Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

我が家のペットはシックス・パック!? PartⅣ

ちょろっと話すつもりだったペット話が止まらなくなってしまい、遂に4回目の連載を迎える事が出来、変態的には大変満足であります。 さて紅葉坂にて保護された初代ペットの雑種猫ポロンが旅立ってしまった後、御所山にて保護した純血種浮浪猫ロビンとの生活が始まりました。純血種のロシアンブルーでありながら野良化しそうだったコイツは、結局飼い主が見つからないまま我が家に住みつく事となりましたが、品行方正だったポロンと正反対で、ロビンの野郎はいたずらばかりし、脱走癖も直らずWildman一家の問題児となり、毎日が格闘となったのです。 本来高貴な純血種のはずが、脱走したばかりに血統書もないので「オマエはまるで書類なしのトヨタ2000GTみたいなもんだな!登録も出来ないぞ」と文句を言っていました。 そんなロビンもおとなしくしてりゃ多少は可愛くて、ペットロス状態のカミサンの気も少しは紛れましたが、やっぱりポロンの代わりにはなかなかなれないようでして「純血種より雑種のほうがいいのか、スーパーカーよりも商用車が好き!というのと同じようなものなのか・・・・」と考えていました。 基本的にカミサンの好みの猫というのは長毛種の毛が長いヤツでして、ポロンのような雑種でも背中の毛が長いみたいな、とにかくそういうロン毛なのが好きで、ロビンみたいな短毛種では満足出来ないようでした、そんな事どうでもいいのに・・ ロビンとからみながらもポロンを思い出しては鬱状態になるので、こっちがおかしくなりそうでした、ロビンの相手をしているだけでも頭がおかしくなるというのに。何か打開策はないもんかと考えましたが、そういえば以前に「ポロン以外にも猫が飼えるなら、何とかキャットがいいな」と言っていたのを思い出しました。「なんだっけその猫?名前を忘れた、猫なんて興味無いから」となかなか名前が思い出せません。 「確か北欧のような名前だったよな、デンマーク? スウェーデン???何だっけ」と必死に記憶をたどりましたがわからないのでインターネットで調べる事にしました。 するとそれらしき名前の猫を発見しました。北欧には違いなかったのですがデンマークでもボルグ様の故郷スウェーデンでもなくてノルウェー原産の大型猫というのがあり、その名も「ノルウェージャン・フォレスト・キャット」という1回では覚えられないようなふざけた名前の猫種でした。まるでフェラーリのプロトタイプである「ピニンファリーナ・ディーノ・ベルリネッタ・プロトティーポ・コンペティツィオーネに匹敵する長いネーミングですね。名前の意味は「ノルウェーの森の猫」だそうでただの直訳でした。画像をよく見てみると「ゲッ、毛が長い、しかもやたら大きいんですけど」とちょっと驚いてしまいました。説明を読むと「ノルウェー原産の大型長毛種猫でスカンジナビア半島の寒冷気候に自然適合する形で毛が二層になっている、後ろ脚は前足より長い」となっていました。 「変なの、ロン毛でデカい猫なんて意味わからん、どうやれば実物が見れるんでしょ」とちょっとノルウェージャンなる猫に興味が出てきました。しかし人気猫のアメリカンショートヘアーやチンチラなどのようにペットショップに行けばすぐ見つかるというような猫でもないようで、タイミングが合わなければ店頭で見るのは難しそうでした。 「ノルウェージャンなる巨大猫をウチに迎い入れれば、カミサンのペットロス症状も治るかもしれん、そうだコイツを探して飼っちまえばいいんだ、そうだ、そうだ」と単純な考えが浮かびロビンのことなんか置いといて、ペットロス対策としてロン毛のノルウェージャンなんとかを見つけよう!ペットロス撲滅作戦がスタートしました。 ところでどうやってノルウェージャンなんとかを見つけるの?と思いましたが、インターネットって便利ですね。ちょこっと検索したらいろんなノルウェージャンのHPがありました。犬は「ブリーダー」なるものがあり、そこで繁殖しているのは知っていましたが、猫には「キャッテリー」なるものがありましてそこで繁殖してるのは初めて知りました。世の中には奇特な方がいるもんですなあ、私は猫なんて興味無いのですが・・・・ノルウェージャン専門のキャッテリーが何件かありましたがなるべく近くのところがいいなと思い東京、神奈川県内に限定して探してみると何件かヒットしました。「よっしゃ、これならペットショップで探さなくても済むぜ!!楽勝、楽勝」とさっそく一番近くと思われた県内のキャッテリーに絞りました。 とりあえず連絡してみますと、ちょうど生まれたばかりの仔猫がいるとの事で、見学もOKと言われました。「見学もOKって見学しなきゃいけないのか、行ったらすぐに下さいという感じで持ち帰り出来ないの??めんどくさい」と未知なるキャッテリーのシステムがよくわかりませんでした。何でも予約をしておいて好みのデザインの猫が生まれたらそれを買うような話も聞きました。 勝手にここまで計画を進めてきましたが、カミサンに話すとそれはもう大喜びでして、指折り数えて見学する日を待っておりました。「フッ、げんきんなもんだぜ・・・ところでいくらの現金が必要なの??」と急に不安になって来ました。そして見学の当日、川崎の奥深い山の中にあるキャッテリーに出撃となりました。 迷いに迷ってたどり着いた未知のキャッテリーはマンションの一室にありました。そしてキャッテリーの女性オーナーのT様にお会いし話をすると、このマンションの二部屋を所有していて、一部屋は人間の住まいでもう一部屋全てをキャッテリーとして使用しているとの事でした、世の中には奇特な方がいるもんですな・・・・・ さっそく猫部屋の方に入れてもらうとそこはまさに未知の世界・・・・ 「な、何じゃーこりゃ!!ノルウェージャンでもなんでもいいけど、何でこんなにいっぱいいるの」と叫ぶ私の目の前には驚愕の世界が繰り広げられていたのです。こっちには仔猫がヨタヨタ、あっちには猫とは思えないほど巨大な物体がのっそりと歩いています。「こりゃ驚いた、キャッテリーていうのは猫屋敷の事をいうのか、そうだったのか」 と妙な納得をし自分に言い聞かせ少し落ち着きを取り戻しました。 オーナーのTさんがノルウェージャンについて色々説明してくれたので、こっちも負けずにウチの2匹の野良猫話をしてやり返してやりました。部屋の中にはいろんなリボンがぶら下がっているので「あれは一体なんですか?」と聞くと「あれはキャットショーで入賞した時のリボンですよ」という事でした。 何でもこういったキャッテリーで扱っている猫というのはのはショータイプとブリードタイプ(繁殖用)そして普通に飼うペットタイプという風に種類が区分けされている そうです。当然ショータイプやブリードタイプは価格が高いしウチにとっては意味が無いので「ペットタイプを下さい」とお願いしました。猫の世界にこんな階級社会があったとは驚きでした、猫なんて興味ないので・・・・ 「とにかくウチではショーにエントリーするようなのは不要ですので街乗り用の普通ヤツを下さい」とクルマのような注文をしました。 そしていよいよ生まれたばかりの仔猫さんとご対面となりました。仔猫ルームには生後2ヶ月くらいのちっこいヤツが数匹たむろしていました。「何だかいっぱいいてよく分からんな」と思いながらカミサンと見ていると、一匹の仔猫に目が釘付けとなったのです。カミサンじゃなく私の方です・・・・ 「こ、これはカワイイ、何だか分からんが目の周りの白フチが素敵だ、コイツは絶対カワイイぞ、さすが純血種だ素晴らしいデザイン!」とカミサンじゃなく、私が興奮して来ました。 「コレに決定、コレにしよう、コレ下さい!!」とTさんに言うとカミサンはあっけにとられていました。 カミサンのペットロス鎮静の為のノルウェージャン購入計画のはずが、私が一人で興奮し勝手に仔猫も指名してしまったのです。まさに本末転倒ですな、ワハハハ。 という事で全く予期せぬ流れとなり、ノルウェージャン・フォレスト・キャットの雌の仔猫が我が家にやって来たのです、めでたし、めでたし・・・・・これで話が終わるわけありませんよね、変態一家はこれからさらに信じ難い行動に出るのであります。 次回連載5回目は「ついに我が家もキャッテリー!?暴走のノルウェージャン」をお送り致します、お楽しみに!! それはそうともうすぐYokohama Hot Rod Custom Showが開催されますよ。 今回はピンストライプ・カレッジの代わりにWildmanブースにてピンストライプチャレンジをやります。初めてブラシを握る方や、ちょっとした疑問がある方にWildmanがアドバイス致します。もちろん変態話も致しますので、皆さまぜひぜひWildmanブースにお越し下さい。楽しい一日になるでしょう。又、今回はWildmanデザインの限定ミニカーも極少数販売しますので、早めのご来場お願いします!!! T シャツやスケボー、ポスター等限定物目白押しで御座います。 又「本牧Style」ブログでおなじみのカリスマ店長に会いたい方は、Showを見たあと本牧のムーンアイズエリア-1に行って下さいな。Go! with Charismas

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我が家のペットはシックス・パック!? Part III

久々の連載は話が止まらなくなって来まして、自分でも制御が効かなくなってまいりました。当ブログも気がつけば85回目のアップとなりまして念願の100回記念まであと少し・・・その時何かが起こるか???(何も起こらないかも)変態情報発信基地、Wildman’s Blogに乞う御期待であります。  野良出身、推定年齢5歳半の雑種猫ポロンはあっけなく逝ってしまい、Wildman家にはとっても寂しい空気が流れておりました。 最近は野良猫でさえ長生きの時代で、まさか家から一歩も出ない飼い猫があっさりと死んでしまうとは思ってもみなかったので、唐突過ぎる現実が信じられませんでした。 ペット禁止アパート時代にハムスターも飼っていた事がありまして、マイカル本牧にて衝動買いで買った¥980のハムスターが2年後病気になり、動物病院での手術費用が¥19,000も掛かり世の中の不思議を感じましたが、その後1年弱生き延びてくれました。ヤツが死んだ時もそれなりに悲しかったですが、今回はかなりキツかったです・・・ 次の休みの月曜日に何とかペットの葬儀場の予約が取れ、ポロンはたくさんの花に包まれて火葬され、小さな骨壺に入って帰宅となりました。帰り道は遠回りしてポロンが2年間住んだ懐かしの「ペット禁止アパート」の前を通過し、思い出に浸る変態一家は安物テレビドラマのようでした。 「あ~あ、ポロンが死んじまった、まあこれもアイツの運命だな!! 紅葉坂でカラスに襲撃されてた所を運良く保護されて5年以上も生きたんだから良しとしましょう」と言ってもカミサンは全く立ち直る気配がありません・・・・ 猛烈な鬱状態となり、ポロンのことを思い出しては泣く始末でして、これが噂の「ペットロス」なのかと思いました。愛玩動物喪失でありますね。「うーむ俺もいきなりミクロペットやダイヤペットのミニカーを失ったらとっても悲しいな、その場合はミクロペットロス、愛玩具喪失というのだろうか・・・」と悲しみの想像をしていました、ああとっても悲しいな。 そんなこんなでポロンがいなくなってから数週間が過ぎ、ペットのいない日々を過ごしていました。あんな野良出身の雑種猫でも急にいなくなりゃ寂しいものでして、家に帰っても玄関にその姿はなく、愛用のオモチャやエサを入れていたお皿なんか置いてあるとよけい寂しくなり「いっそのことポロングッズは全部処分してしまおう」なんて思いましたがなかなかそうも行きませんでした。 そしてある日ヘンテコな事が起こったのです。御所山Studioにて作業をしていて、3時の休憩タイムにふらっと缶コーヒーを買いに行ったところ、前方より黒い物体が近づいてきます。「あれは何??」と見ているとそいつはどんどんこっちへ向かって来るのです。 「ありゃ、猫だ、なんか変な色だぞ」と思うとニャーニャー鳴きながら変態の足元まで来ました。 やたらスリムな猫は何とも言えない色合いのグレー一色のカラーリングで、とっても鋭い顔つきをしていました。御所山はキャットストリートと呼ばれるほど野良猫が多い街なのですがこんなデザインの奴はこれまで見た事がありませんでした。「おい、お前一体誰だ、何者だ」と聞いてもニャーニャー言うだけで、人の後をついてくるのです。 冷静に見るとこいつはどう考えてもデザインからして雑種猫じゃなく純血種の猫にしか見えません、しかもやたら人に馴れているのですが首輪はしていません。 「何だコイツ?脱走兵か??しばらくほっぽっておけばいなくなるだろう」と思い放っておくとどっかにいなくなりました。が、しばらくするとまたそいつの姿が現れたのです。「おい、お前どっかの家から脱走して来たのか?」と聞いてもニャーしか言わず、しかもよく見ると足にケガをしていて血がにじんでいました。かなり痛そう・・・・ 「こりゃ絶対に脱走兵だな、飼い主さんはさぞや困っているだろうに」と思い、すでに夜になっていましたが帰宅コースにある交番にヤツを連れて行きました。「お巡りさん、こいつが仕事場の周りをうろついているんですけど、何か飼い主さんの届け出みたいなの出てませんでしょうか?」と聞いてみると「ああ、これね3日位前からこの辺歩いてるよ」と予想外の答えが返ってきました。「3日前って、お巡りさんコイツ知ってたの?だったらなんとかしてよ」と言っても、「届け出も何も出てないから預かるわけにも行かない」と野良同様の扱いでした。 仕方なくほっぽって帰ると次の日もそいつはうろついているのです。近くの米屋のおじさんが「あの猫数日前からふらついてるから、エサやってるんだよね」と言っています。「何だ、みんな知ってたのか、じゃそのうち飼い主さんが張り紙したり、頼りにならない交番に届けを出すでしょう」と思っていました。しかし何日たっても捜索願いは提出されていないようで、純血種らしきこいつは野良に帰化しようとしていました。 結局交番じゃなく、警察署に問い合わせても捜査願いは出ていなく、行き先のないコイツはどうなってしまうのでしょう。 動物病院に聞くと一時的に預かったとしても、飼い主や行き先が見つからない場合は処分されてしまうとのことでした。 「うーむ、どうしよう・・・何で飼い主が現れないんだろ、このまま野良猫が増えたら困ってしまうぞ」と思いましたが、もしかしたらほんとにただの野良猫なのかもしれんと思い、念の為家に帰ってインターネットでヤツの風貌を検索してみると「あった、コイツだ、ヤツに間違いない」と見つけた純血種猫の画像は「ロシアンブルー」という種類の猫なのでした。 イギリス原産の短毛種猫で、犬のように主人に忠実で性格もおとなしく、別名「ボイスレスキャット」と呼ばれ、鳴き声の少ない猫で飼いやすいとの事でした。「ふーん、そうなんだ、そういうヤツなんだ・・・・」とヤツの正体が明らかになりましたが飼い主は一向に現れないのです。 「そうか主人に忠実なのか・・・・・うーん・・・」そこでムクムクと新たな考えが浮かんで来ました「このままほっぽいてもうろつかれて迷惑になるし、ケガも直さんとかわいそうだし、とりあえずウチで預かるか。そのうち飼い主が現れるかもしれんし、そしたら返しちゃえばいいから一時預かりという形で自宅で保護しよう」という結論が出たのです。 まあその裏にはペットロス状態のカミサンの気も少しは紛れるだろうなという想いもあり「ポロンの生まれ変わり」という変な期待もありました。ポロンが亡くなってから数週間後の2004年の春に迷い猫でグレーに光り輝くロシアンブルーは一時預かりという形で我が家にやって来たのです。 ポロンがお世話になっていた動物病院に連れて行って確認してもらうとやっぱり間違いなくヤツはロシアンブルーというペットショップでは原付一台分くらいの金額の猫種なのでした。推定年齢1歳くらいのオス猫で去勢手術もされていませんでした。 その時点では警察にも届けてあるから絶対に飼い主が現れるだろうと思っていたのですが、まあ一時預かりとはいえ名前くらいは付けておこうという事になり、またもカミサンの提案により御所山出身の純血種浮浪猫は「ロビン」というネーミングに決まりました。 さてそんなロビンですがまいりました・・・・・その後も飼い主さん情報は全く無く、結局Wildman家に完全に住み着いたヤツは、やたら頭がいいのです。ドアのレバーは勝手に引いてドアを開けるのは朝飯前で、家の中を自由に行き来し、すきあらば外にも出てしまいケンカや散歩をして悠々と帰ってくるという始末です・・・・コイツ前もこうやって脱走したのか・・・・・ 去勢手術をすると爆発的に太り始め、本来スリムな体形が特徴のロシアンブルーのはずが体重7キロオーバーのただのねずみ色のデブネコになってしまいました。しかもですよヤツは「マイウ~」と鳴くんですよ、ほんとだってば!! 人畜無害でおとなしかったポロンしか知らない二人にはロビンの行為は信じがたく、毎日が戦いとなってしまいました。「何がボイスレスキャットだ、ニャーニャー鳴きやがって!!!何が主人に忠実だ脱走ばかりしやがって!!!」とロビンとの格闘はいまだ続いているのです。 とここでペットの話が終わるのが普通ですが、普通でないのが楽しい我が家!!次回連載4回目「Wildmanペット物語 増殖編」が始まります、乞う御期待!!

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我が家のペットはシックス・パック!? Part II

ベイスターズが快進撃を続けていたついこの前の1998年の梅雨時、ノミと一緒に我が家にやってきた野良出身の子猫の「ポロン」は大家さんが隣に住むという「ペット禁止」アパートにて2年間に及ぶ壮絶な隠ぺい工作を見事まっとうし、2000年の11月、横浜市の反対側に引っ越す事になりました。 なにが大変って引っ越しですよ引っ越し!!! 2000台近いミニカーはすべてティッシュで包み箱の中へ、本は20冊ずつくらいを束ねて紐で結び、スニーカーも型崩れしないように箱に入れて・・・・・とやっていたら全然終わらないんですなこれが!!「一体なんでこんなにウチには物があるんだ!」と怒ってもすべて私のものばかり・・・・ しかも意味不明なものが出てくる出てくる。一千冊の本の森と化した蔵書はその時点でも20年は手元にある物が多数を占めていましたが、ついついページをめくってしまいウットリ・・・・ 「これは何?」と箱を開けてみると、実家近くの駄菓子屋で「ゆず」も通っていたという小林商店にて1978年に買った「チビッココーラ」がこんにちは・・・ 当時「これは文化遺産だから20年は持っていよう」と買った物ですが30年後の2008年現在も未開封のままなのでビンテージ・ワインと同じような価値になっていると思います。ついこの前の物ですが。 「こっちの箱は何だろ?」と見てみると1980年にソニープラザで買ったポパイのイラストが描いてあるほうれん草の缶詰めがこんにちは・・・「何かデザインの参考になるかもしれん、開けずにとっておこう」と思ってから四半世紀・・・・これはもう食べられないでしょうね、ああもったいない。「一緒に入ってるこれは何?」と見てみると1978年に買ったスライムが未開封のままこんにちは・・・・ホット・ホイールのマテルが作った「ネバネバ、ベトベト、つめた~い」という緑色の怪しげな物体は30年たって程よく熟成され、中身は4分の1に減っているようです・・・アメリカの文化遺産だから取っておこうと思ったのにまさか再販されるとは78年当時考えてもみませんでした。 「オッ、この袋の中は何かしら?」と開けてみると1997年、東京ドームにて行われたKISSオリジナルメンバー再結成時ライブの時に拾って来た紙吹雪さんがパラパラと舞います・・・さらに1978年に製造されたKISSのガムが未開封のままおいしそうに出てきました、ああ楽しいな!!! こんな感じで意味不明の荷物と格闘していましたが「とてもじゃないけど自分達だけでの引っ越しは無理」と早々に結論を出し、引っ越し屋さんにお願いする事になりました。最初の引っ越しの時は会社から‘74 VW TypeIIを借りて自分でやったのですが・・・ とりあえずお見積りをと思い、引っ越し屋さんを呼んで我がアパートの中をチェックとなりました。すると営業の方が「あの~、石井さんの家は二人家族でしたよね?」と不審な顔をされます。やな感じと思いましたが「はい、人間二人と猫一匹とついこの前までハムスターが一匹いましたけど・・・」と答えました。山積みとなった私の荷物を見て電卓をはじいた営業の方の口から変態の想像を絶する変態的なお見積りが出たのです。 「このお荷物の量ですと\21万円になります」 と言う狂言に近い物でありました。「へっ??いま何とおっしゃいました???横浜市内から横浜市内への引っ越しで¥21万ですと!!!!!!そりゃぼったくりじゃねえか」と思っても小心者は口には出せず「どうぞお引き取り下さい」と営業の方を追い返しました。 「大変な事になった、作戦変更だ!」と思ってもやっぱり自分たちだけでで引っ越すのは無理という結論しか出ず、他の引っ越し屋さんにお見積りをお願いしたのです。しかし来る営業の方々はみな絶句!「こ、これは二人分のお荷物ですか・・・」と同じようなことを言います。「ハイ、二人分というより殆ど一人分なのですが・・・」と言うしかありませんでした。 結局3件目の引っ越し屋さんが一番安い見積もり金額となり、そちらにお願いする事になりました、たいして安くなりませんでしたが・・・・ 引越しの当日、徹夜状態で早朝までミニカーの梱包に追われ、朝9時に我がアパートの前にやってきたトラックは何と4トン1台と1,5トンが2台・・・いったい何が起こるのかと近所の好奇の目にさらされたのです。 アパートの中から運び出されるおびただしい量の段ボールには全て割れ物シールが貼られていて、引っ越し屋のお兄さんが「これの中身は何ですか?」と聞いて来るので「ミニカーです」と答えます「じゃこちらは?」はい「ミニカーです」これもあれもそれもぜ~んぶ「ミニカーです」と答えるしかありませんでした。引っ越し風景を見ながら「この建物の中にナゼこんなにもたくさんの荷物が入っていたのでしょう・・・」と疑問に思いました。近所の人も自分も不思議に感じていました、収納の達人Wildmanであります!! 壮絶な量の荷物と一緒に野良出身のポロンも一緒に引っ越しをして無事に新しい生活が始まりました。 野良出身のくせにすくすくと育ち過ぎ、ピーク時の体重は何と8キロ!に増大したポロンは「デブネコ」というより「体格の良い大きな猫」になりました。微妙に洋猫の血が入っていたのか、骨格がいいという感じで背高のっぽの不思議な体型となったのです。 とってもおとなしい奴で外にも一切出ずにひっそりと家の中だけで暮らしていましたが、気付けばペット禁止のアパート時代から計5年の歳月が過ぎておりました。5歳になったポロンの唯一の趣味は飛んでいる雀を窓から眺めて「ニャ、ニャ」と奇怪な声を発することだけでした。さすが野良出身、無趣味なやつだぜ・・・と思っていました。 そして忘れもしない2004年1月30日の夜8時半過ぎ、Wildman家に悲劇が訪れたのでした。 その日、2日間預かったオートバイのPinstripe施工を終了し、御所山Studioにてお客様をお見送りして片付けをしていると、滅多に鳴らない携帯電話が鳴りました。電話の相手はカミサンでした、何だろと思って出てみると支離滅裂で何を言っているのかよく分かりません。「お~い、ど~した?」と聞いてみても泣いているだけです。「やばっ、この前内緒で買ったミニカーがばれたのか!こりゃ離婚になるかもしれんぞ」と思い、慌てふためいて家に帰りました。 そして猛ダッシュで家に帰ると、そこには泣き叫ぶカミさんと息絶えたポロンの姿があったのです・・・・ 「エッ、何で、ど~して????」とこっちも元々おかしい頭がさらにおかしくなりましたが、現実としてポロンは家の中で絶命していたのです。 カミさんが仕事から帰った時は既に息がなく、部屋の中で横たわった状態で死んでいました。 全く死の兆候はなく、その日の朝も出掛ける時は普通に見えたのですが、まさに突然死という形で死んでしまったのです、トホホ・・・・ ついこの前の1998年の梅雨時、御所山Studio付近の紅葉坂にてカラスに襲われていた所を偶然保護された野良出身で推定5歳半の雑種猫ポロンは2004年あっけなく天に召されてしまいました、サヨウナラ・・・・・ という事で「悲劇のWildmanペット物語」は終了となるはずでしたが、ここから壮絶な「Wildmanペット物語、格闘編」が始まるのです。次回連載3回目をお楽しみに!!

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我が家のペットはシックス・パック!? Part I

たまには普通の方の普通のブログのような感じで我が家のペット事情についてお話し致します。 「アブノーマルなお前にそんなこと書けるはずがない!!」と言われましても「やれば出来る」と思うので勝手に話しを進めさせて頂きます。 ついこの前の1998年の事なのですが、この年は横浜ベイスターズ38年振りの優勝ということでWildman的には大変盛り上がっておりました。 あれから10年、やってくれました我がベイスターズ、2008年シーズンはブッチギリの最下位という結果に終わり、しかも夢の100敗まであと少しという快挙達成間近で涙をのんだとっても惜しい成績(94敗)となりました。しかも首位打者とホームラン王のタイトルは見事ベイの内川と村田が獲得するという最下位チームにあるまじき行為をとり、プロ野球界を盛り上げたのです。 「いかにベイファンの裏を突いて相手に花を持たせて美しく負けるか」これがベイスターズの美学となっていて、すでに最下位が決定している来シーズンもきっとファンの期待にそぐわない素晴らしい負けっぷりを披露し、夢の100敗というのも現実味を帯びて来る事でしょう。もうたまりませんね!!次の優勝はですね、1998年から38年後の2036年を予定しておりますがそれまで元気でいたいものであります。38年に一回の優勝を待つ、これぞ新たなプロ野球の楽しみ方、最高です!!! いかん、いかん、また話が勝手にそれていました。だからベイの話は置いておきまして今回はペットの話なのです。とっても盛り上がった1998年ベイスターズ優勝の年にですね、1匹の子猫が我が家にやって来たのです。最初はウチにやって来たというよりも伝説の御所山Studioにあらわれました。雨の降る中、紅葉坂の木の下でカラスに襲われていた所をMooneyes女性スタッフが保護し、猫好きなWoody小林さんのいる御所山に持ち込んで来たのであります。推定生後2ヶ月程度のオスの子猫は結構元気で、小林さんが’65エルカミーノの助手席に特製の段ボールをセットし、数日間自宅と御所山を往復して世話をしておりました。といっても小林さんの家にはすでに先住猫がいたので、この子猫を飼うわけには行かないとの事でどうしたものかと困っていました。御所山ストリートキャットにしてしまうのもまずいし、誰かもらってくれる人を探す事になりましたが、なかなか野良猫なんてもらってくれる人もいません。 この子猫は多少洋猫の血が混じっていたようで、野良のくせにやたら目が大きく毛も少し長くてなかなかの美形だったのです。というか私はそれまで「猫なんて色や模様が違うだけで、顔なんて全部同じだぜ!!」という認識しかなかったので、猫の顔がそれぞれ違うなんて考えてもみませんでした。そんなもん全然興味が無かったので・・・・・ 「小林さんもかわいいと言っているからきっとそうなんだろう」なんて思っているうちにたまたまウチのカミサンと子猫が対面する機会があったのです。それがこの子猫の運命の分かれ道になってしまいました。カミサンが子猫を見た瞬間「カ、カワイイ・・・・これウチで飼う!!」と意味不明な言葉を発したのです。 「エッ、飼うって、何言ってんのアンタ、ウチはアパートだからそんなもの飼えるわけないでしょーが!!ウチが飼うペットはモデルペットやダイヤペットのミニカーだけで結構!!」と驚きを隠せないWildman は反論しました。当時住んでいた賃貸アパートは当然「ペット不可」でありまして、猫なんてどうやったって物理的に飼える訳がないのです。 しかしカミサンは野良出身の子猫の事をたいそう気に入ってしまい「絶対にウチで飼う」の一点張りで聞きません。 「そんなもん飼っちまったらミニカーに被害が及ぶかもしれんし、だいいち大家さんに見つかったら強制退去で国外追放になってしまうぞ!!」と小心者Wildmanはビビリまくりました。 しかし1998年の梅雨、この野良出身の子猫はどーいうことかノミといっしょにWildman’sアパートにやって来ることになりました・・・・・ ペット不可の賃貸アパートは大家さんが隣の家に住んでいるという壮絶な環境の中で 野良出身の子猫を飼うはめになってしまったのであります。Wildman憂鬱の日々が始まったのです・・・・・チビ猫はそんな事を気にもせず、カーテンの隙間から大家さん宅を覗き「オーイ、ここにいるぞ」と自分の存在をアピールしています。そのたびに小心者はチビ猫をとっ捕まえ「いいかげんにしろテメエ、紅葉坂に戻すぞ!!」と怒りますが、ヤツは何も状況が分かっていません。 そうこうしているうちにカミサンがチビ猫に「ポロン」という意味不明の名前を付けました。「紅葉坂で拾われたからモミジにしよう」という私の意見は完全に無視されました・・・ 御所山経由でやって来た野良猫は、去勢手術を受けたり予防接種をされたりと野良出身とは思えない待遇を受け、大家さんとのニアミスという恐怖を背負いながら横浜市の片隅のアパートでひっそりと?暮らして行くのでした。 こうなったらもうお構いなしで伝説のイベント “Rod Run” にもポロンをShelbyに乗せて連れて行き、ホテルの部屋で放し飼いにしていました、いい思い出です。 そーこーしているうちに2年が過ぎ、遂に大家さんに見つかることも無く引っ越しとなりまして、野良出身のポロンも一緒に引っ越しとなりました。それにしてもホントーに大家さんは気付いていなかったのでしょうか?引っ越しが済んでアパートを完璧に掃除して不動産屋に引き渡す時、担当の人が「石井さんは本当にきれいにお部屋を使ってくれましたね、8年もお住まいになったのに全然傷も付いていないし」と御誉めのお言葉を頂きました。 「そーですよ、きれいでしょう、ウチは二人とも神経質ですからね!丁寧につかいましたよ」と嘘八百の返答をしました。口が裂けても内緒で2年間も猫を飼っていましたとは言えませんでした・・・・・ その後見事に敷金2ヶ月分が返ってきたのです。大家さん、不動産屋さんどうもありがとう!!!!!そしてもう大家さんの恐怖に襲われることなく、新しい場所で野良出身のポロンとの生活が始まったのですが、それから3年後の2003年にWildman家を襲う悲劇が待ち受けていたのです。 あれ、おかしいな?ペットの話ごとき1回で終わらせるはずだったのに久々の連載となってしまいました。動物嫌いのマニアの方々もこうご期待であります。

さらば横浜松坂屋、プレジデントとの思い出と共に・・・

10月26日をもちまして横浜は伊勢佐木町のデパート「横浜松坂屋」が閉店となりました。昭和の時代からの横浜市民にとっては「横浜高島屋」と並び老舗のデパートだったのですがバブル以降の不況の波には勝てず144年の歴史に終止符を打ったのです。 144年ですよ、144年!!さすがのWildmanもついこの前とは軽く言えない重みのある歴史ですね。1864年に野澤屋呉服店として創業し、1910年に百貨店事業を開始した老舗中の老舗なんですよね。老舗って素敵な言葉ですね。 アールデコのデザインが随所に散りばめられた建物は何と1921年(大正10年)の建造で1945年の横浜空襲の際も奇跡的に破壊を免れた気合の入った建物だったのです。その後米軍の接収期間を経て、戦後の復興期より横浜市民にはとっても馴染みのあるデパートとなったのです。 名称も「野澤屋」から1974年には「ノザワ松坂屋」となり1977年には「横浜松坂屋」となりました。うわ~、これじゃカリスマ店長ブログ「本牧Style」並の「アド街ックWildman天国」みたいですね!(byテレビ東京) Wildmanにとっても昭和の時代はとってもよく利用させて頂いたデパートだったのです。 いろんな思い出がありますが小学生の時、東京以外での初めてのマクドナルド体験はここ松坂屋1階にあったマックで御座いました。まだヨーグルト味のマックシェイクがあった頃であります。 一番盛り上がったのは昨日のようにしか思えない1998年に、横浜ベイスターズが38年ぶり優勝の時、松坂屋店頭でベイファンが盛り上がって、テレビ中継も行われていましたね。もちろん私もその場におりましたが。 店頭といえばフォーク・デュオの「ゆず」が松坂屋店頭で路上ライブを始めてそこからブレイクし全国区になりましたが彼らの壁画も松坂屋にありましたね。 ちなみにゆずのメンバーは私と同じ岡村町出身なので(中学校まで同じ)わが街、岡村町はゆずファンの聖地となっていますがそのうち私が変態の聖地にしてみせます・・・・・ そしてついこの前の1980年に松田聖子がデビューした時、この松坂屋店頭にてキャン ペーンをやっていました。友人と偶然そこを通リ掛かり「だれ、コイツ?」と言いながら2曲ほど聴いておりました。その後あれよあれよと言う間に彼女はスターの座を獲得し、21世紀現在も現役というのは凄い事ですよね(Wildmanアイドル好き疑惑) 1978年には松坂屋催場にて「骨董市」が開催されまして、その時に発掘したのがこの真っ赤なブリキのスバル360で御座います。 骨董市にて古玩具をあさる14歳の少年・・・人に歴史あり、変態道まっしぐらであります! そして最も古く最も強烈な松坂屋における記憶は、ついこの前の幼稚園時代である1969年の事になります。 この日60年代の庶民の典型的レジャーともいえる日曜日の百貨店散策に出かけたWildman家でしたが、オモチャ売り場にて幼年Wildmanはショーケースの中に燦然と輝く一台のミニカーに釘付けとなってしまいました。今でこそミニカーなんてデパートのオモチャ売り場のすみっこにトミカが置いてあるくらいですが、当時1/43スケールのミニカーは玩具の王者でありまして、それはそれはきらびやかにディスプレイされていたのです。トミカなんてまだ無い時代なのです。 ショーケースの特等席にデーンと鎮座するアイボリーのミニカーが一台、それは米澤玩具製、「ダイヤペット」のニッサン・プレジデント(初代)だったのです。 「こ、これは一体」と興奮した幼稚園児は失神寸前に追い込まれたのです。何でそんな事になったかといいますと、このプレジデントは国産ミニカー初の4ドア開閉のアクションを持っていたのです!!!だって4枚のドアが開くミニカーなんて生まれて初めて見たのですから・・・・・「ほ、欲しい~買うてくれ~」と必死のお願いを試みましたが、780円という1969年当時としては超高額なプライスタグを引っさげた超高級玩具は平均的庶民の我が家では誕生日やクリスマス等、特別な日にしか買ってもらえませんでした。ひっくり返って泣き叫んでも願いは通じず、しまいに親父は怒ってクルマの所まで帰ってしまいました(それは初代フェロー)どうやっても買ってもらえず、オフクロになだめられ150円のマッチボックスを買ってもらい、不二家でペコちゃんサンデーを食べ、悲しみの帰途についたのです・・・・・ このダイヤペットの初代プレジデントは5色のカラーが発売されていたのですが、この日松坂屋で出会ったアイボリーがもっとも生産量が少なく、コレクター間ではレアカラーとして珍重されていて1975年より本格的ミニカーコレクションを始めて以来いまだ入手出来ていないのです。 それから30数年が経過し現在手元にあるのは21世紀になってから入手したもので、薄いメタリックブラウンのカラーですがとっても程度が良く、当時買ってもらえなかった腹いせに年に1回くらいの割合で4ドアオープンを楽しんでおります(あまり開閉すると壊れてしまうので)箱の裏には当時の定価780円とエンピツで書かれていて、あの日買ってもらった150円のマッチボックスとは比較にならない高価な物だったことが偲ばれます。 親父、その節は申し訳ありませんでした・・・・・ 144年の歴史を誇った横浜松坂屋とダイヤペット製アイボリーの初代プレジデントはWildmanにとって永遠に消し去ることの出来ない思い出なのです。さようなら横浜松坂屋!! そしてついに当ブログファンお待ちかねの別名Wildman Bookとも言われているマニア本、「ムーン・イラストレイテッド vol.2」が発売となりました。定価980円で全国書店にて好評発売中でございますが、明日の日曜日に本牧エリア-1にお越し下さればご希望の方に素敵なサインを一筆ふるまいますので宜しくお願いします。ジャンクフェアーを開催しておりますので夕方まで店頭にてピンストライプ・デモを行っていますよ。 さらに店舗裏のArea-1Fairgroundでは、第19回クラウンピクニックも同時開催していますのでまさに「マニアのためのマニアな1日」となりそうです。うわ~、やっぱりこれじゃ「アド街ックWildman天国」みたいですね!

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