Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

祝ナイキ40周年、華々しく欠陥品の復刻だぜ!!

今週はですね、富士のTried Customsさんへ出張Paintに行ってきました。

 

いつも沢山のPinstripeのお仕事ありがとうございます。

 

で、その日の昼食はと言うと、かねてからの私の希望により名古屋の味「寿がきや」に行って参りました。そう、あの独特なチープなラーメンを提供してくれる寿がきやであります。元々愛知県が本拠地の会社で東海地方を中心に出店していますがついこの前の1980年代までは横浜にもお店があったのです。高校のテニス部の帰り道、京浜急行金沢文庫駅のテナントに入っていてとっても安い値段でデザートまで食べられましたので重宝しておりました。

 

しかしその後、値段が安すぎた為なのか東京や横浜からは撤退してしまいまして、今回四半世紀振りくらいにあの懐かしい白濁色のチープなラーメンが食べられたのです、大変満足しました。どうやったらここまで薄く切れるのかに挑戦しているようなチャーシューと独特な味の白いスープは素晴らしい組み合わせなのであります。デザートのクリーム白玉あんみつも秀逸でありました。

 

あんまり嬉しかったので、インスタント仕様のラーメンと寿がきやオリジナルの先っちょがフォーク状になった不思議なスプーンを買って帰りました。とっても良い出張Paintとなった訳なのであります!!

で、やっと本題に入ります。今年2012年はナイキが創立40周年とのことで色々とエポックメイキングなシューズが復刻販売されるそうです。それにしても創立たったの40年なんてトミカやHot Wheelsと並んで歴史の浅いブランドなんですね・・・

 

もうマニアの皆様のお手元には行き渡っていると思いますが、1月にナイキの歴史を語る上で欠かせないこちらのモデルが復刻されました。期待していた方も多いと思われます、私もその一人になります。

 

1978年に発売されたこいつはナイキ御自慢のエアソールを初めて搭載した”Tailwind”テイルウィンドです。「追い風」ですね。

 

アメリカでスニーカーが売れ始め、まさに追い風に乗っていたナイキが革新的な物を作ろうと開発したのがテイルウィンドになります。元NASAの技術者のアイデアで、圧縮ガスをエアバッグの中に入れてそれをシューズのクッションとしてつかうという物で、ナイキの前にも他のメーカーに(アディダスなど)売り込みに行ったそうですが、ナイキだけがこのアイデアを本気にして契約を結びました。

こうして革新的なテクノロジーはナイキの物になり、その後エアジョーダンやエアマックスで空前のスニーカーブームが起こり、ナイキといえばエアソールというイメージが定着しました。もしアディダスの物になっていたら世の中はどのような流れになっていたのでしょう・・・・ナイキは倒産してたかも。

初のエアソールを持つテイルウィンドは1978年のホノルルマラソンでの発売を目指して開発され、紆余曲折何とか完成にこぎつけ、初回生産分230足はホノルルの小売店に向けて出荷され、スニーカー史上最高価格の$50というプライスで店頭に並べられましたが24時間後には完売したそうです。空前のジョギング・ブームですから・・・

ハイテクノロジーなイメージを作る為、テイルウィンドはシルバー色のメッシュのアッパーを持ち、いかにも高価な物に見えるように作られました、実際高価だったのですが。ホノルルマラソンでの発売後、メインランドでも本格的に発売開始となり、テイルウィンドは高価にもかかわらず爆発的に売れました。しかし数ヶ月後には爆発的な返品の嵐が待っていました。

「高級そうに見えるし、光って綺麗だね」という理由からメッシュにシルバー塗装をしたという何ともつまらない理由でテイルウィンドは欠陥品となってしまいました。

シルバーの染料の中にはの金属粒子が含まれていて(当たり前です)その粒子が極少の「剃刀」の役割となり、ランナーの足が着地するたびにメッシュの繊維をこすり上げ、しまいにはメッシュアッパーとエアソールが剥離してしまうという信じがたい結果となってしまいました。

鳴り物入りで登場した世界初のエアソール搭載シューズ「テイルウィンド」は予定外の悲しいデビューとなってしまったのです。すぐにマイナーチェンジが施されシルバーのメッシュアッパーは普通の地味なグレーのナイロン地に変更され、剥離のトラブルは解消されました。

 

ついこの前の1980年My First Nikeの頃、テイルウィンドは並行輸入で日本にも輸入されていてショップで現物を手に取りましたが、それはマイナーチェンジ後のグレーのナイロン地のヤツでした。アメリカ製の並行輸入品だけに何よりもその価格が凄まじく\18,800というプライスでは手の出しようが有りませんでした。今で言うと\30,000くらいのクツを買う様な感覚でしょうか・・・その後少し値下げして正規販売もされました。

2台のマッハ号は時代を越えたRod & Customだ!!

明日の日曜日は14th Annual All Odds Nationalsがお台場にて開催されます。

今年のFeature CarはマツダDayという事で東洋工業なクルマ達がいらっしゃいます。

   

このように素敵なミニカーの実車達が集まりますので、ミニカーが好きな方も実車が好きな方も広島カープが好きな方もぜひお越し下さいませ。

という事で今回も先週に引き続き劇中車両のお話となります。

「マッハロッドでブロロロロ〜ブロロロロ〜ブロロロロ〜ぶっ飛ばすんだギュンギュギュン」と頭から離れない歌のオープニングで、ついこの前の昭和47年、少年Wildman小学2年生の時に始まった「超人バロム1」はかなり刺激的な特撮物でありました。 なんたって小学5年生の秀才「白鳥健太郎」とクラスメートのガキ大将「木戸猛」の二人が「バロムクロス」で合体すると「超人バロム1」に変身するという、これまでになかったパターンの変身物だったのです。 登場する悪者たちもとても恐ろしくタコゲルゲ、イカゲルゲ、ナマコルゲ、キノコルゲと当時私が食べられなかった物ばかりモチーフにしていてそれは気持ち悪かった物です・・・

   

そして正義のヒーローバロム1の愛車はこちらのオープンカー「マッハロッド」でありました。 「ボップ」という小さなカプセルが変形してクルマになると言う斬新なアイデアでしたが、クルマもやはり斬新なデザインでした。 フロントにはロータリーエンジン、リアにはジェットエンジンが搭載されるというツインエンジンシステムは最高速度400km/hを誇り、現代でも通用する性能なのであります。 鮮やかなオレンジ色のボディー色はこの華麗なオープン2シーターをより一層カッコ良く見せて「練5」のシングルナンバーもバッチリ決まっております、車検を通していたのでしょうか???

   

ベース車は皆様ご存じの通りローウィンドーの日産フェアレディーを使用しています。 リア周りはまんまフェアレディーですがフロントのスラントノーズは当時最高にカッコ良く見えた物でした。

 

が、ある時マッハロッドが突然マイナーチェンジしたのです、番組中に。この事実には小学生なりに驚いてしまいました。 だってあの素敵なスラントノーズがナゼか逆スラントノーズとなってしまい、全体的に腰高になってマッハロッドの地を這うイメージが無くなってしまったのです。

「おかしいなマッハロッドはフェアレディーの改造車だったのになんか変だぞこれは」とテレビ画面をよく見てみると「おお、このフロントフェンダーの造型とサイドのプレスラインは見覚えがあるぞ」と少年マニヤは鮮やかに閃きました。

  見覚えがあるそのクルマの正体はお袋の会社の同僚のトシコさんの愛車である初代サニーでありました。

  「なんだマッハロッドはスポーツカーから乗用車に格下げかよ」とブツブツとテレビに向かって文句を言っておりました・・・

こちらのミニカーじゃなくってクルマになりますが、もしかしたらベースは改造しやすいサニートラックだったかもかもしれませんね。

当時は学校に行ってマッハロッドの変貌ぶりをイラスト化し、力説していた変態予備軍の少年は岡村小学校2年3組でありました。同年、腕の骨を折って1ヶ月ほど入院したことは強く印象に残っております。 あれを機にPinstripeが描けるようになった気も致します・・・・

 

そしてフェアレディーベースの特撮車両といえばこちらで決まりの「マッハコンドル」であります。この時代は「マッハ」という言葉が最高にカッコイイ響きを放っていたのです。 「正義のシンボル コンドールマン」の愛車として走りまわっておりました。 ドアの羽根マークをワンショットで描いてみたいですね・・・ 良く見るとフロントウィンドーが高く見えるのでベース車は後期型のフェアレディーのようです。

マッハコンドルは太陽エネルギーが動力源なので元祖エコカーとも思われますが、最高速度は実に1,200km/hに達するそうです、ぜひボンネビルで走らせたいですね。

リアのナンバープレートも素敵でぜひカスタムオーダーライセンスプレートで作ってみたいです。 それにしてもこの無茶苦茶なデザインはどういっ感性の方が仕上げたのでしょう。 SP&SRのフェアレディーがS30Zに進化する過程で遺伝子操作されてこのようになってしまったのでしょうか??

マッハロッドにマッハコンドル、2台のマッハ号は時代を超えたRod & Customなのであります!!

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今度は仮装行列だ!! ウルトラマン45周年と缶コーヒー

この前ですねマクドナルドにハンバーガーを買いに行きました。得意の株主ご優待券を駆使し(金券ショップで買うのです、コレお得)あれやこれやと買いまして自宅に着いてニコニコ顔で袋を開けたところ、頼んだはずのダブルクォーターパウンダーが入ってないではないですか!! 「そ、そんなバカな、レシートにもちゃんと打ってあるぞ」と興奮しまくり、マックに電話しました。優待券なんで店舗では一銭も払ってませんが・・・・ 「あ〜こちら株主だが頼んだバーガーが入って無いが、一体どういう訳??」と事情を説明すると「すぐに自宅までお持ちしますと」予想外のお答えが返って来て逆にビックリしてしまいました。小心者が恐る恐る住所を伝えると、10分後に原付に乗ったマックのバイトの兄ちゃんが本当にバーガーをウチまで持って来てくれました。 しかもオプションでポテトまで付いてました・・・食べきれません。 何だか悪いような気がしてしまい「どうもありがとうございます、気をつけてお帰り下さいませ」とお見送りしました。

この店舗はウチから一番近いので良く利用するのですが、以前にも持ち帰った商品が足りない事が何度かありましたが、それは朝マックのホットケーキのシロップが入って無かったり、飲み物が違っていたりと軽いミスばかりでしたが、今回のような大物は初めてでした。 逆に以前は頼んでもいない巨大なメガマフィンが入っていて、大変恐縮した事もあります。ああ、お腹いっぱいであります!!頑張れマクドナルド○○駅前店!!

そんな事はどうでもいいのですが、前回のブログでお話しした缶コーヒーBOSSの景品のランボルギーニ・ミニカーシリーズでしたが、今週からはウルトラマンの45周年を記念して、「ウルトラマンシリーズコレクション」が始まりました。

今回のはミニカーからフィギュアまで色々取り混ぜた内容で、目玉はウルトラセブンに登場した「ポインター号」になるのではないでしょうか!?

ここ数日は外出しての仕事が続いておりましたが、会社に戻るとオタクのSteve君が「こんなの売ってたよ」と机の上にポインターが置いてありました。前回のカウンタックといい彼は本当に行動が早い本物のオタクなのであります・・・

  

ポインターってついこの前である幼稚園の頃、とっても憧れた特撮車両でしたが、いま改めて見てみると物凄いデザインですね。 ジョージ・バリスのカスタムにも十分対抗出来そうですが、横浜市の歴史あるイベント「横浜国際仮装行列」参加車両のほうがピッタリはまりそうです・・・

  

子供の頃はコイツのベース車両が何だかサッパリ分かりませんでしたが、1957年型の「クライスラー・インペリアル」だったと知った時はちょっと驚きました。 地球防衛軍のポインター号は1967年の登場だったのでちょうど10年落ちの車輛で製作したのですね、実車はかなりボロかったそうです。 全くの乗用車であるインペリアルをここまでカスタムするのはさぞや大変だった事でしょう、関係者様の苦労が偲ばれますね。 苦労の甲斐あってポインター号は子供のアイドルとなり、今でも特撮車両の中ではトップクラスの人気を誇っていますね。 何たってその内容はロータリーエンジン搭載で最高速度365km/hとマクラーレンF1もぶっ飛ぶスピードで、非常時にはジェットエンジンに切り替えてホバークラフトとして水上移動も可能だそうです・・・さすがだぜ円谷プロよ!!!

  

この後に登場した「帰って来たウルトラマン」に出て来た「マットビハイクル」はパット見ではノーマルのコスモスポーツにストライプやロゴマークを施しただけに見えてしまい、ポインターの強烈カスタムと比較してしまうと子供心に手抜きに思えてしまいました。 ただベース車両が当時最新鋭のコスモスポーツを使用したので、十分に未来は感じさせたようですね。

当時は全然知りませんでしたが、このように初期のL10A型コスモを使用したバージョンもあったのですね。ストライプの処理が未完成です。

トミカのマットビハイクルはついこの前の昭和50年に伊勢佐木町は「おもちゃのマリヤ」で購入した物ですが、もったいなくて未だにシールを貼っていません。物凄く暑い日に自転車で買いに行った事を覚えております。

1970年代までの日本の劇中車輛は無茶苦茶なカスタムの物が多くて、本当に話題には事欠きませんね。 同じく「ウルトラマンタロウ」に出て来た「ウルフ777」はまさに仮装大賞といった風情でよくもこんな事を思いついたと言った感じです。車重は一体何百キロ増しなのでしょうか・・・

  ベースは何とクラウン・ハードトップですが、当時は「よくもこんなに高い車を改造するなあ」と心配していましたが、このテイストがその後のデコトラに繋がって行くような気も致します。

このように信じがたい仮装っぷりですがナゼかホイールキャップに手を入れていないところが不思議なのです。「スピードマスターホイール」がバッチリ合いそうなのですが・・・ 今、現車が残っていたら1JZエンジンに換装して旧車イベントのヒーローになれますね。

そして同じくウルトラマンタロウに出てたのが「ラビットパンダ」なる変態車両でした。 全盛期のグラチャン族でもこれ以上ひどくは出来ないであろうカスタムが施された「ホンダバモス」は360ccの限界に挑戦しているようでどこか切なくなって来ますね。 しかしこれこそが70年代オーバーテクノロジーの極致であります!! 劇中でコイツが走りまわってる姿はとっても滑稽で微笑ましかったのを覚えております。 自分では絶対に欲しくはなかったですが・・・

何だか話が終わらなくなって来ましたので、次回も楽しい劇中車両のお話とさせて 頂きますので宜しくお願い致します。

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ほろ苦いコーヒーはカウンタックと共に

この夏の企画だった缶コーヒーBOSSのオマケにですね、とても気になるミニカーがまぎれておりました。

今回のオマケシリーズは2缶用に6種の全長8cmモデル、1缶用は9種の全長4,5cmモデルが存在しています。 「ランボルギーニ スーパーカーセレクション」というシリーズで大きいのも小さいのも全部ランボルギーニ車で構成されていました。 60年代のモデルから最新のまで色んな車種を作り、この企画はオタクの方かマニアの方が参加されていたのではないかと推測されます。

   

小さいほうの出来はサイズのせいもありそれなりなのですが、ナゼか一番地味な存在のランボルギーニ・ウラッコの出来がとっても秀逸でした、これは良く出来ました!!

で、2缶用の大きい方のシリーズなのですが、こちらは中々コンビニ等の店舗に置いてなくて、入手するのが難しく人気もあって売り切れ続出状態となっておりました。 この2缶用6種の中にですね、素晴らしい車種選択のモデルがありました。

 

6種の中の3種はカウンタックをモデル化していて、羽根の生えたウルフ・カウンタックや、デブなディアブロ、アウディが造ってるムルシエラゴヤアベンタドールなんてどうでもいいのですが、何とビックリどうしてこれを選んだのか分からないカウンタックのプロトタイプ”LP500”をモデル化していたのです!!! 何でみんなが好きなミウラじゃなかったんだろ??

しかもやたら出来がいいのです。このプロトタイプLP500の「70年代製当時物ミニカー」はあまり出来のよろしくないマッチボックスの物くらいしかなかったので、これは私にとって嬉しいサプライズなのでした。

が、これが中々手に入らないのです。自宅や会社の近くのコンビニを探しても全然捕獲出来ず「こんなことをしてたら本当に売り切れちゃうよ」と心配になって来て、会社のみんなに「LP500プロト捕獲作戦」を発令し協力してもらったところ、Moon Space AgencyのSteve君が東京は中野のコンビニで捕獲してくれたのです。彼は本物のオタクなので中野の「まんだらけ」にもよく出没しますので見掛けたら声を掛けて下さいませ。 何はともあれオタクのSteve君ありがとう!!!

    

で、これが問題のランボルギーニ カウンタックLP500プロトタイプのミニカーであります。

どうです、素晴らしい出来でしょ!!!これぞオリジナルカウンタックのクリーンな姿のなのです。

 

このプロトの実車は一世を風靡したミウラの後継車種として開発され71年のジュネーブショーで発表され人々の度肝を抜きました。 ミッドシップエンジンの前にトランスミッションを配置したりして、乗る人のことを考えない機械としての理想主義を貫いたカウンタックでしたが、難しいメカニズムや性能の事はほっといて何と言っても見た瞬間に誰もが驚き、絶対に忘れられないのがこのスタイルなのではないでしょうか。

このプロトが発表されたついこの前の1971年当時は私は小学校に入学致しましたが、写真の美しいイタリア人モデルのお姉さんは現在60歳以上なのでしょうか・・・・・

当時未来的と言われましたが、カウンタックは結局20年近く製造されたので、やっぱり未来の国から来たクルマだったのでしょうね。

  

プロトタイプLP500は生産型のLP400と違い余計なダクトやスクープを一切持っておらず、LP500S以降の下品なオーバーフェンダーやウィングも付いてないので本当にクリーンな美しいスタイルなのです、ああ岡田奈々並みに美しい・・・・・ コクピットも宇宙船みたいでそのまま未来へ飛んで行きそうです。生産型LP400は全く普通のGTカーのコクピットでしたが・・・

確かにね、あんなに狭いとこにV12エンジンを積んじゃって、エアクリーナーの横に電動ファンで冷却するラジエーターでは、エンジンが冷える訳がないので生産型LP400では弁当箱みたいなスクープやダクトで武装し、何とか公道を走れるまでに仕上げましたがLP500プロトの気絶するほど悩ましいスタイルは完全にスポイルされてしまいましたね・・・

   

ボディも高速で浮き上がっちゃうからLP500S以降クワトロバルボーレ、アニバーサリー等の後期モデルでは色んな羽根を付けてごまかしましたが、族車以上に下品なだけでちっともカッコ良くありません、タイヤも太すぎます。あれをカッコいいと言い切るMoon SpaceAgency、Pan君のセンスが私には意味不明であります・・・・

結局プロトのカウンタックLP500は生産型LP400が完成する頃、クラッシュテストに供されてしまってこの世には1台も存在していないのであります。美人は薄命よのう・・・・

カウンタックなんて見てるだけで十分で実際に走らなくてもいいのですから、そういう変な人の為にLP500プロトもあの姿でぜひ生産して欲しかったです、エンジンレスでも全く問題ありませんな。 見る為だけのカウンタック、これぞ究極のマニア向け変態スーパーカー(実物大ミニカー)なのです。

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芸術作品がバラバラに・・・ベルトーネよ何処へ行く

猛烈に暑い日が続きますのう、とろけちゃいそうですな・・・・・ この前、携帯電話が鳴ったから取ろうと思ってバッグに手を突っ込み電話を握った瞬間なにやらネチョッっという不思議な感触があり、ビックリして手のひらを見た所、1-Shot Paintのミディアム・ブラウンかと思われるような物が手にべっとり付いているではありませんか・・・・ 「ありゃりゃ、これはいったい何ですか??」と手のひらを顔に近づけると何やらスイーツな香りが漂ってます。 「こりゃチョコレートじゃないか!! 何でバッグの中でチョコが溶けてるの??」と一瞬パニック状態に陥りましたが、バッグの底には外国製チョコレートのパッケージと液状化したチョコがこんにちは・・・

はじめは何のことやらさっぱりわかりませんでしたが、6秒後に思い出しました。 いくら私が甘いもの好きといっても常にチョコを持ち歩いたりはしておりません。 これはですね先週のオーストラリア出張の時、帰りの便の機内食に入ってたチョコレートをその時は満腹で食べずに「もったいないから持って帰ろう」と思いバッグの中にポイッと入れてそのまますっかり忘れてました・・・

幸いにも携帯電話と手のひら以外には被害は無く、一緒に入ってたデジカメと30数年来の愛読書である「カーグラフィック」誌は奇跡的に無事でありました。 皆さん、夏場のチョコレートには注意し、機内食は持ち帰らないようにしましょう。

で、今月のカーグラ誌なのですが大変気になる記事が載っておりました。 「オークションに掛けられたベルトーネの至宝たち」という物で、イタリアのカロッツェリア・ベルトーネが製作した6台の歴史的ショーカーがオークションに掛けられ競売されてしまうということなのでした。

1950年代から70年代に掛け、フランコ・スカリオーネ、ジョルジェット・ジウジアーロ、マルチェロ・ガンディーニといった超優秀なチーフデザイナーを配し、BATシリーズ、アルファロメオ・ジュリエッタSS、カングーロ、イソ・グリフォ、ミウラやカウンタック等 の数々のランボルギーニらをデザインしたカロッエリア・ベルトーネが数年前に倒産し管財人が入ってゴタゴタが続いているという話は前から聞いてましたが、今回90台に及ぶベルトーネ所有のショーカーコレクションの内6台が競売されてしまうという事なのでした、寂しいのう・・・ 管財人は残りの84台も買い手を探しているとのことなので今後の動きが注目されています。ミニカー84台なら私が即金で買うのですが・・・・

今回競売されてしまったのは’63シボレー・コルベア・テステュード、’67ランボルギーニマルツァル、’70ランチア・ストラトス・ゼロ、’74ランボルギーニ・ブラーヴォ、’78ランチアシビーロ、’80ランボルギーニ・アトンの計6台でした。 こんな夢のようなクルマ達が売りに出されるとは本当に夢にも思っておりませんでした・・・

このうち3台は私の大好きなクルマたちだったのでミニカーにて御紹介致します。

  

まずは’63シボレー・コルベア・テステュードですが、あのリアエンジン空冷フラット6のコルベアをベースとし、何とも不思議なデザインのボディをまとわせました。 ジウジアーロのデザインでそのテーマはプレスラインがボディ上下半分を分割し、それが亀の甲羅をイメージさせることからラテン語でテステュード(亀の意)と名付けられました。 まるでエド・ロスのショーカーのようなガラスキャノピーがとっても素敵なのです。

    

ミニカーは当然60年代当時物でイタリアのポリトーイから出てまして、ヘンテコ亀さんデザインを見事に表現しております。 実車同様、四角いステアリングも再現されておりますが、今回撮影の為に購入後20年以上経ちますが、初めてキャノピーを開けてみました、怖かった・・・ 実車はたったの30万ユーロ(3,400万円)で落札されてしまいました、安過ぎです。

 

そしてガンディーニデザインによる問題作、’70ランチア・ストラトス・ゼロであります。 デビュー時「今世紀最大のウソ」と自動車雑誌に評されたゼロは全高840ミリ!!という驚異の車高を誇ります。楽勝でETCバーもタイムズのバーも潜り抜けられますな。 ガンディーニはこのクルマで「自動車スタイリングの限界」に挑んだそうですが、限界を飛び越えてると思います・・・さすがカウンタックを生んだ狂気のデザイナーであります。

   

ミニカーはやっぱり当時物でイタリアのメーべトーイ製ですが、ペッタンコなゼロのスタイルを見事に表現しています。 自車同様ドアじゃなくって、フロントガラス??が開きますが乗降はさぞや大変だった事でしょう・・・デザインの限界と言うよりも乗りにくさの限界に挑戦してるようです。 落札価格はたったの68万ユーロ(7,680万円)という金額で想定価格の100万ユーロに達せず超お買い得だったと思います、マジで。

 

そして私にとって夢のクルマだった’67ランボルギーニ・マルツァルまでが競売されるとは・・・変な時代になった物です。 マルツァルもガンディーニの作品ですが、発表当時はSFの世界から飛び出して来たようなデザインでかなりの衝撃だったようです。 ミウラのV型12気筒エンジンを半分にブッタ切って型バンク6気筒のみ使用し、リアに積んで完全4シーターのスーパーカーを作っちゃいましたが、このクルマのハイライトは何と言ってもボディの殆どがガラスで構成されてるようなデザインにつきると思います。ガルウィングのドアも殆どガラス面で、ルーフもガラスとくりゃ日当たりバッチリで「走る日焼けサロン」と化す事でしょう・・・・ 乗ってる人の足も丸見えでビンテージ・ナイキでも履いてたらさぞや目立つ事でしょうな、楽しいな!! インテリアやらテール周りやらあっちこっちに六角形のハニカム模様を配して遊んでいますが、ガンディーニさんはよっぽど蜜蜂が好きだったのでしょうか???

発表当時モナコGPにマルツァルは姿を見せて、レーニエ大公がグレース王妃を乗せてサーキットを1周しましたが、王妃はでっかい帽子を被っていてやっぱりマルツァルの車内はまぶしくて暑そうなのです。

ミニカーは人気者だったマルツァルは当時色んなブランドから出ていて、今回はガルウィングドアがガバッと開くヤツを選んでみました。

  

イタリアのエディル・トーイのは当時物マルツァルのミニカーでは最も入手が難しいですが、ドア部はガラスを省略しフレームだけなのが残念です、形はいいのですが。

同じくイタリアのポリトーイのヤツもドアガラスを省略してしまいちょっと残念なのです。

 

スペイン製のインターカーというブランドはタイヤが経年変化で溶けてしまうといった事で有名なミニカーですが、マルツァルは形自体は良く、殆どの部分をプラスチックで表現したので、ガラス面が多い実車の雰囲気が出ています。 購入後30年以上経っておりますが、タイヤはこの後もチョコレートのように溶け続けることでしょう・・・・

   

同じくスペイン製のナコラルのは1/24スケールのデッカいミニカーですが、デカいだけで何の取り柄もありません・・・・ しかしデッカいガラスのドアをプラスチックで表現してくれたのでマルツァルらしさは結構出ております。 室内も六角形のハニカム模様を再現していてなかなか楽しいのであります。

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