Wildman 名前の由来

1990年、Pinstriperとなって1年が経った頃、初めてアメリカを訪れユタ州のEd Rothの元へ行く事になりました。1989年の日本の3rd. Annual Mooneyes Street Car NationalsでRoth本人に会ってそのパフォーマンスをライブで見て感動し、Pro Pinstriperになる事を決意しましたが、今度はアメリカで再会し新たにRothよりPinstripeについて学びたく思っていました。LAXにてRothと落ち合い、クルマで遠くユタ州の彼の家に向かう訳ですが、狭い室内の彼の愛車Mazda Pick upの助手席に乗ろうとすると、「何、やってんだHiroが運転していってくれよ」ととんでもない一言が!初めて来たアメリカで初めての運転でそんな距離を走らされるとは思ってもいなかったので正直焦りましたが、フラフラとFreewayを走り、朝だか夜だか分らない時間に何とかユタのRoth宅に到着しました。するとそれまで殆ど眠っていたRothが言いました、「いや〜初めてのアメリカでよくこんな所まで運転してきたな!おまえをWildman と呼ぼう!」の一言でRothより"Wildman石井"という名前を命名していただきました。

Here is a story for people who are not familiar about why Pinstriper Mr. Ishii is called "Wildman" Ishii. He was named "Wildman" by ED "Big Daddy" Roth. It was when Mr. Ishii traveled to Utah to be trained as Pinstriper by Ed "Big Daddy" Roth at his home. Ed "Big Daddy" Roth was only expecting Mr.Ishii to drive from airport in Utah but when Ed Roth found out that Mr. Ishii actually drove all the way from LAX airport in California, Ed "Big Daddy" Roth had to say "Oh! You are Wildman!. Let's make your name "Wildman" So his name "Wildman" has been called since then. Good story isn't it.

WILDMAN の作品

ゴミか芸術か!? 箱が命のミニカー・コレクション(外国車編

この前ですね、Pinstripeのお客様でBMW 320iへの施工がありました。MooneyesのBMW740i ”Mond Augen”を見てリスペクトして頂き、お仕事の依頼を受けました。

ご覧の通りまっ白けの一見ごく普通のE90 320セダンなのでありますが、実は何ともレアというか、普通買わないというか、やっぱり変というのか「6速マニュアルトランスミッション仕様」のクルマでした。どうしても力いっぱいクラッチが踏みたいのか、マニュアル・シフトに強いこだわりをお持ちのオーナー様は、日本仕様ではディーラーに在庫が無いような3ペダルの新車を御注文なさって、はるばる船で運ばれて来るのを待っていたそうです・・・気が長いぜ!!

オーナー様の御希望色にてさらっとPinstripeを描きましたが、それだけでもクルマの雰囲気は結構変わりまして、満足して頂けました。変わったオーナー様、変わった仕様のBMWを末長く大切に乗って下さいませ。で、先週に引き続き、ミニカーの箱のお話であります。箱というより「紙箱における芸術作品」の御紹介なのでありますが、前回はMade in Japanの国産黎明期の物でしたが、今回は当時物の外国製ミニカーたちになります。1960年代まではミニカーといえば外国製品の黄金時代でして、世界各国でその地の特色が表れている作りで、当時のミニカーはパッと見ただけでどこの国のどこのブランドというのがすぐに分かりました。

これはイタリア製、これはフランス製、これは西ドイツ製というようにマニアならすぐに分かったのです。ほんとだってば!!!現在のようにデザインだけ自国で行い、作るのは人件費の安い国に任せてるミニカーたちは、全くブランドとしての特色がなく、それはミニカーではなくて「どれも同じつくりの超精密自動車模型」でしかありませんな(自論)だからそれらは芸術作品ではないのです(これも自論)同じく箱も紙製で実車の写真なんかじゃなく美しいイラストが描かれていなくてはいけないのです(やっぱ自論)

という事でほっぽっておくと話が長くなってしまうので、芸術作品を御紹介致します。まずは世界最強のミニカー・ブランドだったディンキートーイズ製のモデルたち(の箱)になります。

フランス工場にて作られたモデルたちですがド・ゴール大統領の専用車だったシトロエン・プレジデンシャルの実車はストレッチされたDSに防弾装備を施し、内装の仕上げはヴィトンやらエルメスとなっているそうです。ミニカーは昭和40年代中期に日本にも輸入されましたが、売価が¥2,700となっていて、当時ではありえない高額なオモチャだったそうです。まあ芸術作品ですから仕方ありませんが・・・・

室内のライトが付いたり、内装は起毛仕上げで凝ってますが、箱絵も秀逸で真剣な表情の運転手さんがたまりません。

同じくフランス製ディンキーのプジョー204カブリオレは夏の日差しの中、サングラスを掛けたブロンドのお姉さまが素敵です。

フランスの山道を疾走するフェラーリ275GTBはこの後カウンターを当てたまま谷底へ落ちてしまうのでしょうか・・・心配です。

英国製ディンキーのエルカミーノはトレーラーを2台も引っ張っていて運転が大変そうですが、ぜひこのスタイルでエルカミーノ・ナショナルズへのエントリーを期待しております。

イレギュラーな香港製ディンキーのビュイック・リビエラですが、箱絵は華やかな夜のパーティーが終わったあと、酔っ払い運転で自宅へ帰る姿というのが想像出来るのです、いい時代ですな、素晴らしいイラストです!!

フランス製のキラルという短命に終わったブランドのガルウィング300SLですが箱のイラストは絶対に写真やミニカーを見ながら描いたのではなく、何も見ないで頭の中で300SLを想像して描いたとしか思えません、これこそが芸術です。

お次はスペインのリコというブランドのプラスチック製ミニカーになります。

まずはセアト・セダンの箱絵はカップルが休日にドライブに行きました。素晴らしいスペインの山の景色を堪能する二人はとても楽しそうです。

そして帰り道、この二人は崖から転げ降ちる事故を起こしてしまい「セアトの救急車で救急病院に運ばれる図」というのがこのイラストになるのです。

もちろん私の勝手な想像ですがきっとそうに決まっています、ハイ。デンマークのテクノというブランドは独特の作風で近年ビンテージとして評価が高まっている5〜60年代製ミニカーの逸品です。

ボルボP 1800ですが、子供のころはコンテッサと並んで怖いクルマのトップクラスに入るデザインでした。だって前も後ろも気持ち悪いんだもん!!(特に後ろ姿は最悪)

箱絵はダンディーなおじ様がドライブのあとパイプをくわえて一服というものです。

マーキュリー・セダンとサンダーバードはまさにサーカスのアメリカン・フィーリングといった風情で箱絵プリントの色使いが泣けてきます。

ハーレーのサイドカーは実車じゃなくきっとこのミニカーを見ながらイラストを描いたのでしょう。いいなあ、こんな仕事・・・

べスパもサイドカー仕様になってますが、運転するのはグレゴリー・ペック、そして舟に乗るのはヘプバーンに決まってますな・・・・ああワイルドマンの休日。

疾走するポルシェ356のイラストは全てにおいて完璧で、漫画にも通ずるタッチは今後参考にさせて頂きます。空冷エンジンの吸気音が聞こえてきそうです・・・

と、ここまで書いたところで我にかえりましたが、写真を撮り過ぎてしまい全然話が終わりません・・・

本当に申し訳ありませんが、続きは次回に持ち越しとさせて頂きますので宜しくお願い致します。

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ゴミか芸術か!? 箱が命のミニカー・コレクション(日本車編)

思い起こせばついこの前である36年前の1975年、ミニカーをオモチャではなく芸術作品とみなし、遊ぶ物からコレクションへとシフトし「自分が好きなクルマ」のみに絞って集め続けて参りました。なので私のコレクション内容は無茶苦茶で全くシリーズ化されてなく、日本車からアメリカ車、ヨーロッパ車、共産圏のクルマ、レーシングカー、スーパーカー、商用車、軽自動車と何の脈略もない物達が揃っております。

ある程度数が集まって来ると自分でジャンルを決めて、ミニカーブランド別に集めたり、車種を決めて集るのが普通なんですが、そんな事をしたら自分が興味のないどうでもいいミニカーまで揃えなくてないけなくなるので、お金が幾らあっても足りなくなるし、買ったらそのまま段ボール箱へポ〜ンなんていう状況はせつないので(こういう人沢山います)何はともあれ自分が「これはミニカーにおける芸術だ」と認めたモデルだけを集めているのであります。

 

ニューモデルが出たら片っ端から買うような方もおられますが、ああいうのは修行にしか思えません、私には到底無理でございます・・・ という事で36年という短い期間、ミニカーコレクションを続けておりますが、集め始めた最初の頃はミニカーが入っている「箱」というのはそれほど重視しておりませんでした。ただカッコイイイラストや写真が使ってある箱は何となく手元に取っておいたのですが、当時のオモチャ屋では入荷した時点で箱を処分してしまい、お客さんにはミニカーを包装紙でくるんで渡すというような店も多々有りました。

  しかしですね、ミニカー専門店に通うようになり、知識も高まってくると「箱」の重要性が理解出来るようになりました。専門店でビンテージの絶版ミニカーが並ぶコーナーを見ると、同じミニカーなのに箱があるものと箱が無い物ではお値段が違っているではありませんか。モデル本体のコンディションは同じなのに箱が付いているだけで何割か値段が高くなっているということは、ミニカーというのは出荷時の姿に限りなく近い方が価値が高くなるという事が判明致しました。”Mint in Box”(箱付き傷無し)というのが最強のコンディションになるという事なのです。最近では「箱付きと「箱無し」では倍くらい値段が違ってしまうという恐ろしい状況も生まれております。そこまでしなくてもいいと思うんですけど・・・・ それ以来、買ったミニカーの箱は全て保管しなくてはならないという義務が生まれてしまいましたが、そんな箱たちをじっくり見てみますと、5〜60年代の昔のミニカーの箱たちは殆どがイラストによるボックス・アートで、それぞれのブランドで全く違ったタッチで描かれていてとっても面白かったのです。

ブリスターパックの物や最近のアジア産精密ミニカーたちはプラスチックケースに入っていて、あんなのは開けてしまえばただのゴミで、箱がどうこうという物ではないのですが、イラストが描かれた昔の紙箱たちは完全に芸術作品と認めざるおえないのです、本当に・・・・ そんな芸術的な箱を見ていると「これを描いた人たちは一体どんな気持ちで描いていたんだろう」と妄想が膨らんでしまい、カルピス・ソーダでも酔っ払ってしまいます。 という事で私的に芸術作品と思われるミニカーの箱たちをちょろっと紹介させて頂きます。今回は国産車編という事で宜しくお願い致します。

まずは伝説のブランド大盛屋の第一号車であるスバル360になります。ミニカー自体も可愛いですが箱はもっと可愛い!!! スバルだかお椀だかわからないような絵と、くすんだ黄色とブルーのパッケージデザインは日本製なのに日本語が一切入らない物で独特のオリエンタルな雰囲気があります。

同じく大盛屋のマツダR360クーペですが、こちらは箱の上面と側面の2面を利用し、そこにドーンとクルマのイラストを持ってくるという大胆なレイアウトが素敵です。とても日本人のデザインとは思えません。

さらに大盛屋のプリンス・マイクロバスでは箱の上面が街中を疾走するバスで側面が田園地帯を行くバスになっていて、そのタッチは小学校高学年でクラスの中で一番絵の上手い子が描いたような説得力のある作品になっています。こんな素敵なバスでどこか遠足にでも連れて行って欲しいものです・・・

今度はアサヒ玩具のモデルペットになりますが、スバル360は大盛屋の物とはミニカーも箱も違うテイストで仕上がっています。現在のミニカーは精密過ぎてどこのブランドも同じに見えてしまいますが、昔はこのように各ブランドで解釈の仕方が全く違っていて、実車同様ミニカーでも個性があったのですな。スーサイド・ドアを開いて身を乗り出すお姉さんのイラストがたまりません。

モデルペットのトヨタ・スポーツ800は私の好きなミニカーベスト3に入る芸術作品ですが、箱の側面はヘルメットを被りやる気満々のナポレオン党とも思われるお兄さんがヨタハチに乗るイラストで、上面は実車でなくミニカーをモチーフにイラスト化しているという気のきいたデザインになっております。

つり目のスカイライン・スポーツですが、ミニカーも箱もちゃんとオープンとクーペを作り分けているモデルペットは偉いのでした。実車はミケロッティのとっても優雅なデザインでしたが、子供のころは日野コンテッサと並んで「怖いクルマ」リストに入っていた怖ろしいデザインのひとつでした、だってあの顔怖いんだもん・・・・

そして今度はミニカーではなくとっても古いプラモデルの箱でして「ミドリ」というブランドの一本バンパーのデメキン・スバル360になります。中身の出来がどうこう言えるようなレベルのプラモではないのですが、ご覧の通り箱絵は堂々とデッサンが狂ったヘタウマイラストで仕上げていて、全てを吹き飛ばしてしまいます。顔の判らないドライバーのイラストが恐怖感を醸し出していてホラー的な芸術作品となっております。

お次は昭和30年代に作られていた「木製キット」のダイハツ・ミゼットMPです。1978年に元町サンセットにて購入しましたが、プラモデル以前に木のキットがあったのはこのモデルで初めて知りました。これは中身よりも箱絵が重要でして、完璧なデッサンのミゼットは京浜工業地帯(推定)を疾走しております。仕上がった金物を納品に行く若夫婦はとっても幸せそうなのでした、三丁目の夕日の世界です。

ちなみに箱の裏には完成図の写真が載ってますが、ご覧の通り凄まじいキットなのでした。これはこれで芸術かもしれませんが・・・

最後はこちらも木製キットのダットサン・ライトバンであります。久々に取り出したら包んであったビニールがびりびりに破けてしまいましたが、秀逸なイラストは健在です。お父さんが新車のダットサンを買って、これからドライブに行く幸せ家族の一日をテーマにしています。女の子のドレスからしてかなり裕福なご家庭と思われ、お父様はもしかしたら日本プロレスで力道山の下で働いていたのかもしれません。羨ましいな・・・・ という感じで何点か国産モデルの芸術作品をご紹介いたしましたが、次回はさらに芸術的な外国製品の箱絵を紹介致しますのでお楽しみに!!

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スイーツ大好きなジャッキー・チェン!! 2泊4日のハワイ紀行

Go to Hawaii, Hawaii, Straight to Hawaii♪という事で海外出張過去最短記録となる2泊4日のスケジュールにてハワイはオアフ島へと行って参りました。ハワイといっても遊びじゃないですよ、仕事ですよ、お仕事!!

全くついこの前である18年前の1993年に不肖Wildmanハワイにて結婚式を挙げましたが、ついこの前発行された”Mooneyes Nooz”1993年3月号にはその時の画像が載っています、笑っちゃいますね・・・

このNoozでは第1回Yokohama Hot Rod Custom Showがレポートされていて当時の懐かしいカスタムカー達が並んでおります、ついこの前のことですが。

Mooneyes Funny CarもNHRA Winternationalsを疾走していて、Mooneyes USAではRat Fink Partyが開催されていて在りし日のEd.Rothの姿が見えます。 さらに旧エリア−1店舗では2回目のJunk Fairが開催、そして懐かしの名古屋パフォーマンスカーショーではMooneyes Funny CarやMooneyesの新作である日産セレナが展示となっております。開催場所が見つからない第7回Street Car Nationalsは予定が未定となっていて「どなたか場所お持ちの方、ご一報ください」と神頼み的になっております。

そして新商品紹介ページではニューデザインのTシャツが9点も紹介され、さらに次のページでは・・・・・いかん、いかん、そんな事はどーでもよいのです、本題はハワイ出張なので、この続きを見たい方はご自分で18年前のNoozを探して下さいませ。どうしても見つからない方にはお見せ致します。

で、常夏の島ハワイなんですが今回は羽田空港からのフライトだったので横浜から近くてとっても便利でした。

やって来ました久々のハワイ、ビン・ラディン問題でテロの警戒が凄いのかなと思ってたらちっとも凄くなく「アロ〜ハ」と一言あっさり入国出来てしまいました、ハワイは平和なのです・・・・・

今回の宿泊先はワイキキにある”The Breakers”というとってもビンテージなホテルに滞在しました。といっても2日間ですけど・・・

こちらは建物を古っぽく作っているのではなく本当に古いようで、和洋折衷の作りは「外国人から見たオリエンタル」といった感じで独特の雰囲気を醸し出しておりました。

電話やらキッチンの機材やらみんな本当に古くて映画のセットのようでした、楽しいぜ!!

楽しいのはいいんですけど2日目の朝、シャワーを浴びようと思ったらナゼか水しか出てきません。「2分も待ってればお湯が出るでしょ」と半分濡れた体で待ってたらいつまでたっても水しか出てこず「もうどーでもいいや!!」と朝から冷水シャワーを浴びて気が変になりそうでした、もともと気は変ですが。その数分後お湯はちゃんと出ました・・・・古いのは楽しいけどとっても大変なのです。

このネコ達はホテルの飼い猫で、ロビーの所に首輪でつながれ接客をしておりました。ネコマニアとしてはブチの方をジーン、白い方をポールと命名し2日間接してました。

少しだけワイキキ周辺を散策しましたが、シェラトンホテル内のReyn Spooner店舗が新装Openたので訪ねたところ、お店の女性スタッフの方に「ジャッキー・チェンに似てる」と言われてしまいました・・・実は海外に行った時や、日本でもナゼか女性にはよく言われるのです。ウチのネコ達を買ったブリーダーさんにはっずっとジャッキーって呼ばれてました。

力道山先生に似てるって言われた方が嬉しいのですが・・・

で、今回の目的であるお仕事は、”Ron’s […]

イタリアンなアメリカンはツバメ返しのコルベットだぜ!!

皆様、ゴールデン・ウィークはいかがお過ごしでしょうか?今年は10連休の方も多数おられるようで、そんなに時間があったらさぞや沢山ミニカーが磨ける事でしょう・・・

私は連休の過ごし方の一環ではなく、通常業務としてミニカーをせっせと磨いておりました。やる時やらないと全く追いつかない物でして・・・一回にせいぜい10台くらいしかやる気力も体力も無い物で、永遠のヘビーローテーションとなっておる次第であります。今回も色々とミニカーを引っ張り出し、順次ワックス掛けを行いましたが、次にこのモデル達を磨くのはきっと数年先になると思われます。ケースの中に入っておりますので、実車と違いなかなか油分は飛ばないのですな。右四列下段2段目(勝手に決めてるミニカー展示ケースの番号)は60年代のスポーツカーが入っている棚なのですが、ここの住人達は久々のワックス掛けローテーションとなり「おお、こんなのもあったな」とか「久々に触ると興奮してくるぜ」とか「おまえはついこの前の1976年の秋に鶴見のチェッカーで買ったな」とかひとりブツブツ喋ってると、6匹の猫+1匹の犬たちは誰も寄って来ません。至福の時間はこうやって流れて行くのです・・・・みんなも健康の為にやった方がいいってば!!

そうこうしてると「あ、そういえばこんなのもあったな!」とグリーンのミニカーを手に取る私でした。「そうそう、これは5年くらい前としか思えない、1979年にヤマハ・モトバイクで乗り込んだ伊勢佐木町のビッグ・ボーイの2階で買ったミニカーだぜ」とまたブツブツ喋り出しましたが、このミニカー画像を見て車種が分かったアナタはきっと生粋の変態です・・・・

このクルマなんだか分かりますか?私は実車よりも先にミニカーでその存在を知ったクルマの一台なのです、そんなのばっかですけど・・・一見出来損ないのスーパーカーのようなこいつは、実はアメリカ車なのであります。そう、こいつの名は”Corvette Rondine”(ロンディーヌ)といいまして、あのシボレーコルベットのコンセプトモデルの内の一台なのでした。

このミニカーは1960年代後半にイタリアのMebetoysというブランドが製作した素晴らしいモデルで、ドアを開閉すると同時に勝手にボンネットが開くという何とも有難迷惑な驚異のアクションを備えているのでした。もちろんボンネットの中には赤いプラグコードが張り巡らされたシボレー327 V8が鎮座されております。

ベースは60年代のC2コルベットでして、こちらのミニカーでおなじみの皆様ご存じ2代目コルベットなのです。イタリアのピニンファリーナに在籍していた当時のトム・チャーダ(後にギアに移ってデ・トマソ・パンテーラをデザインした人)によるデザインで、結構エグいデザインだったC2コルベットにこういったイタリアンなテイストの優雅なボディを被せたのでした。

1979年にミニカーを手に取った時、私にはさっぱり正体のわからないクルマで、高校の受験勉強そっちのけで、カーグラ等のバックナンバーを探しまくり、必死に正体をつかんで一安心したのでした、ああ良かった・・・車名の「ロンディーヌ」というのはツバメという意味で、これは当時ピニンファリーナのライバル関係にあったカロッツェリア・ベルトーネがイソ・グリフォ(Wildman’s Blog 2010年3月20日参照)というアメリカンV8搭載のクルマをデザインした事によるライバル意識を表したネーミングだそうです。グリフォというのは架空の怪物のことで、それの攻撃をツバメのごとくさらっと避けてやっつけてしまうというような意味でロンディーヌとネーミングしたそうです。

何はともあれついこの前の1979年の時点でコルベット・ロンディーヌの正体がわかったのですが、それから28年後、まさかロンディーヌの実車に遭遇するとはさすがの変態も思っておりませんでした。 先週としか思えないような2007年の秋、私はラスベガスのSEMA SHOWにPinstripeのデモを行う為に出張しておりました。そうあのレジー・ジャクソンに遭遇した日のことであります(Wildman’s Blog 2008年3月14日参照)会場内をブラブラしていたら、突然とんでもない物体が視界に入り卒倒しそうになった のです。

「こ、こ、こ、これはロンディーヌではないか!! ミニカーの実物大じゃなくって、これが実車というものなのか!?」と訳の分からない事を口走り、微妙なブルーメタリックに光り輝くロンディーヌの前で震えていた変態がそこにいたのでした。まさか28年前に勉強したロンディーヌの本物に巡り会えるとは夢にも思ってなかったので、レジー・ジャクソンとの出会いと共に感動しまくりのラスベガスなのでありました。

エッジのきいたデザインにウットリし、特徴的なリアスタイルはまさにツバメが飛び立つ姿をデザインしたようにしか思えず、クルマのまわりで自分で自分にブツブツ説明をしておりました。そういえばダッシュ周りのインテリアはまんまC2コルベットのままでしたね。ヤッパリ実車を知るより、先にミニカーで勉強していた方が強いと思った次第であります。このクルマは「バレット・ジャクソン・オークション」の出展車両とのことで、ロンディーヌはこの後どこかのお金持ちの手の元に羽ばたいていったのでしょう・・・ミニカーの方がカッコいいって!!

何はともあれ28年前の勉強の成果がやっと表れ、とっても幸せな気分になった秋のラスベガスなのでした・・・・

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’74 Type-IIと共に快晴のもと、25回目のSCNだぜ!!

さて、いよいよ明日24日(日)は東京お台場にて25回目のストリートカーナショナルズが開催されますよ!!何と25回目ですよ、25回目・・・・

ついこの前である、たったの四半世紀前に、永遠に終わりそうもない程の莫大なローンを組んで買った愛車’68 Shelby Cobra GT350でエントリーしてから気付けば25回目のSCN・・・

世捨て人は完全に世を捨ててマニアから変態と化し、現在も活動中であります。 不肖Wildman、実は一回の欠席もなくSCNには来続けているのでした。 でもエントリーは最初の3年だけで、それ以降はずっとお仕事として来ているので、暑かったり、寒かったり台風だったりと、楽しむよりも?大変だった思い出の方が印象深いのでした。

今回のSCNはMooneyesのNew Project CarであるBMW 740i”Mond Augen”のイベント初お披露目があります。 迫力の20インチMoon Discsに注目なのです。

そして東日本大震災のチャリティー活動として”Mooneyes & Friends Charity Auction”の開催、Wildmanデザインの”Mottainai”ステッカー販売や長期間に渡り大切に保管されてきた過去25年間のイベントの記念Tシャツの販売を行いましてこれらの売り上げを全額震災の義援金として寄付致します。

記念TシャツはSCNからHCS、All Odds Nationals、Type-II Party、Crown Picnic、El Camino Nationals等々・・・これらは2度と手に入らない激レア・アイテムのオンパレードなのでマニア及び変態の方々は必見であります!!(私も欲しいくらいです・・・)

私はといいますと、チャリティーオークションの方に作品を一点出品させて頂きます。こちらのTシャツになりますが、Air Brushによる手描きでRat Finkと’74 Mooneyes Type IIを組み合わせたイラストのデザインにて制作してみました。

’74のType IIはWildmanと同じく1987年一回目からSCNにずっとずっと参加し続けている運命共同体な何とも稀少なヤツなのであります。

まさに世界に一枚のTシャツになりますのでふるって御応札お願い致します!!

雨男の名を欲しいままにするWildmanによると明日は奇跡の快晴となりますので、暑いお台場でお会いしましょう!!!

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