Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

変態が認める三輪トラックデザイナーは天才だぜ!!

皆様お久しぶりでございます。いよいよMoon Illustrated vol.10が発売となりました!!

今回はですね巻頭特集がHot Rod Custom Show 2012のSneak Previewということで、Showに来るクルマやゲストのことを詳しく紹介しております。こちらを読んでから当日会場に来て頂ければ、より一層楽しくなることうけ合いでございます。

Wildmanページはですね、やはりイベントのAir Cooled in Action(VW)に敬意を表し? VWの見たこともないようなミニカーをFruityと御紹介しておりますので、変態の皆様は必見です!! その名も「マニアがワーゲン」でございます。ということで今年のHot Rod Custom Showは大盛況だった昨年の20回記念よりもさらに盛り上がること必死なのであります。 だって現時点で昨年よりもクルマもバイクもベンダーも全てエントリー数が増えているのですから、ああこりゃ大変だ・・・・・

で、話は変わりまして、先日長年探していた本がやっとこ手に入りました。 発行が昭和58年4月20日なので、全くついこの前の新しい本で恐縮なのですが、こちらの一冊になります。

マツダR360クーペと三輪のK360が表紙になっている「わがインダストリアルデザイン 小杉二郎の人と作品」という高速有鉛とは一線を画す?真面目一直線な感じの本ですが、本当に真面目な内容となっております。

 

故小杉二郎様は昭和の時代に御活躍された工業デザイナーで、クルマからバイク、ミシンや電化製品までありとあらゆるジャンルの工業デザインを手掛け、日本における工業デザイナーのパイオニアといえる存在なのであります。

日本における変態のパイオニアの自分としてはとしては非常に尊敬しております。

何といっても素晴らしいのはマツダ(東洋工業)関連の車両デザインでして、Wildman的には突き刺さるものばかりなのです。

日本の戦後復興の過程で三輪トラックは絶対に欠かせない存在でしたが、バイクに荷台を付けただけのような簡素なデザインだった三輪トラックに小杉氏は全天候型のキャビンを付けて見事なデザインをまとめ上げたと思っております。

特にこちら1950年代中期のCHTA型はバーハンドル時代の集大成だと理解しています。ドアーも付いたキャビンは強烈なフロント周りのデザインで、どう考えてもカウンタックよりカッコイイのです、本当に。

そして丸ハンドルへとフルチェンジしたHBR型は「究極の工業デザイン」といえるキャビンを持ち、流線形なスタイルで国鉄の特急列車よりもスピードを感じさせるのです、もう完璧過ぎますよね!!

これらの小杉氏のスケッチを見ているだけで天才と思えます、本当に。

CHTA型やHBR型は古すぎて当時物ミニカーになることはなく、ブリキの玩具でモデル化されていました。

   

共にバンダイ製なのですが当時の持てる技術を駆使して作った傑作モデルでして、強烈な出来栄えを誇っているのです。

    

特に丸ハンドルのHBR型は素晴らしく、部屋の中でじっと見ている変態行為を繰り返していると、本当に実車に見えてきて昇天してしまいます・・・

スバル360と同時期に造られていたマツダR360クーペもデザイン重視のクルマで、どうやったらこんなに可愛らしい形を思いついたのか一度聞いてみたかったです。

子供のころでも見る機会は少なく、短期間親戚のオジサンが乗ってましたが、それ以外でクーペ見たときは興奮しておりました。

 

当時物ミニカーでは大盛屋ミクロペットとアサヒ玩具のモデルペットから製品化されていましたが、出来はこちらのミクロペットに軍配が上がります。

 

ついこの前の昭和36年7月に発売されていましたが、フリクションモーターが内蔵されていて、走らせて遊ぶ玩具だった為、殆どが当時の心無い子供たちによって破壊されてしまい、実車並みに現存台数の少ないレアなミニカーとなっております。

マツダ車はこの他にもロンパーやキャロルのデザインも手掛けられていますが、世に出なかったこれらクレイモデルたちも強烈なセンスでデザインされています、 素晴らしい!!

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スカイラインのサポーターはポルシェ904だぜ!!

先週のブログにてお伝えしましたが、我がベイスターズは私が観戦し勝利したあの試合以降は見事に3連敗となりまして、「たまに勝つから見ていて楽しい」というベイ勝利の方程式は今季も崩れることはなく、ますます応援に力が入るという物であります。皆様Mooneyes x 横浜DeNA Baystarsコラボレーションも宜しくお願い致します!!

で、話はガラッと変わりまして、この前崩れ落ちて来た本の山からこんな素敵な表紙の一冊が出て参りました。

「自動車JUNIOR」誌の1964年6月号であります。ちなみに定価¥140、送料¥18となっております。

64年なんて全くついこの前である東京オリンピック開催の年なのですが、そういえば6月では私は生まれていない事に気付きました。

でも当時の出来事を沢山覚えているのはナゼなのでしょう・・・

やはり前世があったとしか思えない「時の旅人Wildman」なのであります!!

そんなことはどうでもいいとして、この自動車JUNIOR誌は伝説の「第2回日本グランプリ特集号」となっています。

表紙はあまりにも有名なGT-IIクラスのスタートシーンでポルシェとスカイラインGTが写っています。

裏表紙は日産ブルーバードのCMですが、遠くに見える江ノ島の位置、角度から推測すると三浦半島の荒崎海岸あたりでロケしたものでしょうか?

今度私もこの場所へロケに行って参ります・・・

 

さて本の方はかなり気合が入っている内容で、モノクロですが豊富な写真とレースの各クラスの詳細なレポートが記してありまして、まるで当日現場に行ったような気分にさせてくれますね、だから私もよく覚えているのか!! ナ~ル程・・・・

なにはともあれこのレースはスカイライン神話を生んだGT-IIクラス(1000cc~2000cc)が後世に語り継がれる物になってますよね。

前回のグランプリでトヨタに惨敗したプリンス自動車が、1,5リッター4気筒のスカイラインのノーズを無理やり伸ばし、グロリア用2リッター6気筒を押し込んで和製マッスルカーをグランプリマシンとして作り、このスカイラインGTが主役になり絶対に勝つというプリンスにとってのシナリオが書かれていたはずでした。

性能を考えたら他の国産車ではスカイラインGTに太刀打ち出来るはずもなく、プリンスが圧勝してトヨタに雪辱を果たすはずでしたが、そこに突如として現れたのが当時最新鋭のミッドシップ・レーシングカーである「ポルシェ904カレラGTS」でした。

 

904はFRPの軽量ボディに180bhpの空冷2リッターDOHCフラット4をミッドシップに積んだレーシングカーで、6気筒とはいえ乗用車ベースのスカイラインやべレット、トラックのフレームのフェアレディたちでは太刀打ち出来るはずがありません。

中学生の運動会に突然ボルトが飛び込んで来たようなものです・・・

長きに渡りこのポルシェ904の突然のグランプリ参戦に関してはトヨタが金を出して輸入し、前回クラウンで優勝したドライバー、式場壮吉にドライブさせスカイラインGTの優勝を阻止する目的だったという小説のようなストーリーがありました。

しかし近年の式場氏のインタビューでは、そんな馬鹿バカしい話ではなく、来日した当時のポルシェのレーシング部門監督を通じ、自分でミツワ自動車から「たったの571万円」で買ったとお話しされております。

私的にはトヨタ説の方が物語が面白くって好きなのですが、本当の事は当事者様たちにしかわかりません。

力道山先生の死とともにどちらも半世紀近く前のお話なので真相は闇の中であります・・・

レース2週間前にパンナム機であわただしく輸入された904はぶっつけ本番のような形でレースに挑みましたが、神様はプリンスに味方したのか904は予選でクラッシュしてしまい見るも無残な姿に変わり果ててしまいました。

200キロ近いスピードで突っ込んだらしく、フロント部を中心に大破してしまい、これではレース出場は無理でしょうという状況になってしまいました。

プリンス首脳陣はさぞや喜んだことでしょう・・・

 

自動車JUNIOR誌の偉いところはこの雨に打たれる無残なポルシェ904の事故直後の姿を捉えている所でして、当時のオートスポーツ誌始め、他の雑誌では事故前や修復後の写真は載っていても、グシャグシャの姿は殆ど紹介されてなく当時の貴重な資料写真となっております、流石だぜ自動車JUNIORよ!!

もうレース参加は絶対無理だと思われていたポルシェ904でしたが、名古屋の名人のもとに運ばれ徹夜の2日間で無理やり修復し、レーススタート4分前にガムテープだらけでグリッドに並ぶという奇跡が生まれました。

名古屋の名人は並行して予選でクラッシュしたロータス・エリートも修復し、2日間の徹夜で2台を修理しレースに間に合わせるという離れ業を演じたそうです。流石だぜ昭和の名人よ!!

レースの方は皆様御存じの通りポルシェが飛び出しましたが、ほんの一瞬だけスカイラインGTがトップに立ち観客を狂喜させ「国産車がポルシェを抜いた」ということで、ここにスカイライン神話が誕生し、スカイライン・ブランドは現在も存続し、日本人に愛されてきました(最近は厳しいですが・・・)

 

結局ポルシェ904の圧勝に終わったレースでしたが、プリンスはグロリア始め他のクラスで勝ったので、このことを大々的に報じCMに生かし見事販売に繋げました。当時はレースの結果が販売を左右するというおおらかな時代でありました。

こちらのレース後のCMではグロリアを押し出し「プリンス圧勝!」を謳っておりますが、スカイラインGTの所だけ「国産車上位を独占しました」となってるのがとっても寂しいですね・・・

  

ちなみにこのミニカーは日本グランプリを記念して当時発売された大盛屋のミニカーになります。

 

ツーリングカーⅥクラス優勝のグロリアとⅤクラス優勝のスカイライン1500です。よくぞこんなモデルを作ってくれました、今は亡き大盛屋に感謝であります!!

傷つき優勝したポルシェ904はその後どうしていたのかと思っていたら、ついこの前の1978年に大枚¥1,800を投じてイワセ商店街は湖南書房にて購入した企画室ネコ発行の心に残る名車の本シリーズ”The Porsche 1978”に実車が紹介されていて少年Wildmanは仰天しました、¥1,800という本の値段にも・・・

当時秋田のコレクターのもとにあった904は美しくれストアされ、ナンバーも取得しロードバージョンとして素敵な余生を送っていました。

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人生は何事もカスタムなのであります!

皆様、新年明けましておめでとうございます(かなり遅いですが) 本年もWildman’s Blog並びにWildman並びにMOONEYES並びに Signs & Pinstriping Studioを宜しくお願い致します。

関東地方はとっても良い天気が続いたお正月Weekでしたが、私は健康的に自室にこもる生活を送っておりました。

そんな中、初詣には行かなくてはならないので、我が街の岡村天満宮へ御年12歳の愛犬ポールと出撃致しました。 ちなみにKISSのポール・スタンレーは1月20日で59歳になります。メイクをしてるから全然分かりませんが・・・・

ポール君はキャバリア・キングチャールズ・スパニエルというニッサン・グロリア・スーパーデラックス並みに長ったらしい名前を持つ犬種ですが、年末に動物病院にて持病の治療を施したため、すっかり元気になり、久々に公園で50mダッシュを敢行致しました。(それ以上走るとこっちが疲れるため)

すると「やっぱり正月はビンテージだぜ!!」と勇んで履いていった30年落ちのアディダスTRXコンペティション・スーパーというこちらも長ったらしい名前を持つスニーカーのソールがベロンとはがれてしまいました・・・・

傷心の内、自宅に戻り接着剤にて修理し、ことなきを得ましたがアディダスに不信感を覚えました。

ついこの前の1981年に京急上大岡駅にあったアムスポーツで¥9,800も支払って買ったばかりなのにもうぶっ壊れてしまうとは全く情けない話なのであります・・・・ナイロン製スニーカーといえどせめて50年くらいはノントラブルで過ごしたいですよね。

で、無事修理完了後は自室に引きこもり、ミニカーのワックス掛け(今回は22台)や蔵書の整理に勤しみました。

本なんぞ整理していますと、久々に見る物もありついパラパラとページをめくってしまうのですが、強烈な一冊が出てまいりました。 ついこの前の昭和43年10月のモーターファン誌付録だったその名も「カスタムカー入門」であります。

付録といえど100ページを超えるボリュームで、その内容はというともうハチャメチャでして、車をブッタ切って、切り刻んで、溶接してカッコ良くしちゃおうぜ!! といったノリで、沢山のモノクロ画像の作例が紹介されております。

執筆は「碇 義朗」様という方がされておりますが、この時代多数の改造車に関する原稿を書かれておりまして、この道の先駆者なのであります、ああ素晴らしい!!

ページをめくってまず目に飛び込んでくるのは、この横浜ナンバーのマツダR360クーペでして屋根ブッタ切りオープンにボディの板金加工で何が何だか分からないクルマに変身しております。

改造の過程も出ていてオリジナルの可愛いらしいボディーラインを問答無用で切り刻んだ素晴らしい作例です。 しかもですよボンネットを開けると裏側に「故障」と文字が描かれているそうで「路上駐車の際に便利なアイデアである」と言い切っております。 誰か私にも描かせて下さいませ・・・

そして日産フェアレディはこんなになっちゃいました・・・・ベースは元々オープンのフェアレディSPですが、機械工学科の大学生が皆で作り上げたFRPボディーだそうですが碇氏は「シロウトばかりが研究しながら作り上げたもので、はじめにしては良く出来ていると言えよう」と強気なコメントがなされております。

そしてお次はスバル360でして、フロアのみ残してブッタ切り、あとは手作りの鉄とアルミボディーを乗っけて車重350kgのグループ7レーサーが出来上がりという具合であります。「一般公道を走ることは許されない」と書いてありますがナゼか品川ナンバーが付いております・・・・

もう一台のスバルはもっと強烈な仕上げで、モノコックボディーをブッタ切って補強を入れ40cmもダッシュボードを後退させ2シーターのハードトップ付きオープンにするという離れ業を展開しています。 このクルマ欲しいです・・・

軽いカスタムとしては初代プリンス・スカイラインや初代カローラのこんな作例も出ています。

ステッカーの貼り方も紹介されていてGo! With MOONな展開となってます。

もっといっぱい楽しいのが出ているのですが、全部紹介したらいつまで経っても終わらないので、最後の作品は日野コンマースのドラッグレーサーであります。 横田基地内でのドラッグレースで走っていたようですが、ロールゲージが張り巡らされた室内には何とV8エンジンが搭載されているという本格的な変態仕様になっております。米軍関連の方が作られたのでありましょうか、ウィリーバーまで付いていてやる気満々のスタイルは40年以上前の日本だという事を忘れさせてくれますね。

という事で正月から目の覚めるような内容の本を久々に見ることが出来、「明けましておめでとう」と目が覚めた感じです。やっぱり、人生は何事もカスタムなのであります!!

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トラッキンコレクション ’90発売!! Wildman コレクション未発売!?

今日11日はですね、私Wildmanは横浜は赤レンガ倉庫にて開催の第2回Yokohama Kustom Paint Festivalに参加しておりますので、お時間のある方は横浜まで遊びに来て下さいませ。日本中から多数のアーティストが集まり、当日仕上げた作品のオーク

ション等も行われますので、カスタムペイントに興味のある方は必見ですね。本牧のムーンアイズ エリア-1&ムーンカフェも近いのでぜひお立ち寄りください。

で、この前書棚を整理しておりましたら、こんな懐かしい本が出てまいりました。と言っても全くついこの前である1989年と1990年に刊行された本なのですが、当時からのカスタムカーファンにはおなじみの2冊ですよね。

学習と科学の学研から出版されていたカスタムカーのムック本というのが凄いですよね、まだバブルの香りがほんわりと致します・・・”TRUCKIN’USA’89”と”TRUCKIN’COLLECTION’90”の2冊なのですが前者がアメリカ取材による当時の西海岸中心のMini Truck事情でして、後者はアメリカの話題にプラスして、日本で製作されたMini Truckを紹介している物でした。

伝説のエアブラシペインター、ブルーオートの青木氏のコメントなんかも入っていて、情報が少ない当時の貴重な資料でした。’90年版のほうには、Wildmanの極初期Pinstripe作品の2台であるクラウンRS56ピックアップ”The magic of the Blue”とDeuce Factoryの”Hilux Dually”が掲載されていてとっても懐かしいですがどう考えても半年くらい前の事にしか感じられませんな・・・

クラウンの撮影には立ち会ったのですが、当時隆盛を誇っていたヨコハマベイサイドクラブ周辺にて行いましたが、本が出てビックリ!!自分では完璧だったと思っていたのですが、室内の写真でムーンのフロアマットのアイボールの向きが違っていました・・・というか運転席側も助手席側もナゼか同じ目玉の向きのフロアマットが敷かれていました。撮影時は全然気づきませんでしたが、その後半年間は小心者らしく本を見るたびに「なんてことをしてしまったんだ」と体に震えが走っておりました・・・・今20年振りに震えています。

で、この本の撮影をなさったのが、現在も第一線で御活躍中のプロカメラマンY氏なのでした。私もムーンアイズ製作車輛の撮影ではこれまで何度もお世話になっております。2年ほど前にですね、とある出版社からビンテージ玩具の本が出るとのことで

私にも声を掛けて頂きました。1号目はTVでおなじみの鑑定士の北原様のコレクションをメインに紹介されて発売となり、2号目は私のコレクションがちょろっと紹介される予定になっておりました。

ミニカーの撮影にはY氏にわざわざ変態の家まで出向いて頂き、ほぼ1日掛けて数十点のミニカー画像を撮影してもらいました。で、夏ころの取材撮影だったのですが、秋になっても冬になっても第2号が出る気配はなく、年が明けていつの間にかその本はフェードアウトとなり、たった1冊出ただけで廃刊となったようでした・・・・つまり私の取材分は幻に終わってしまったわけであります、仕方ないですね。

暫くしてY氏にお会いした時「そういえば、あの本は結局出なかったですよね」と声をお掛けしましたら「あの時のデータはまだ持っていますから、今度お渡ししますよ」と暖かいお言葉を頂きました。有難うございます・・・・

で、これらの画像がそのとき撮影した物の一部なのですが、さすがプロに撮って頂いただけに、私の撮った画像なんかとは比較になりませんな、素晴らしい!!

これは英国はDINKY TOYS製のAAのモーターサイクルセットで、とっても古く戦前から製作されていたミニカーなのですが、こちらは黒タイヤ仕様で戦後すぐに生産されたバージョンです(戦前物はグレータイヤ)古過ぎてみなさんは興味ないですよね・・・

こちらも同じくDINKY TOYS製のPOST OFFICEセットでして、要は郵便局の配達セットなのです。こちらも味わい深い50年以上前のミニカーなのです。

イタリアはMERCURY製のフェラーリ・ギフトセットは箱絵が素晴らしく、モンツァサーキットを疾走するフェラーリのイラストが繊細なタッチで描かれておりますが箱だけで昇天してしまいそうです。250LM等のミニカーにスペアエンジンやタイヤが入っている、当時のおぼっちゃまご用達セットなのであります。日本には60年代にサンプル程度が輸入されました。

そして日本の雄、大盛屋ミクロペット製のプリンス・スカイウェイは激レアカラーバージョンの「三菱電機」仕様であります。小学生の時この色の存在を知ってから手元に来るまで四半世紀を費やしたミニカーであります・・・ああ長かったぜ。

最後はWildmanとっておきのコレクションであるアサヒ玩具はモデルペット製の豪華なギフトセットです。ついこの前の昭和34年10月に初めて国産ミニカーがデビューしたのですがその第一号車の観音クラウンが入っている豪華セットで、他にはマスターライン2ドア、コロナセダン、ランドクルーザー、トヨエースが入っていて、さらに当時の旧道路標識のミニチュアもセットされています。

こんな凄い物買ってもらえたセレブなお子様は当時何人位いたのでしょうか・・・それにしても今見るとトヨタのプロモーショナルモデルのようですね。

他にもY氏に撮って頂いた画像はあるのですが、それはいつしか自費出版する予定のWildman’sブログ200選(まだ153回しかやってないけど)の為にとっておこうと思っております。いつになるか分かりませんが、皆様期待しておいて下さいね。

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ぼくとわたしのストリートカーナショナルズ!!

25日に開催された第24回Mooneyes Street Car Nationalsでしたが猛烈な好天に恵まれてとっても素晴らしいイベントになりました。

沢山のお客様にお台場まで足を運んで頂きまして、嬉しい限りであります。本当に有難うございました!!

当日は不肖Wildman、いろいろとPinstripeのお仕事を頂き、会場内あっちこっちに飛び回っていたので、ブースにいる時間が少なくなってしまい、お会い出来なかった方々が多数おられました。大変申し訳御座いませんでした・・・・

SCN初の試みとなりました”Burnout Demo”は大変盛り上がったようで(遠目にケムリだけは見ておりましたが・・・)Drag Racerの迫力あるBurnoutがお台場で展開されました。凄いイベントですね・・・・

Mooneyesの’69 Camaroは今回ちょっと化粧直しをしてBurnoutに挑みました。ボディー・サイド面にGold LeafのLetteringやPinstripeを描いて、とっても70’sなDrag Racerになりましたよ!!(見れなかった方は本牧Area-1に展示してありますので、ぜひ足を運んで下さいませ)

何はともあれあのような素晴らしいショーが開催出来たのも、エントラント及びギャラリーの皆様のおかげであります、本当に有難うございました!!

ということで、ついこの前の昭和37年にも素晴らしいショーが開催されていました。といっても月刊平凡誌の付録冊子の中でですが・・・・

その名も「ぼくとわたしの自動車ショー」であります、何とも素晴らしいタイトル!!!表紙は真紅のポルシェ356スピードスターに寝そべる浅岡ルリ子嬢で御座います、山田邦子ではありません。そしてページをめくると当時のスターたちの愛車が紹介されております。

まずはこまどり姉妹のお二人様。当然ともいえるシングルナンバーの’60年型縦目セドリック・デラックスは車も姉妹も双生児・・・・・でも免許はお一人しか持っていないそうです。

で、こちらが当時物ミニカーであるアサヒ玩具はモデルペット製の縦目セドリックです。どう見てもやっぱ実車よりカッコイイや!!

そして小坂一也様は’58年型のC1コルベットに乗られております。「もう何台とっかえたか分からない、車だけが僕の道楽さ」とまるでMoon Cafeの店長のような事をさらりと言っております・・・・

しかも助手席には十朱幸代嬢を乗せて「今日は仲良しの十朱幸代ちゃんをさそって、ドライブとしゃれるんだ」ときたもんだ。

う~ん、しゃれてやがる・・・・

で、こちらが当時物ミニカーであるハブレー製のC-1コルベットです。ああ、憧れのMade in USAであるとてもレアなモデルです。

今度は現在進行形のカーマニアである、Gメン75な夏木陽介氏であります。懐かしいぜ小田切警視よ!!

この時点で20台目の車歴というヘビーさですが、’54年型のジャガーXK120フィクスド・ヘッド・クーペはあまりにも美し過ぎます!!

この写真を見て撮影場所を特定出来た物凄い方がおられます。(もちろん電車にも詳しいカーガイであります)

皆様ここどこだか分りますか??分かった方はWildmanまでご一報を!

で、こちらが当時物ミニカーである、英国はディンキー・トーイズ製のXK120です。玩具の貿易が自由化されたついこの前の昭和35年頃に滑り込みセーフで日本にも輸入された名品であります。

私は全くついこの前である昭和62年にトレードで入手致しました。

さらに続きますが、今度は燃える男の赤いトラクターじゃなくって小林旭様の’59年型シボレー・インパラであります。さすがだぜマイト・ガイ!!!

車高が低く見えますが、ハイドロは入っておりません、念のため・・・

で、こちらが当時物ミニカーの英国はコーギー・トーイズ製のインパラであります。まだお客として通っていた昭和61年にムーンアイズ元町店でBossより頂いたものなのです。ありがたや、ありがたや・・・・

今度は力道山先生が所有された2台目のメルセデス・ベンツ300SLであります。ガルウィングに代わって北米仕様ロードスターを購入されました。

新築の赤坂リキ・アパートのエントランス付近ですが、ここから力道山家専用エレベーターが最上階につながっております・・・・

いまだにこの実車の色がさっぱりわからないので、どなたか情報を!!!

で、こちらが当時物ミニカーのデンマークはテクノ製の300SLです。

何もかもがダイキャストで出来た重量感たっぷりのミニカーなのですが、のっているフィギュアを先生に替えたいところなのです・・・

まだ終わりませんが、お次はモスラなザ・ピーナツのお二人が所有する’60年型のプリンス・スカイライン・デラックスであります。

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