくてかなり真面目に描いたキャロルのイラストに乗っているのは苦虫をかみつぶしたような表情のおじ様(推定33歳)が疾走するキャロルのバックの夜空には稲妻が走っているという全くどういった状況を表現したのか理解に苦しむ芸術イラストになっております・・・

中身は言われてみればキャロルなのかしらという出来具合ですがイエローのモールド色とフラワーパワーのデカールがほのぼのさせてくれるのです。

箱の横には軽四シリーズと名打って、フェローマックスやミニカ71、ホンダZらのイラストが描かれていますが、これらが当時販売されたかどうかは不明です。持っている方がいたら教えてくださいませ。

お次は同じく宮内製作所のシャパラル2Hになります。当時の日本での言い方ですと箱に描いてある「チャパラル」のほうが馴染みがありましたね。このモデルも中々珍しいキットになると思います。

独創的なカンナムレーシングカーを造っていたテキサスの石油王ジム・ホールさんでしたが、暴走は止まらずついにこの2Hに至っては空気抵抗を減らす為、前高を極力抑えてペッタンコにしドライバーは殆ど寝そべって運転するという曲芸のようなクルマを作り上げてしまいました。ドライバーは前が見えなかったそうです・・・・・

宮内のモデルは2H自体が独創的な形なのでそれらしく仕上がっていますが、何といってもピットマンフィギュア3名とレーシングジャッキが付属するところが子供心を掻き立てます。

箱絵にはジョン・サーティースとジャッキー・スチュアートと思しき2人のレーサーのヘタウマイラストが気分を盛り上げてくれるのです、素晴らしい!!

そしてここらでお口直しにアメリカ製のキットをご紹介致します。1960年代当時では日本製とアメリカ製のプラモデルではその技術の差は歴然ですが、今となっては両方を並べて芸術として共に楽しめる時代になったのです。

アメリカのCOXは1960年代にスロットレーシングで一世を風靡しましたが、ブームが終わるころにはスロットのボディを使いプラモデルに転用していました。

こちらのシャパラルはCOX自体がシャパラルのスポンサーにもなっていたので御大ジム・ホールさん公認となっております。

このクーポンと1ドルを送ればCOXロゴ入りシャツがもらえるよ!といったクーポン券も入っています。

今となってはそれなりの出来のキットですが、古き良き時代の雰囲気はプンプン伝わってくる物になっています、ああこれ空想じゃなくって作ってみたいな!?と思っていると、ハイ出来上がり!となりました??

そうです、当時スロットカーのメーカー完成品スロットカーとしてこちらのシャパラルが出ていたのです。マグネシウムのホイールがたまりませんな!

RTR(Ready To Race)と呼ばれ素敵な台座の上に鎮座されるこのシャパラルは一生コースを走ることのないスロットカーとして私を楽しませてくれるのです、走っている姿も空想するのです、ああ楽しいな!?

このようにプラモデルは作らなくても完成形は自分の頭の中で空想出来るので、こういった形で未組み立てのプラモデルは後世に伝えて行かなければならないのです。空想模型最高なのです!!

2017? 10? 7? by admin

今年もプロ野球三昧、Go! クライマックスシリーズだぜ!!

雨ばかりの夏も終わって季節はすでに秋・・・・それなのにナゼか未だプロ野球を心から楽しめているというこの幸せは一体何なのでしょうか。

そう、我が横浜DeNAベイスターズが2年連続クライマックスシリーズ出場という快挙を成し遂げたのであります!!!!昨年初出場を遂げるまで、ベイスターズのみクライマックスシリーズに出たことが無かったのです(つまり万年Bクラス)たったセ・リーグ6球団しかないのにナゼ毎年こうなるのか、どこかで誰かが操作しているのではないかと本気で思っておりました・・・

2012年にDeNAベイスターズになってから6,5,5,6位と順調に下位を低迷し(これはこれで楽しかったけど)ついに昨年3位となりクライマックスに初出場し、今年も見事3位でゴールしました(まあ、また3位ですけどね)

1970年代、川崎の大洋ホエールズ時代より応援しているWildmanとしましてはこれはまさに黄金期なのであります、強い、強すぎる!!

大洋時代より長年の応援で「弱くても楽しめる方法」を見出していた私としましてはこの2年間の「あまりの強さ」に戸惑いを隠せません。1998年の38年ぶりの優勝時は「これで今後20年は感慨に耽れるな」と思っていたら本当に20年経ってしまいました、ついこの前の出来事なのですが・・・・

そんなこんなで今年は横浜スタジアムに5回足を運び、4勝1敗という中々の好成績を収めることが出来たのであります!!

今年もWildmanデザインの横浜DeNAベイスターズ X MQQNEYESのコラボグッズがありましたので、それを身にまとい横浜スタジアムに参戦致しました。

真夏の首位広島カープ3連戦はベイファンにとって永遠に語り継がれるであろう「伝説の3試合連続サヨナラ勝ち」という奇跡を目の当たりに致しました!!

Area-1元カリスマ店長の成田(芸人〇川の従弟です、ホントだってば!)と静岡の謎の友人親子と行った試合では劣勢の9回裏、3者連続ホームランでサヨナラ勝利という漫画でもあり得ないような壮絶な幕切れとなり、一生の思い出となりました、この試合については死ぬまで語らせて下さい。

そしてMQQNEYES Staff全員で参戦した試合は(一人のみカープファン)名手菊池の前で物凄いスピンのかかった凡打でサヨナラポテンヒットというこれも漫画並みの幕切れとなり、カープファンの恨みを買うような試合となりました、Go! with MQQN

他にもヤクルト戦、ドラゴンズ戦とWildmanの参戦試合は順当に勝利致しましたが、最大の楽しみの試合が最悪の結果となってしまいました。

毎年8月に行われるスターナイトというビッグイベントがありましてそちらのスポンサーにMQQNEYESは協賛しているのですが、その特典として「横浜スタジアムVIPルーム」での観戦という夢のような企画がございました。雨でゲームが流れたりしまして、最終的に観戦出来たのは9月も末となった阪神戦となりました。
これが大事なゲームとなりまして、まさにクライマックス出場を掛けた大一番となりました。が、結果はボロ負けの2-11という一方的なスコアになってしまいました、何でこうなるの・・・・・

でもですね、VIPルームはしっかりと堪能させて頂きました!!バックネット裏の室内にあるそちらは昔の放送席を改装した空調完備の個室となっておりまして、一般開場前の練習時間より入室が出来ましたので、

阪神の練習時間も含めて、素晴らしい眺望にて観戦出来ました。電話一本で飲み物から食事まで届けて頂けるので、こんな試合内容ではそちらに夢中になってしまいます。アイスクリームからワインまで野球を

見ながら楽しめるという夢のような時間を過ごすことが出来ました、うお〜贅沢だぜ!!過去にないくらいワインを飲んでしまい、酔っ払いWildmanは夢心地であります、試合結果も夢だと良かったのですが・・・

こちらがVIPパスとなるのですが、何とか一生使いまわせない物なのでしょうか、40年以上応援していますので宜しくお願い致します。

そんなこんなで3年前までだったら10月のDeNAベイスターズは「ハイ、今期はもうおしまい」という流れだったのですが、ついに「強豪」となってしまったので、この後もクライマックスシリーズ(その先には日本シリーズ??)が楽しめるというとっても嬉しい秋が待っているのであります、横浜で何かが起こるかもしれませんよ、フフフ・・・・