Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

2018? 12? 28? by satoh

KISSも終わりか!? そしてミニカーコレクション第8位

2018年も残りあとわずかとなりましたね。先月が元旦だと思っておりましたらもう年末を迎えようとしております・・・

今年は我が横浜DeNAベイスターズは3年振りのBクラスに沈んでしまい、昨年はクライマックスシリーズを勝ち上がり日本シリーズまで行った事実が夢のように感じられます・・・

まあ数年前までは毎年のように最下位だったことを考えますと、贅沢なことは言ってられませんが、いい加減に優勝しないと本当に前回のように「38年ぶりの優勝!」なんて恐ろしい事態になりかねません(すでにあれから20年経過しましたが)このパターンが繰り返されますと次回の優勝は2036年になりますので、皆様覚悟を決めておいてください・・・

そして今年の私的な出来事でベイスターズのBクラス転落以外でショッキングな出来事はと申しますと、KISSがついに最後のツアーを行うという事が発表されてしまいました・・・・「ついに解散か??」と途方に暮れてしまいましたが「ライブ活動はこれで終わり」という事らしく、もうライブはやりませんが、解散はしないという解釈のようです。

ややこしいのですが、彼らももう70歳が目前に迫っておりまして、Tシャツとジーンズ&アコースティックギターで適当に演奏してれば何歳でもライブが出来ますが、あの衣装と18cmのブーツを身にまとい、空中遊泳をし、火を噴いて2時間近いライブをこなすのはさすがに無理という事のようです・・・そりゃそうだ。



KISSは2000年にも「もう、や~めた」とフェアウェルツアー(サヨナラツアー)を行って、もうこれで最後だと私もだまされて、せっせと日本ツアーを廻りましたが、結局「やっぱりやめるのや~めた」という事になりKISSはその後も何も無かったように存続、活動し現在に至っておりましたが、今度は「もう疲れるからライブ活動や~めた」という事のようです。なのでまだ解散はせず、新しい楽曲も出る可能性もありますし、無限にグッズ類も売られ続けるでしょう・・・永遠のKISSビジネス万歳!であります。

最後のツアーはOne Last KISS: “End Of The Road” World Tourというカッコいいタイトルで数年掛けて世界中を回るとの事です。これまでで最も激しく、最もデカいショウになるそうです。生KISSを見たことのない方は本当に最後のチャンスですぜ・・・

すでに2019年のスケジュールはほぼ発表されているのですが、まだその中に日本は入っておりませんので来年は来ず、オリンピックイヤーの2020年の来日かもしれません、ぜひ聖火台で火をぶっ放して欲しいのであります!そしてその年にベイスターズが優勝したら私は昇天して死んでそのまましまうかもしれません・・・

という事で本当はKISSの話をするつもりでは無くて、ミニカーの話をするはずでした。以前「43周年のミニカーコレクション、ザ・ベスト10発表!!」と大騒ぎしたのですが、10位と9位を発表したままで、それ以降をお休みしておりましたので、反省してお気に入りベスト10の第8位を発表させて頂きます。

10位はイタリアのPolitoys製「BREサムライ」(ヒノサムライ)でしたね。見れば見るほどカッコいい!!

そして9位は西ドイツMarklin(メルクリン)製の”Buick Sedanette”でした。ほぼ70年落ちのミニカーなのですが、その迫力は現在の模型化したミニカーでは到底表現出来ないものとなっております、まさに芸術ですな。

そして栄光の第8位は8という事でヨタハチ、トヨタスポーツ800に決定いたしました!! 8という数字は良いですな、御所山8も・・・

私、国産車の中ではスバル360やフジ・キャビンとともに最も好きなクルマの一つがヨタハチでありまして、この車のデザインは国産車の中では最強と思っております。どう考えてもトヨタ2000GTの10倍はカッコいいのです・・・・あくまで私見ですが。

そんなヨタハチのミニカーですが当時物は1種類しか出ておりませんでした(ブリキ製は除く)ついこの前である昭和40年の5月に発売となったアサヒ玩具はモデルペット製の品番31「トヨタスポーツ800」であります。Wildman生後10か月のときでありました・・・・

昭和40年8月1日発行の当時のミニカーコレクターのバイブル、月刊コレクター誌No,66の表紙にもなっております。このミニカーの当時の定価は¥450でした。

存在を知ったのは、少年Wildmanがミニカーコレクションを始めた年である昭和50年(1975年)9月発行の月刊ミニチュアカー誌 No,85の連載記事「モデルペットのすべて」にこのヨタハチが紹介されていた時なのであります。

「うおおお~なんてカッコいいミニカーなんだ、まんまヨタハチじゃん!!」と興奮する11歳は変態の道を突き進んでおりました。その頃、モデルペットのヨタハチは発売後約10年が経過しており当然絶版モデルだったので、そんなものをすぐに手に入れるのは至難の業となっていました。

あっちこっちのミニカー専門店、ひなびた玩具店、ミニチュアカー誌の売買欄等を必死に探しましたが、全く私のアンテナに引っ掛かりませんでした。「欲しい、欲しい、欲しい」とのたうち回ってもナゼかこのミニカーは目の前に現れず、長い年月が経過して行くのでありました。

縁の無いモデルというのはある物で、たいして珍しくないモデルでもどういう訳か全然手元にやってこないことがありまして、ヨタハチはまさにそんな一台の代表となってしまいました・・・

そして80年代も終わりになってから、横浜は伊勢佐木町の日活会館にあった伝説のお店BIG BOYに足を運んだところ、絶版車ケースの中にモデルペットのヨタハチを発見したのでした。

「やった、ついに発見した! これちょうだいな」と行きたかったのですがプライスを見てびっくり、¥50,000と表示されてました。当時の相場よりはるかに高く、いくら何でも5万はないでしょうと思いました。実際にその時5万なんて持ってなかったのですが・・・・

しかし「長いあいだ探してたし、これを逃すとまた何年もチャンスはやって来ないかもしれない、これが最後のチャンスなんだきっと」と勝手に思い込み、箱付きミント状態のこいつを捕獲しないと死んじゃうかもしれないと判断し、死にたくないので捕獲しましょうということになりました。

しかし5万円なんてすぐに用意出来ないので、交渉に入りました。BIG BOYや千代田ママストアは絶版ミニカーの交換にも応じてくれておりましたので、持ち合わせの無い青年Wildmanは一度帰宅し、交換用のミニカーを数台持って再び戦場に向かったのでした。

同じ国産モデルの大盛屋のダイハツ・コンパーノやサンダーバード等数点を持ち込み「これらとヨタハチをトレードお願いします」と宣言しました。すると意外と反応が良くて、じゃあこれとこれと先方が選んであっさりと交渉は成立し、念願かなってモデルペットのヨタハチがやっと手元にやって来たのでした、実際には5万円以上持って行かれましたが・・・

あまりの美しさに感動しヨタハチは暫くの間、自宅ケースの一番目立つところに飾って楽しんでおりました。アンチモニー製のこのモデルはプロポーション抜群で、グリルの造型や空冷2気筒エンジンも再現され、タルガトップのルーフも実車同様に脱着出来るのです、壊れると怖いので今回外したのが2回目ですが・・・

しかしこれまで縁の無かったこのモデルでしたが、一台来るとまた他の話が来たりして、このミニカーが好き過ぎる事もあって、気付くと2018年現在、このように5台も我が家に生息しておりました。あの苦労は一体なんだったのでしょうか???

こうなったらあと2台赤色を手に入れて月刊コレクター誌の表紙を再現してみようかなと思う今日この頃であります、人間失格!!

2018? 12? 20? by satoh

2大イベントの後は不良の?ミニカー話で。

27th Yokohama Hot Rod Custom Showも無事終了となりまして、その後すぐにアメリカに飛んで、今度はMQQNEYES USA主催のMQQNEYES X-mas Partyに参加して来ました。

こちらのイベントは元々90年代、Ed”Big Daddy”Roth存命中にRat Fink PartyとしてMQQNEYES USA敷地内で開催されていたのですが、どんどん参加車両が増えてしまい、とてもShop敷地内では出来ない状況となってしまいまして、Police Academyに会場を移したりしていたのですが、Irwindale Speedwayという大きな会場で開催出来るようになりまして1000台規模のイベントとして継続しております。Show & Dragが堪能できる最高の場所なのですが、こちらもSpeedway自体がClosedしてしまうという噂? がここ数年流れていまして、昨年はポスターにLastの文字を入れて「これで最後ですよ」と謳ったのですが結局未だClosedせず今年も何とか開催出来ました、良かったです!




今年も現場では早朝から沢山のペイントのお仕事を頂きまして、写真を写すことが出来ませんでした、すみません・・・・

そんな中、気になったクルマがこちらになりましてChevy Vanには70’sなAir BrushによるChopperのイラストが描かれておりまして、思わず見とれてしまいました。何とロシア人の女性Artistによる作品との事でした。



そしてこちらは珍車? のAMX 390でございます。Drag Racerでとってもカッコ良かったのですが、子供の頃はヘンテコな形にしか見えずとってもカッコ悪いゲテモノ車だと思っておりました、本当にすみませんです・・・・

AMXの「当時物ミニカー」は数が少なく、あまりモデル化されておりませんでしたが(やっぱりゲテモノ?)何とスペイン製のミニカーで4座モデルのジャベリンがあったのでした。

Auto Pilenというブランドなのですが、当時この会社はコピー商品をたくさん作っていて、英国のDinky ToysやCorgi Toysの型を流用したりアップデートしたりして沢山のモデルを製造していまして、日本にも70年代に結構な量が輸入されていましたね。

こちらのC2 Corvette Stingrayは英国のCorgi Toys製のモデルで、リトラクタブルのヘッドライトの開閉アクションを持つ60年代製造商品としては画期的なミニカーでございました。(ちなみに右端のカッパーの色は激レアモデルなのです)

そしてこちらはその型を流用し更にドアー開閉アクションを追加したスペインはAuto Pilen製のモデルになります。オリジナルのCorgiを上回ってしまう部分もありました。Corgi製が絶版になった後、70年代になってもずっと販売されていましたね。

そんな中、ジャベリンはコピー品ではなく、自社のオリジナル金型で、しかもこのように最高の出来栄えとなっております。コピーモデルで腕を磨き、技術を身につけた感じですね。実車同様、時を経てからカッコ良く見えて来ました!

さらに3インチミニカー、香港の宝石であるPlayartより70年代に何とAMX 390とジャベリンの両方が造られておりました。チープミニカーの代表のPlayartですが、今見ると素晴らしい出来のモデルが多数あるのです、40年経って見直されております。

という事でミニカーの話を始めたら止まらなくなって来ました。アメリカより帰国後、本棚の整理中ついこの前である昭和51年11月1日号の平凡パンチを発見、その中のページで「横浜(本牧)のホットロッド野郎たち」という記事がありまして、本牧通りのVenice前に集まる当時の不良?の方々のクルマが紹介されています。

不良ではなくただの不良品だったWildmanはこの記事の11年後に初アメ車のShelby Mustangに乗ってカッコつけてVeniceに行った思い出があります、ついこの前の1987年のことでした・・・

平凡パンチの記事には伝説のHemi ‘CudaやMustang、Corvette、Camaro、Cougar等の当時の人気者が紹介されナゼかLamborghini Miuraも登場しております、スーパーカーブームが爆発する直前ですな(Wildmanは小学6年生、変態に向かってまっしぐらです)

そんな中、仮ナンバーを付けた地味なアメ車が1台たたずんでおります。この車こそが2018年現在も本牧はMooneyes Area-1前にたたずんでいる1960 Ford Thunderbirdその物なのです。当時のOwnerはもちろんShige菅沼でございます、この記事の現場にいるという事はやっぱり本物の不良だったのでしょうか??

数奇な運命をたどって数年前Shige菅沼の元に戻って来たこのT’Birdは現在も可動状態で、本牧の街をずっと見つめております。目の前が米軍のベースだったあの頃とはずいぶん景色が変わってしまいましたが・・・

そこで当時物T’Birdのミニカーの紹介となります。本家アメリカのHubley Real ToysシリーズはMade in USAでありまして、製造後実車と同じくらいの年月を過ごしているのです。やっぱミニカーは当時物に限りますよね!

小さいながらも出来が良くて、グリルの造型は素晴らし過ぎるのです。当時日本には輸入されなかったので入手には手こずらされました。

そして有名どころでは英国のCorgi Toys製があります。Hard TopやConvertibleのバリエーションがあり、昭和35年の日本の玩具貿易自由化時に最初に輸入されたミニカーの一台でもあります。当時の定価は¥350でした、Made in Japanのミニカーの倍くらいしていた高級品であります。

このモデルの面白いバリエーションにBermuda TaxiというモデルがありましてConvertibleベースに能天気な日除けの布製幌を付けて、肌の色が黒いドライバーのフィギュアが乗っかっております。きっとバミューダ海域の島の観光用タクシーのモデル化なのでしょうな。2ドアのタクシー素敵過ぎますので、本牧通りでも営業してみたいです。

結局イベントの話をするつもりがナゼかミニカーの話になってしまいましたが、頭の中は常にバミューダ・トライアングル状態なのでご了承下さいませ。

あ、それと本牧のT’BirdということでMQQNEYES商品のご紹介を。今年の秋~冬物New ItemとしてロングスリーブTシャツをデザインしたのですが、イラストのモチーフは夜のMQQNEYES Area-1店頭にたたずむFord Thunderbirdとなっております。もちろんあのクルマであります。タイトルは「本牧Midnight」うう、カッコイイゼ!!



右袖にはネオンサイン風のMQQNEYESレタリングとピンストライプがデザインされています。不良の皆様も普通の方々もこれを着て夜の本牧に繰り出して下さいませ、Go! with MQQN


2018? 10? 13? by satoh

タイの次はインドネシアにGo!そして’18ベイスターズ総括

やっと秋らしくなってきた今日この頃、Wildmanは暑さを求めてタイのお次はインドネシアに行って参りました。今回で7回目の開催となりましたKustomfestへの参加ですが、2回目から参加させて頂いておりますので、気付けば6回も行っておりました。

最初に行った頃は初めての東南アジアに色々衝撃を受けましたが、(衝撃的な下痢も含めて)だんだんと激しいバトルの交通ルールやアジアンテイストな風景も見慣れて来てしまいました。

慣れないのはお食事くらいでして、基本的に辛い物や香草のたぐいが苦手な、ひ弱なWildmanとしましては現地の食べ物は中々ハードルが高いのであります・・・・なのでいつもマクドナルド等の当たり障りのない物を食しているのですが、今回のランチも安全パイをチョイスという事で世界共通のケンタッキー(KFC)を頼むことに致しました。

イベントスタッフが買って来てくれたのですが、普通の「オリジナル・チキン」を頼んだところ、見た目は確かに普通のケンタッキーなのですが一口、二口と食べた所、口の中に何か違和感が・・・・「か、辛いこれ・・何で??」となってしまいました。どう考えてもアメリカや日本で食すあの普通のケンタッキーの風味ではなく、HOT仕様のような明らかな辛味があるのです。間違えて辛いバージョンを買って来てくれたのかと思いきや、何とこれがインドネシアにおける普通のケンタッキーフライドチキンの味だそうです。まさか、現地仕様の味付けになっているとは思いませんでした。まあ、私が必要以上に辛い物に対して敏感なせいもあるのかもしれませんが・・・・

ということで、イベントはいつもと同じ会場で、いつもと同じように開催されたのですが、今回はゲストにインドネシアの政治家や軍人さんたちが招かれておりまして、スピーチなんかを行っていました。日本のカスタムカー&バイクのイベントでは見慣れない不思議な風景でありました。以前は民族舞踊なんかを行っていましたので、そっちの方が良かったように思います。



こちらは主催者の御馴染み、やくみつるさん(LTさん)であります。12月のYokohama Hot Rod Custom Showにはインドネシアから多数のバイクを持ち込む予定です。

今回のイベントのクルマのエントリーはこんな感じで、台数は以前より少し減った感じでした(特にアメリカ車)

オーストラリアのホールデンが沢山有りました。

MQQNEYES Pickはこちらのカルマン・ギアに贈りました。エンジンはポルシェ356 スーパー 90の物に換装されていて、ペイントや車高含めてカッコ良かったです。1-Pointのデザインも描かせて頂きました。

こちらは主催者やくみつるさん所有の黄色いカルマン・ギアです。と言ってもフィアット850クーペにもフィアット・ディーノにも見えるとっても不気味なこの個体はVWブラジル法人生産の1974年式、VWカルマンギアTC(Touring Coupe)という珍車なのであります。以前やくさんは素晴らしい旧いマスタングのコレクションをお持ちでしたが、ナゼかこの車に変わっていました・・・珍車好きのWildmanでありますが、これには食指が動きませぬ・・



これはHarley-Davidsonのサイドバルブエンジンを積んだ飛行機であります、意味分かりません・・・



いつも勝手に心の中で決めるWildman’s Pickはこちらの三菱デリカで決まりです、いや〜カッコいい!!!とってもFunnyなお顔のデリカなのですが、なんといってもこのシェルというかバスボデーというか荷台を架装した姿がたまりませんね! これに乗ってジャカルタまで運ばれてみたいです。

バイクはHarley-Davidson、Triumph、日本車等々沢山のエントリーがありましたが、やはり東南アジアは小排気量車のカスタムが楽しくクオリティーも高いので、ぜひこういった小さなバイクを日本に持って来て欲しいですね。

Pinstripeのお仕事も色々頂きましたが、こちらのGo! with MQQNなレザージャケットやGジャンの大作はまさか現場のデモで仕上げるとは思いませんでした・・・有難うございます!!

懐かしいWildmanデザインのアロハシャツを持ち込まれた方もいましたが、東南アジアではこういった旧いMQQNのアイテムをお持ちの方が結構いて、いつも驚かされます(Fakeも結構あるのですが)

そんなこんなで、今回のインドネシア出張も無事に終了しましたが、帰国後、我が横浜DeNAベイスターズは無事に終了致しませんでした。

クライマックスシリーズ出場(3位まで)を掛けて読売ジャイアンツと争っていたのですが、タッチの差で3位に届かず今シーズンは3年振りのBクラス(4位)でThe Endとなりました・・・・

ずっと5位か最下位だったチームが、ここ数年力をつけて来て、昨年は下剋上クライマックスシリーズを勝ち抜き、日本シリーズにまで行ってしまい、ホークスをあと一歩のところまで追い詰めたので、今年こそ優勝!と思っていたのですが、そんなに甘くはありませんでした。まあ夏の時点で最下位に転落し、そのまま終わってしまうのかと思っていましたが、ラミレス監督が突然「Bプラン発動」宣言を行った後に怒涛の追い上げを見せてギリギリまで楽しませてくれたので良しとしましょう! で「Bプラン」が一体何のプランなのか、サッパリ分かりませんでしたが、結局Bクラスになるプランだったのかと最後には思いました・・・・

今年は春の沖縄キャンプにも出撃し、横浜スタジアムのチケットが全然取れない中、何とか6試合見に行ったのですが、何と2勝4敗という悲惨な結果となってしまいました。ここ数年見に行った試合はほぼ勝っていたのですが(昨年の対カープ戦サヨナラ3連発等)今季は寂しい観戦が続いてしまいました・・・・

今年は去年活躍した選手が揃って絶不調だったり主力のケガが相次ぎ、ラミレス監督としてもメンツが揃わず、采配以前の問題も多々ありました。が、初球狙い推奨や8番ピッチャーの打順、怒涛のマシンガン継投といった独自路線の采配が多く、普通にやっていれば勝てた試合も多々あったはずなので、そのあたりも新コーチ陣と一緒に改善が望まれますね。

新外国人選手でテスト生上がりのソトがホームラン王になったり、ヤマヤスが初のセーブ王を獲ったり、東投手が新人王確定的といった明るい話題もありました。来季はハマの番長、レジェンド三浦大輔が投手コーチ、育成に定評のある大洋ホエールズのレジェンド田代富雄さんが打撃コーチとして入閣するので、契約延長のラミレス監督共々頑張って欲しいですね。

あと、今季最後のMQQNEYES X DeNAベイスターズのコラボグッズ(パーカー、コーチジャケット)が販売中となっておりますので、ぜひ本牧MQQNEYES Area-1までお越し下さいませ(本当は日本シリーズに着て行くはずでしたが・・・・)

2018? 09? 21? by satoh

ボルグ様が帰って来た! 暑いタイにてGo! with MQQN

狂ったように暑かった夏も終わりを告げ、MQQN Garage内も過ごしやすくなった今日この頃、猛暑マニアとしては再び暑さを求めてタイに行って参りました。

今回の出張はですね、タイのMQQNEYES Authorized DealerであるMQQNEYES Shop BKKのOpen2周年記念とMQQN Cafe BKKのGrand Openingの2つを合わせたイベントがありまして、そちらにお邪魔させて頂きました。



今回はタイエース(ハイエース)でのお迎えではなく、このように視界良好なヨーロッパ・フォードの不思議なパノラマバスで来て頂き、タイの街に繰り出しました。



これまでのMQQNEYES BKK店舗隣にMQQN Cafeが併設されて本牧のArea-1のようになってPower upしたのです。


こちらはビンテージモール内にありますので、街並みもクルマもビンテージとなっておりましてマニア必見の場所となっています。


このRat Finkなカローラ30セダンは現地Pinstriperさんのクルマなのですが、何やらカタカナで「ハタコ」?と描いてあります。ハタコって何?? と聞いてみたらこれは日本語ではなくタイ語でした、Coolという意味だそうです。


2年振りに来たらこんなビンテージな電車まで展示されていました。


これを見たらやはり本牧Area-1にもこのように横浜市電の展示が必要ではないかと考えました、これはカッコいいぜ!!!


こちらのOpen記念のポスターは急遽デザインを依頼されまして二日半で仕上げました。

Cafe店舗はこのように美しいデザインとなっておりまして、各部細かい部分にまで拘って造られております。

メニューも本牧MQQN Cafeのレシピを受け継いでおりましてBurgerからデザートまでオリジナルと同じものがタイでも味わえます、美味しい!!


こちらがOwnerのMark夫妻です。Markさんはカウンター越しですとちょっと太って見えますが、このように車に乗ると完全なるFat Boyと化します・・・・・少し痩せましょうね。
ちなみにクルマ?はBUBU Mitsuokaの初期作品Jaguarになります。もちろんMade in Japanです。


Openingのイベントは華々しくテープカットでスタートしまして、Car & Bike ShowやCustom Paint Contestも同時開催で夜遅くまで盛り上がりましたが、私が来ているので挨拶代わりにスコールも降らせてあげました・・・

Pinstripeのデモも行いましたが、自業自得で豪雨に見舞われました。


マニアな方々もいらっしゃいましてEd. Roth存命中1999年のRat Fink PartyのTシャツ(Designed by Wildman)や今年のDeNAベイスターズコラボのキャップにサインをさせて頂きました。まさかタイでベイスターズとは・・・・・

夜はビンテージモール内にNight Marketを散策しましたが、相変わらず、魚、肉、虫?や原色のスイーツ類とマニアックな食べ物が並んでいました。

何とペット用の仔犬&子猫の生体まで夜店で売られていました。カゴの中に入れられて5,000円位でしたが、タイは動物を大切にする国なのでまあ良しとしておきましょう。可愛い猫さん、そんな目でみないでね・・・


さらに歩くと小さな移動販売車が目につきました。何と初代のダイハツ・ハイゼットではありませんか! 50年前のクルマを未だ現役で使っているとは感動ですな。
あ、MQQNEYESもそうでしたね・・・・


そんなこんなで、タイ出張も無事終わりました。タイにお越しの際はぜひMQQNEYES Shop BKK & MQQN Cafeにお越し下さいませ、Go! with MQQN


ということで、ついに日本でも映画「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」が封切られました!我が愛しのスーパースター、ビヨン・ボルグ様が映画でよみがえったのです!プロテニス史に燦然と輝く1980年のウィンブルドン決勝戦を描いた映画なのですが、ボルグとマッケンローを俳優が演じるというのがポイントなのです。


最初ドキュメンタリー形式の当時の実写映像を使った映画なのかと思っていたら、F-1映画ラッシュと同じように俳優が演じる物だったので驚きました。運転シーンと違い、テニスはスイング一つとっても表現が難しいので、それを実際にボルグやマッケンローの動きや癖で表すのは大変なことだと思っていたからです。


二人の役者さんは見事にそれを演じていたので感動しました。フィラ、タッキー二、ディアドラ、ナイキ等々ポロシャツやラケット、シューズも当時と同じデザインの物を使っているのでポイントが高いですね。我が家に来て頂ければ、そんな物は全てオリジナル当時物で揃うのですが・・・・・

ボルグ、マッケンロー以外の役者さんも結構似ておりまして、特にNew Yorkのテニスプレーヤー故ビタス・ゲルライティスを演じていた方は激似だったので、ビタスが生き返ったようで驚きましたね。



という事で久々にテニスシューズでも履いてみましょうかと思いマッケンローのナイキ・フォレストヒルズと、ボルグのディアドラボルグ・エリートを引っ張り出しました。それぞれ80年代当時物オリジナルと近年の復刻版があるのですが、
どう見てもオリジナルがカッコいいですよね(それぞれ左が復刻で右がオリジナルです)そういえばディアドラの復刻版にはボルグのサインが入っていないのでした(契約の関係でしょうかね)


これではあんまりなので早速1-Shot Paintにてボルグのサインを自分で描いてみました。何なら力道山先生のサインでもマッケンローのサインでも描きますので、仕事としてお受け致します。


このようにディアドラは実にカッコよくなりましたので、今週末はこれを履いてフィラを着てウッドラケット小脇に抱えて街に繰り出す予定です!突然街中で素振りをするWildmanに遭遇しても驚かないで下さいね。氷の男と炎の男、熱い変態、Go! with MQQNです。

2018? 08? 4? by satoh

避暑地マレーシアのあとは絶望のスターナイトだぜ!!

7月は何が何だか分からないまま、あっという間に1か月が過ぎてしまいまして、あまりにも暑いのでマレーシアに避暑に行って参りました・・・・
だって、クアラルンプールよりも横浜本牧の方が絶対に暑いという異常気象のせいで、現地に着いたら避暑地に感じてしまったのです。

今回で7回目の開催となりました、マレーシアのArt of Speedにお呼ばれ致しまして、Wildmanは6回目の参加となり現地にてPinstripeデモを行って来ました。週末2日間開催のイベントなので、あせらずにデモを行いましょうと思っていたのですが、主催者のAsepさんが「今回のイベントに合わせてこのType IIIを作ったので、ぜひPaintしてほしい」とのご依頼が・・・

ハイ、もちろんやらせて頂きますとお伝えすると、ゼッケンサークルに3桁の数字と、リアクォーターの所に細かいレタリング、あとStripeを少しとリクエストが。何かとっても簡単に聞こえますが、黒いサークル部に白で文字を入れるというのは中々大変なのです。黒ベースの所に白色をのせると一度塗りではどうしても色が透けてしまうので、最低でも2回塗らないとバッチリ決まらないのですなこれが。看板屋魂が透けた文字は絶対に許せないのであります!ゼッケンが1桁なら楽だったのですが、何と405の3桁というご注文・・・・うう大変だ!細かなレタリングはまだ良いのですが、ゼッケンサークル始め黒に塗られたラインの所にすべてGreenのPinstripeで縁取りをしてほしいとの事。これも曲者で車高が低いので寝そべってやるしかないのですが(ジャッキアップも出来ませんので)バンパーの下やドアの裏側にも全て縁取りが入るので、それはもう修行の世界となりました。

何とか仕上げたのですが、イベント1日目は全てこの車の作業に費やしてしまい、他は何も出来ませんでした・・・・こんなはずではなかったのに。



2日目は前日から預かっていたHot WheelsへのPinstripe作業となったのですが、次々にorderが入ってしまい、最終的に20件弱の施工となりましてあっという間に1日が終わってしまいました、というか無理やり終わらせました。相変わらずナゼかサインも沢山求められるのです、何でだろ???

それにしてもマレーシアの方々のHot Wheels熱は凄くて、年々コレクターが増えているようで、Hot Wheelsブースも大変な人気でした。Wildman的にはHot Wheelsはミニカーでは無くてHot Wheelsという物体と認識しておりますので、夢中にならなくて済むのですが、あの情熱には本当に感心させられます、ハイ。

という事で今回のイベントは2日間共、猛烈に忙しくなってしまい、ゆっくり会場を見る時間は無くなってしまい(というかほとんど見てない?)あまり写真が撮れませんでした、すみませんです。

今回は日本よりMQQNBUGとMQQN Diggerの2台を日本より持ち込みまして、初日には2台共Ride inのパフォーマンスも行いました。いつもニコニコ夜の街でもニコニコのSunny君であります。

車は会場のメインとなる場所には日本車が並んでいて、こういった感じのカスタムがこちらでは人気があり、アメリカ車は殆ど見掛けません。

この黄色いセリカ、ついこの前の1984年頃、本気で買おうとしてました。だってヘッドライトが上を向いていて「これはランボルギーニ・ミウラと同じだ!」と思ったもんでして・・・クーペGT-TS欲しかったな~

VWも結構人気があり、これからカスタム車両が増えて行く感じがしました。

もう一つの会場には時間が無くて行けなかったのですが、Wild Speed的な日本車やポルシェがあったみたいで、その流れのカスタムが増えつつあるようです。数年前の軽自動車のマレーシア流カスタムの方がよっぽど楽しかったのですが・・・

バイクは沢山のエントリーがありまして、こちらはカブ系中心に小排気量車のカスタムが楽しいですね。

2サイクル人気が再燃しているようで、2サイクルメインの巨大イベントも起こ値われているそうです。こちらのヤマハRZV500Rはヤフオクで日本から仕入れたとの事でした(200万円over!)

80年代の小排気量2サイクルも丁寧にレストアされています、ありったけの新品パーツで組んだと言わていました。

そんなこんなであっという間にマレーシア出張は終わりましたが、その後は横浜スタジアム & DeNAベイスターズ真夏の祭典「スターナイト2018」が待ち受けておりました。この前クーラーの効いたVIP席にて観戦した阪神戦は見事討ち死にしまして、今シーズン初観戦はボロボロのひどい試合でしたが、VIP席観戦という事で今回は許してやろうと思いました、今回だけは・・・・

そしておとといのスターナイト3日目対読売戦、MQQNEYESはStaff総出で横浜スタジアムへ乗り込みました。クソ暑いスタンド席での観戦ですが勝てばそんな暑さも吹っ飛ぶでしょう!と意気込んでおりました。シウマイチャーハンは美味しいし、みかん氷は美味しいしあとは試合に勝つだけなのです。

MQQNEYESはスターナイトのスポンサー活動も行っておりますので、フェンスの掲示板に名前が表示されました、Go! with MQQN



が、試合は読売がポツンポツンと思い出したように点を取って、ベイスターズは相変わらずの早打ちで凡打の山を築き、異常な早さで試合は進み気付くと2対3という地味なスコアで見どころの無い、面白くもなんともない試合はあっけなく敗戦となりました。年に一度のお祭り、スターナイト3連戦、3連敗という屈辱を味あわさせて頂きました、ああ楽しかった!

Wildmanのネガティブな思考で今日の敗戦のA級戦犯は確定しているのですが、ここでは言わない事としましょう・・・40年以上応援している身としては、チームの作戦の変更を切実に願うばかりであります。相手ピッチャーを助ける初球狙いの早打ちと8番ピッチャーというのはもう限界なのではないかと・・・・冷静な判断、指揮をお願い致します。

私は8月、あと4試合分のチケットを手にしているので4回横浜スタジアムに出向くこととなりますが、ラミレス監督のおっしゃる通り「8月が終わる頃には今とは違う位置にいる」というのは本当なのでしょうか?それは首位なのでしょうか?? はたまた最下位なのでしょうか???今月でDeNAベイスターズの今季の運命と来季の体制が決まってしまいそうなのです。

私のネガティブな実況解説が聞きたい方は8月12、19、21、23日の横浜スタジアムにお越しください、どこかの席でカルピスソーダを飲みながら実況しているはずです。