Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

買えないクルマはミニカーで、バットモービル出撃だぜ!!

少し前、千葉界隈に出没し世間を騒がせた「千葉ットマン」なる方がおられましたが、ジョージ・バリスもビックリと言った珍奇なトライクに乗っておられましたね。 次はぜひクルマでその変態度を再現して頂き、安いオープンカーベースで竹ヤリ&出っ歯でない「千葉ットモービル」を作り上げて欲しい物です。

で、バットマンと言えばバットモービル、それもTV版初代のヤツに限りますね。新しいデッカイ奴はもはや車の風情ではなく、凡人の私には全くカッコ良さが理解出来ませぬ・・・・

バットモービルはこちらの画像、リンカーン・マークIIベースの1955年のコンセプトカーであった”Lincoln Futura”(リンカーン・フューチュラ)をベースに大御所バリスが変態カスタムを施した車でした。ベースカーの時点でバブルトップを備えていたので、結構フューチュラのイメージを残したままの感じですよね。

お役御免になった流行遅れのテールフィンを持つフューチュラが10年後にバリスの元へ行ってお色直しされ、1966年のTV Movieバットマンの劇中車両として再デビューを果たし、世界中の人気者となりました。リンカーン・フューチュラは1台しかないので、バットモービルに変身してしまったあとは残念ながら美しいあの姿はこの世に存在していないのです・・・

つまりオリジナルのフューチュラベースのバットモービルは1台しかなく、バリスの手で複数台作られた物はレプリカとなる訳であります。撮影以外にドラッグレース場等でプロモーションにも使われてました。

と言ってもどれもこれも本物そっくりで、この画像は10数年前のMooneyes Rat Fink Reunionに来ていた車両ですが、とっても本物に見えておりました。 本物は2年ほど前のバレット・ジャクソン・オークションにバリスが出品し4億円オーバーで落札されてましたが・・・ ということでどうしても本物が買えない時はミニカーに限るのです。(ビッグが当たったら本物を買いますが)

バットモービルのミニカーと言えば1966年、TVと同じ時期に同じ空気の元で作られた(これが重要)当時物Corgi Toysで決まりなのです。世界中で売れまくったミニカーでありまして、66年から79年までの間に何と4,907,000台以上!!!という驚異的な出荷量を誇ったオモチャ界のベストセラーとなったのです。

当然当時日本にも輸入されまして、定価¥1,200という高級玩具で日本製ミニカーの倍のプライスとなっていました。

こちらはついこの前の昭和41年12月1日発行の月刊コレクター誌82号(ジャパン・ミニチュア・コレクタークラブ発行のミニカー専門誌)ですが深紅の表紙を新製品バットモービルが飾っております。

フロントからはノコギリがニョキっと飛び出し、メッキの3連パイプからはミサイル弾が発射、リアのエグゾーストパイプからは炎を噴射(と言ってもプラスチックの炎ですが)という驚異のアクションを持ち、バットマンとロビンのフィギュアも乗車していて、室内にはバットマン電話もセットされるというもう子供にはたまらないミニカーとなっていたのでした。

当然、子供のオモチャとして殆どが消費されてしまった為、このように説明書やミサイル弾、ステッカー、梱包材等全てがコンプリートで揃っている個体は極めてレアな存在となっています。

箱絵も素敵過ぎて、完全にアートの域に達しております。これを見ているだけでワイルドマンはバットマンになってしまいそうなのです「バットマン石井」いい響きだな・・・

この画像のように初版のバージョンはリアにけん引フックが無いのですが次のバージョンではトレーラーを引く為のけん引フックが追加されるのです。

シャシーも凝っていてこのようにバットマンがエンボス加工で浮き出ていて夢が広がって来るのです、ああ素敵・・・

そしてコーギーのバットモービルは長い生産期間の間にバットボート等の色々なバリエーションを増やしていって、最終的にはバットモービル、バットボート、バットコプター(ヘリコプター)の3台を一緒にした究極のギフトセットをついこの前の1976年に発売したのです。

あまりにも豪華なセットでありまして、これを当時買ってもらった子供は天にも昇る気持ちだったことでしょう。私は既に天に上り過ぎていて気が変になっておりましたが・・・

76年に154,000セット、77年に134,000セットが販売され、日本では当時定価¥4,000となっていてクリスマス以外には買ってもらえないような、かなり高価なお品でありました。いっぺんに3台のオーナーとなれる贅沢セットなのでした。

横に広がるウィンドウ・ボックスは44センチもあり、飾っておくだけでも大迫力なのですな。もちろんミサイル弾は未使用であります、このまま永遠に・・・・

そしてオマケは78年発売のコーギー製”Batbike”(バットバイク)であります。相変わらず箱絵が素敵過ぎますね・・・電人ザボーガーもビックリのカスタム度でありますが、何だか実車で作れそうな気がして来ます。バットモービル同様ミサイル弾発射のアクションを持ち、フロントのカウルから飛び出すのです。ホークIIあたりをベースにロケットカウルとテールフィンを付ければあっという間に完成出来そうですね!!千葉ットマンさんは今度これを参考に作った方が絶対マニア受けすると思いますが・・・

このミニカーは78年から82年の間に549,000台が販売されましたが、画像のこいつはその生き残りで何と未開封!!となっていてバットマンフィギュアとバイクは当時コーギーの工場でくくりつけられた輪ゴムでとまったままなのであります、ずっと切れなきゃいいな・・・・

こんな素敵なミニカーさんたちを見ていると、いつか「ワイルドマンモービル」を作ってしまいたくなる今日この頃なのであります。その時は横浜スタジアムのリリーフカーとして出撃する予定です。8回裏、相手ベンチにミサイル発射だぜ!!

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ゴミか芸術か!? 箱が命のミニカー・コレクション(外国車編Part II)

先週末にですね、新装なったVWとMotorcycleのSpecial Shopである”One Low”さんのOpen Houseにお招き頂き、美味しいBBQを頂いてまいりました、御馳走様でした。

思えば3月の地震の時には、こちらの建物の3階部分の看板文字描きをしているまっ最中でありましたが、強風なのかめまいなのかさっぱり分からないまま3階足場の上でひとりフラフラしていましたが、今こうやって見てみるとやっぱり高いですね・・・

お、こんな所に可愛い仔猫が!! 捕まえて家に持って帰ろうと思いましたが、そんなことをしたら我が家では7匹目のネコとなってしまい、エサ代で破産しそうなのであきらめました・・・

One Lowさんの手前エリアは横田基地がありますが、その周辺はなんとも趣きの有るこういったお店が立ち並んでいて「基地の街」というのを感じさせます。 横浜には無くなってしまった風景が沢山あって楽しそうなので、今度じっくりと再訪してみたいです。 で、先週からの引き続きでミニカーの「箱」のお話の時間がやって参りました。 本当にですねミニカー本体も箱も60年代までの製品は各国の作り(デザイン)の違いがよく出ておりまして、マニアなら一発でどこの国のどこのブランドのミニカーとわかるのでした。私も98%以上の確率で言い当てることが出来ると思います。 何て言ってるとまた勝手な話が終わらなくなってしまうので、ミニカー(の箱)を紹介して行きます。 芸術の国イタリアでは、芸術的なミニカーが60年代までは多数生産されておりました。 中でも「マーキュリー」というブランドは箱絵が秀逸なものばかりで、時には中身よりも箱絵にウットリしてしまいます・・・・

マセラティ3500GTですが実車の特徴であるロングノーズを協調し、箱絵もミニカーも確実に実車以上の仕上がりとなっております。バックの芝生もたまりません。 コレの実車は60年代、突発的に日本に上陸致しましたが、当時では宇宙船を買うくらいの感覚だったのではないでしょうか・・・

同じくマーキュリーのランチア・フルビア・ラリーカーですが、これはもう完全にアートですね。雪のモンテカルロ・ラリーを疾走するフルビアのイラストはヘッドライトの明かり、舞い散る雪、共々臨場感あふれるのでした。 ドライバーとコ・ドライバーの会話も聞こえてきそうで、これは額に入れて飾りたいくらいなのです。

イタリアのTOGIというマイナーなブランドは90年代に入って再販されてしまい私をとってもがっかりさせましたが、60年代オリジナルの箱絵はこんなに素敵だったのです。 鬼才フランコ・スカリオーネのデザインによるアルファロメオ・ジュリエッタSS(スプリント・スペチアーレ)はWildman的には好きなデザインベスト5に入るクルマなのです。その昔、俳優の夏木陽介氏も乗られていましたね。 箱絵はそのまま絵本にもなりそうなくらいの仕上がりですが、その時のタイトルは「ジュリエッタ君の冒険」で決まりです。 お次は地球の裏側で作ってたアルゼンチン製ミニカー達(の箱)です。いいですよね、南米産・・・日本やヨーロッパのデザインで製造はアジア諸国なんていう下請け生産の大人向けの個性無きミニカーたちとは違って、自国の子供たちの為に自国で作ったミニカーというのは最高なのであります、スピリットが違います。 アルゼンチンの「ブービー」というブランドは1950年代後期よりミニカーの生産をしていて自国ではかなりのシェアを持っていました。

フォード・ファルコンですが、当時あまりミニカー化されなかった車種なので貴重な存在となっております。箱絵もご覧の通り実車カタログ並みのクオリティーのイラストが描かれ、中身よりも感動してしまいます。

シェビーII ノバはレース仕様となっておりまして1970年代劇画タッチでサーキットを疾走する4ドアのノバが描かれています。 ミニカー本体のボンネットを開くとそこにはナゼかストレート6が鎮座されていてとってもエコなレーサーになっております。

メルセデスのトラックはブービーの傑作ミニカーとなっていて、物凄く出来がいいのです。これを初めて手にした時は「南米産ミニカーおそるべし」と思いました。 箱も立派なデザインで、工事現場に向かうおっちゃんの威勢良い声が聞こえてきそうな迫力があります。

おフランスの芸術はティンプレート(ブリキ)製のべラム・イセッタになります。 モデル自体もおにぎりのようでそのまま食べてしまいたいくらい可愛いのですが、箱絵に至っては問答無用の芸術で、あまりの迫力に言葉を失ってしまいました。 天才赤塚不二夫先生のキャラクター「べし」も逃げ出しそうなくらいのイラストです・・・これでいいのだ!! JEPというおフランスのブランドはプラスチック製ボディーにダイキャスト製のシャシーを組み合わせるという不思議なミニカーを作ってました。 不思議なのはミニカー本体だけでなく箱も不思議な作りで、組み上げると何とジオラマ風景になるというイカしたヤツなのでした。

シトロエンDSは岸壁で自分のコレクター人生を振り返っているナイスミドルが表現されているようです。

変なクルマ、パナールは箱を組み上げるとドーンとお城がおっ建っていて、もっと変になるのでした。意味分かりません・・・・ そしてやっとミニカーの故郷、英国製品(の箱)のご紹介です。 Hot Wheels登場以前に隆盛を極めた英国レズニー社のマッチボックスは 幼少時代もっとも親しんだミニカーなのでした。トミカなんてまだなかったし・・・ 当時絶対に買ってもらえなかった豪華ギフトセットがこちらになります。 RACE’N […]

ヘンテコ日本語の帰国子女とロールス・ロイスの思ひ出・・・・

ここの所、左ハンドルづいておりますMoon Garageに今度は1970年型の「MS55Lクラウン・デラックス」が入庫してまいりました。 とってもオリジナル度が高い車両で、殆ど何もしないまま普通に使って40年の月日が経ってしまったという感じで、特に内装はとっても素晴らしいコンディションなのであります。エンジンも6気筒2,2リッターですよ。 アメリカからやって来た帰国子女のクラウンにご興味のある方はぜひ本牧まで足を運んで頂き、実車を確認して下さいませ。

そしてこちらは最近我がコレクションに加わった英国はCorgi Toys製のビンテージ・ミニカーであるロールス・ロイス シルバーシャドウであります。

英国製ミニカー黄金時代の最後を飾るモデルの一つで、センスの良いツートンの塗装が素晴らしいミュリナー・ボディー製2ドアーのロールスは驚異のアクションを備えておりました。 「ゴールデン・ジャッキ」と命名されたこのシリーズはホイールの脱着アクションを持っていて、シャシーに装着されたゴールドのレバー(ゴールデン・ジャッキ)を引っ張るとホイールが外れてスペアタイヤと交換出来るという子供にとって大変魅力的なアクションを備えておりました。 1970年から約1年間の製造期間しかなく、大量生産を誇った当時のCorgi Toysの中では少なめの180,000台という生産で終わっています。

で、帰国子女とCorgiのロールスの思い出といえば、キタニ君なのであります。 また何を言っているのかさっぱりわからないでしょうが、全くついこの前である1975年、小学5年生の時に突然転校して来たのが帰国子女のキタニ君なのでありました。

担任の先生が「イギリスから転校してきた、キタニ君は帰国子女です」と紹介されましたが、少年Wildman含むアホな4組の面々は「一体何なんだ、帰国子女って、だってあいつ男じゃん」とザワつき始めます。

フィンガー5のボーカリスト、アキラ君のサングラス並みにデカイ眼鏡を掛けたのび太君顔のキタニ君は突然カタコトの日本語で「ハジメマシテ、キタニデス」と自己紹介したと思ったら今度はMy Name is〜と流暢な英語でペラペラとしゃべりだし、黒板にチョークでスラスラと筆記体の英語を書き始め、4組の面々はあっけにとられておりましたが、少年Wildmanは一人筆記体の美しさに感動しておりました・・・・

キタニ君はお父様の仕事の都合で殆どイギリスで育ったそうで、日本語はあまり得意でなくヘンテコ発音でしたが、完璧な英語を話せたので、まるでクラスに外国人が転校してきたような感じでした。

1975年といえば、少年Wildmanがミニカーをオモチャとしてではなく、コレクションとして認識するようになり、現在まで36年に渡り世捨て人としてコレクター生活を送っていますが、そのスタートととなった記念すべき年なのであります。

「これは便利なヤツが転校してきたぞ!!」と思ったのは言うまでもありません。 なんたって外国製ミニカーのシャシーやパッケージにはローマ字読みしか出来ない少年Wildmanには全く難解である英語がいっぱい書いてありました。 それらミニカーに刻まれた英語の数々をキタニ君に読んでもらって意味を知るという素晴らしい事を思いついたのです。

「Made in West Germanyって何?」と聞けば、「コレハ西ドイツデツクラレタモノダネ」「With Windowsって??」と聞けば「ガラスガツイテイルッテコトダヨ」「Fire Engineって???」と聞けば「ショウボウシャダヨ」とナゾナゾのような会話が成立し色んなナゾが解けて行く毎日となりました、全く嬉しいぜ!!

そんな人間自動翻訳機が備わり、コレクションに弾みがつくようになりましたが、ある日友達数人とキタニ君の家に遊びに行く事になりました。 我が家とは全く違う英国調の調度品が備わるキタニ君の家の広いリビングに通され、ジュースなんぞを御馳走してもらっていると、彼が自分のミニカーを見せてあげると言って何台か持ってきてくれました。 その中に先程説明したCorgi Toys製のロールス・ロイスが入っていたのです。

「ゲッ、これは絶版モデルのコーギーじゃん!!!何でこんな素敵な物を持ってるの??」 と羨望のまなざしでキタニ君に聞くと、 「コレハイギリスニイタコロ、ロンドンノデパートデカッテモラッタヨ」 と説明してくれました。

「ロンドンのデパートだって、何かすげえぜ、きっと2万台くらいミニカーを売ってるんだろうな・・・こっちはせいぜい横浜高島屋か伊勢佐木町のオモチャのマリヤで買うくらいなのに・・・」と格差を感じました。

しかもですよオリジナル箱に入ったままのミント状態で保存していたことに深い感銘を受けた少年Wildmanは以後「ミニカーの箱は必ず保存する」と心に誓い、ますます変態道に深くはまっていったのです。

その後、キタニ君は6年生の途中で、またもやお父様のお仕事の都合でどこか遠くへ引っ越してしまい、少年Wildmanがこよなく愛した翻訳機付きの友人とはお別れとなってしまいました、全く悲しいぜ・・・・

あの時見せてもらったロールスと同じ物が36年後にやっと手元にやって来ましたがこれを見るとあのヘンテコ発音の日本語で、のび太君顔の帰国子女であるキタニ君の事が思い出されます。 本当についこの前のことなのですが・・・

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箱絵も楽しめ、ミニカー芸術はコーギー・トーイだ! Part II

この前ですね、こういったデザインのポスターが一点完成致しました。8月のお盆Week、14日~16日までの3日間、本牧はムーンアイズエリア-1にて開催されるイベント”PREVIEW OF TRIBUTE TO ROBERT WILLIAMS”のポスターなのです。

このイベントは12月の”Hot Rod Custom Show”にて今年のスペシャルゲストの「ロバート・ウィリアムス」をリスペクトするグループショーの”TRIBUTE TO ROBERT WILLIAMS”が開催されますが、それに先立って「夏にももう一発リスペクトしちゃいましょう」という考えの元、日本一騒がしい?カスタムカルチャーの伝道師Nash君の協力の元、真夏のグループショーをやっちゃうのであります。

期間中は14名のアーティストによるロバート・ウィリアムスのリスペクト作品が展示販売されますので、お盆weekはぜひ本牧へお越し下さいませ!インフォメーションは随時MOONEYES HPやNash’s Blogにて更新して行きますのでチェックお願い致します。

そういえば昨年もこの時期に私のPinstriper活動20周年記念イベント、”Ace High Only One Wildman”を開催致しましたが、あの暑い夏がまたやって来るのですね・・・・・暑い夏が・・・・

で、前回のブログのお話の続きとなります、やっと書けます。

本当に楽しいミニカーのお話は芸術品の「コーギー・トーイ」ですが、前回ではとっても書き切れませんでしたので、それの追加ブログとなります。

1960年代、奇抜なアクションやバラエティーに富んだ車種構成でミニカーの世界を席巻したコーギーでしたが、その中でも強烈なアクションを誇ったミニカーを今回のブログにて紹介致します。ちなみにハクションと大きなくしゃみばかりしている大魔王はエリア-1カリスマ店長様であります、ああウルサイ・・・

前回ブログに疑問のコメントを入れて頂いた「dg様」ですが、その疑問を解いてあげたいと思います。コーギーのジオラマ・ディスプレイはこのような感じて立方体の箱にすっぽりと収まるのですよ、素晴らしい。

もうひとつの疑問である1966年カタログ表紙のクルマですが、確かに助手席の人が飛んじゃっていますよね、飛びます、飛びます!!!このクルマこそが強烈アクションのクルマなのです。

ハイ、こちらは劇中車輛になります。当時大ヒットした映画007ジェームズボンドシリーズのボンドカーである「アストン・マーチンDB5」をモデル化した物なのであります。実車同様のアクションを再現し、サイドのスイッチをパチンと入れると屋根がガバッと勢い良く開いて、助手席に座っている銃を構えた悪役のフィギュアがピョーンと飛びだしてしまうのです!!!あまりにも遠くにすっ飛んで無くなってしまうので、ちゃんとスペアの悪役フィギュアが付属している所が泣かせます!!。もちろん運転席にはボンド役のション・コネリーのフィギュアがきちんと鎮座しております。

他のスイッチを押すと、フロントバンパー部のマシンガンとオーバーライダーが飛びだしたり、マフラーを押すとリアの防弾シールドがトランクからせり出すといった、実車同様のアクションを兼ね備えた前代未聞のミニカーだったのです!!当然当時の子供たちのアイドルと化し、1965年より発売されたこのバカ売れミニカーは最終的に何と400万個が出荷されたのでした。

dg様、御理解いただけたでしょうか?あとはレンタルDVDにて映画「007 ゴールドフィンガー」をご覧になって下さいませ。

そして同じ1965年には名作の誉れ高き「モンテカルロ・ラリー・セット」が発売されました。コーギーお得意のジオラマ風パッケージで、外箱はモナコのハーバーにたたずむモンテカルロラリー参加車輛のミニ・クーパー、ローバー2000、シトロエンDS19のイラストがほのぼのと描かれております。しかし中を開けると内箱には3台が雪の山岳地帯をドリフトして疾走する様がレイアウトされ、バックのイラストには崖から転げ落ちる謎の車が描かれております、何て素晴らしいのでしょう!!これぞ箱も中身も芸術なのです。とっても貴重なギフト・セットなのですが1977年に買い逃して以来、入手にはその後19年掛かりました・・・

殺伐とした冬のラリーを終えて、夏のバカンスではビュイック・リヴィエラで水上スキーを楽しむことにしました。これぞコーギーの真骨頂といったジオラマで、外箱には地中海沿岸リヴィエラで水上スキーを楽しむ風景が描かれていて、中を開けるとそのイラストがそのまま再現されているのです!!岸辺に素敵なビュイック・リヴィエラを停めて、トレーラーで引っ張って来たモーターボートでセレブな水着のお姉さまが水上スキーを楽しんでおられるのです。もちろん船長のフィギュアも付いております!!!こんなに夢のあるオモチャが1960年代に存在していたのですよ。ちなみに冬のリヴィエラは1982年、森進一のシングルです。

水上スキーには負けていられないと、今度はなぜか肌の色が白めのサーファーが海に繰り出しました。箱絵は殆どミニカーを無視して、なぜか豪快な海をモチーフにしております・・・愛車はもちろん「BMCミニ・カントリーマン」であります。素敵なウッディ・フレームはペパーミントなボディカラーにとってもマッチしており、ルーフラックにはロングボードを乗せてます。アンテナを立ててラジオから流れるのはやっぱりサーフィンUSAなのです!!!そしてボードを降ろしてハイ、ポーズのお兄さんはやっぱり肌が白目です・・・60年代の典型的なサーファーのスタイルなのでしょうか!?

サーフィンを終えて腹が減ったと思っていたら、向こうからケータリングがやって来ました!! 邦題「移動スナックバー車」であります。Joe’s Dinerというしゃれたレタリングが描かれたパネルをガバッと開けるとカウンターに早変わり、そこにはオーナーのジョーさんがお皿を持っておもてなししております。ルーフのつまみを廻すとジョーさんがクルクルと廻って軽やかなステップを見せてくれます。キレイにレイアウトされた調理器具も揃ったジョーズ・ダイナーはホットドッグやドーナツを食べさせてくれたようですね!!

もう家に帰りたいと思ったら白いタクシーがやって来ました。白タクじゃありません・・・

しかもよく見たらそれは1959年式のサンダーバードじゃありませんか!!Bossもビックリであります。箱絵には「バミューダ・タクシー」とあり、あのバミューダ・トライアングル地方のタクシーのようであります。ナイキ・バミューダじゃありませぬ…オープンのサンダーバードには可愛いアンブレラが被せられ、暑さをしのいでおりますが、程良く肌の焼けてるタクシー・ドライバーは半ソデ、半ズボンのラフな格好をしていて、どこに連れられて行くのかわかりません、怖いですね・・・でも、こんなタクシーに乗ってみたいですね、いや作ってみたいかも・・・

いい加減終わりにしないとまずいので、最後はコルベットに乗って逃げると致します。コーギー黄金期最後の時代に作られたグリーンのC2コルベットスティングレイは当然箱絵もミニカーも素晴らしいのです。艶消しブラックのボンネットフードには”427”とあり、最強バージョンのビッグ・ブロック427搭載車輛をモチーフにしています。リトラクタブルのヘッドライトが開いたりTトップも取り外せますが、もっと凄いアクションを持っているのです。それは「ゴールデン・ジャッキ・シリーズ」といってシャシー裏板のゴールドのレバーを引くとタイヤが外れて、タイヤ交換作業が再現できるというイカした

ヤツなのであります!!!こういったスペア・タイヤも別売りで用意されていて、それはそれは夢のあるアクションだったのです。

このように1960年代のコーギー・トーイは箱絵も中身も大変素晴らしく、当時の子供たちの憧れの的でありました(特に日本では)製造後40年以上が経過しそれはただのオモチャから高貴な「ミニカー芸術」へと進化致しました(自論)やっぱりまだ紹介しきらないモデルが多々御座いますので、いつかPart IIIをやってみたいと思います、お楽しみに!!

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箱絵も楽しめ、ミニカー芸術はコーギー・トーイだ! Part I

箱絵も楽しめ、ミニカー芸術はコーギー・トーイだ! Part I

かねてから力説しておりますが「ミニカーは箱絵が芸術」なのであります。といっても某ブランドのブリスターパックやら仰々しい最近のプラスチック ケースのミニカーは全然芸術じゃありませぬ。ありゃダメダメです・・・

ミニカーがただのオモチャから芸術と化した1950年代から70年代前半くらいまでのミニカーの箱絵といえばそれはもうアートの世界なのであります。どこの誰が描いたのか存じませんが、各ブランドとも個性的なボックス・アートを展開し、マニア様であれば中身を見なくてもその箱絵を見ただけでどこのブランドのミニカーなのか分かってしまいます、そんな事この世界では当たり前なのですな・・・ 中には中身のミニカーよりも魅力的な箱絵も存在してますが、箱も中身も一緒に楽しめたのが英国生まれの”Corgi Toys”(コーギー・トーイ)であります。

後発メーカーのコーギーはそれまでガランドだったミニカーに窓ガラスを付けたり、ボディの開閉アクションを取りこんだりと積極的に新しい事を試みて1960年代に世界のシェアを支配し黄金時代を築いておりました。日本では伝説の大盛屋が未だ生産性の上がらないアンチモニーミニカーをコツコツと作っていた時代です、あれはあれで大変な芸術ですが・・・・(Wildman’s Blog 2009年7月4日参照)

で、コーギーはですね中身も大変良いのですが、私は黄色とブルーのツートン カラーの箱に描かれていたあのボックス・アートが幼少のころよりたまらなく好きだったのです。色合いもほのぼのタッチもたまりません!!

ということでそのコーギーの芸術性を味わって頂きたいと思います。下手な美術館に行くよりも全然素晴らしいアートを体験出来ますので・・・・

まずは甘い物が食べたくなってきたのでアイスクリーム屋さんがやって来ました。「ウォールズ」というアイスクリームのブランドの販売車輛ですがフォード・テームズ(アングリア)の架装車輛です、たこ焼き屋さんではありません。見て下さいこのイラスト、白衣を着た謎のおじさまが、いたいけな子供にアイスクリームを渡す場面を芸術化しています。素晴らしい!!

そして箱を開ければもっと素晴らしく、もうひとつディスプレイ用の内箱が入っていてそこにミニカーと白衣のおじさまと子供を並べると、箱絵がたちまち3Dとなる訳であります!!ケッ、3D テレビなんかめじゃねえぜ!!1965年に発売されましたが、私はついこの前の1978年に横浜元町はサンセットさんにて捕獲致しました、その後デカールもまだ貼っておりませんが・・・

今度はソフトクリームが食べたくなってきたのでソフトクリーム屋さんを呼んでみました。すると「ミスター・ソフティ」のバンがやって来ました。アメリカのソフトクリーム会社の英国フランチャイズの車輛でコマーのバンを架装しております。素晴らしい箱絵には相変わらず白衣のおじさまが描かれておりますが、中身をみるとヤッパリおじさまはミニカーに乗ってました。しかもこのおじさま、ミニカーの裏板のつまみを廻すとクルクルと回転するのです!ウヒ〜目が回るぜ!!!このアクションに当時の子供たちはやられてしまったはずなのです、私は今でもやられています。力道山先生御存命最後の年となる1963年より生産されました・・・・

で、お次はペットショップに行ってみたくなりました。すると向こうからペットショップがやって来たのです。もう箱絵を見ただけで中身の素晴らしさが分かってしまうようなこのミニカーは、シボレーの架装車輛でベースは何と1959年のインパラとなっています。スライド・ウィンドウを開くとプードルやら何やら4匹のお犬様が鎮座しておられます。今日のペット・ブームを想定していたかのようなこの芸術は1966年の発売でした。

犬くらいでは飽き足らないので、今度は動物園に行こうと思ったら、そこはサファリ・ラリーが行われているアフリカの大草原でした。 天才的な小学生が図工の時間に描いたとしか思えないイラストはまさに未だ見ぬアフリカへの憧れを表していて、真紅のスバル360と 巨大なサイをモチーフとしているようです。で、箱を開けると内箱がジオラマとなっていて、そこにはスバルじゃなくって真紅のVWビートルとサイのフィギュアが暴走しておりました。何だ、スバル360じゃなかったんだ・・・・バックのサバンナ大草原イラストは天才小学生の確実な成長ぶりを表していて、逃げ回るシマウマやキリンのイラストも秀逸であります!!サイのフィギュアが異常に大きくてビートルのミニカーと比べるとどっちが主役か分かりませぬ・・・・ちなみにビートルの屋根に積んだスペアタイヤをクルクル回すと、前輪がステアするというアクションを持っております、さすがだぜ!!東京オリンピックの翌年1965年より生産が開始されたミニカーです。あの天才小学生は今、還暦間近でしょうか・・・・

世間ではタイガー・ウッズ様が色々と話題になっているので、ゴルフでもしに行きましょうと英国紳士が思い立ったのでイラスト化してみました。フォード・コルチナのエステート・ワゴンはウッディー仕様になっていてこのラウンドをパーで廻ろうとクラブを振り回す英国紳士と、キャディの坊やを描いた物です。で、箱を開けると又もや内箱が登場し、コルチナのバックには風情ある英国の名門コース(たぶん)の建物が描かれ、時計は朝の7時27分を指しております、ああ、眠いぜ・・・英国紳士とキャディ坊やのフィギュアはまさにイラスト通りの仕上がりで、ゴルフバッグまで再現されていて、芸術もここまで来ると手のつけようがありませんな。1966年にこんなものを作っていたとは恐るべしであります。

そして大統領専用車輛といえばリンカーン・コンチネンタルであります。やっぱりエグゼクティブ・リムジンを作りたかったので、箱のイラストは当然ホワイトハウスを描いてみたのでした。もうこれだけで朝日ヶ丘の大統領気分になれるってもんですな。ミニカーは約15センチという当時最大級のスケールで作られ、各部開閉のフルアクションは当然としても、内装は吹き付けのベルベットで仕上げられ、何とビックリ「車載テレビ・システム搭載」となっております!!!21世紀現在は軽自動車にも搭載されておりますが、60年代当時はまさに大統領専用のシステムだったのです。といっても電池を入れて、スライド式のフィルムをランプで照らしてテレビ画面のように見せるだけの仕組みですが、当時の子供達は感動の嵐だったに違いありません、Wildmanは今でも感動しております。ついこの前の1967年から69年に51万6000台が作られた伝説のミニカーなのでした。

で、リンカーンのリアシートに座ってテレビ放送を楽しんでいると、そこには1968年グルノーブル冬季オリンピックの画像が流れておりました(たぶん)「やっぱりこの感動をイラスト化するしかない!!」と謎のイラストレーターが仕上げたのがこの箱絵になります。 リュージュの選手は弾丸と化し、雪の中を疾走するシトロエン・サファリの横には滑降の選手が通過していて迫力満点であります(危ないって!!)箱絵を描いてからミニカーを作ったとしか思えませんが、各選手のフィギュアの作りこみも素晴らしく、コーギーの真骨頂ここにありきなのです。箱絵もミニカーも絶頂に達しているのです。

と、ここまでコーギーの芸術を紹介致しましたが、とても一回では終わらなかったのでミニカー芸術の旅は2回目へと続くのでした。芸術は奥が深いのであります・・・・

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