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2002年、遅咲きの Rookie Drag Racer シゲ 菅沼(以降 Boss)と MOONEYES Dragster II のストーリーです。 話しは少し前の2000年夏にさかのぼりますが、その夏のイベントシーズンのピークを終えた頃、California は Bakersfield で Alcohol Funny Car の講義を受けた後、USA 出張を終えて Boss が帰国しました。「まさか来年 MOONEYES Funny Car をドライブする気じゃないだろうな?」我々 Employee の間でもそんな噂がチラホラ立ちましたが、その後まったく気配を感じなくなったので、チャンスがあってただ乗ってきただけなんだろうという事でいつしか皆の記憶から薄れていきました。 それから2年と経たない2002年3月、春先の USA 出張からほのかにパンダ焼けしつつ真っ黒に日焼けした Boss が帰ってきました。ちょっと様子がいつもと違います。やけに充実した顔です。写真の束を片手にニカッと笑ってます。
手渡された写真には MOONEYES Dragster II。 Drive するのは...シゲ 菅沼、Boss でした。
3月4日に Carlsbad Raceway で Shake Down し、3月10日、Bakersfield の Nostalgia Drag Race "March Meet" で Exhibition Race を走ってきたのです。
それでは少しこのクルマについて説明を。 MOONEYES の社名を名乗るそのクルマ(そうです我々の社名 MOONEYESはこの車から来たのです)は1959年に生まれた Gas Dragster。現代なら顔を覆うようなロールケージで囲まれていないと安全基準を満たしませんが、1961年当時の安全基準のクルマなのでそんなセーフティーは満たされていません(と言っても当時のロールバーは普通1本ですが Dean MOON によりこの車は2本になってます)。当時のレースカー全てがそうではありませんが、早さだけを求める傾向が強く、どちらかというと見た目は二の次。キレイでそして早いクルマが少なかった当時、この MOONEYES Dragster の存在 は少なからずとも影響大でした。 早いだけでなく美しくというのが MOONEYES 創設者 Dean Moon のスタイル、その魂を継承して 今の MOONEYES があるのです。その MOONEYES Dragster は1962年に NHRA Winternational "A" Gas Dragster クラスで 9.33 ET/160.14 mph で優勝、ドライバーは Gary Cagle。1963年には England に USA Drag Race Team として渡英、ドライバーに Dante Duece を起用し Exhibition Run を行い、その後はヨーロッパ各地を Revell社のスケールモデルのプロモーションで廻りました(余談ではありますがこの時のプロモーション以来、MOON は England で人気を得て現在に至っています)。当時の England では MOONEYES Dragster はセンセーショナルな出来事、その影響もあり今現在でも England では Drag Race が盛んで、日本とは比にならない位ポピュラーです。
Revell 社のスケールモデル
という事は今走っている MOONEYES Dragster は? となりますネ。殿堂入りしてしまった MOONEYES Dragster はやはりその場で余生を送らせてやりたいという気持ちから、あえて引っ張り出す事はやめて同じパーツ、同じスタイル、当時のフレームで新たにクローンモデルを作ろうという事になりました。そうです、今走っているのは MOONEYES Dragster のクローンモデル、MOONEYES Dragster II です。パイプフレームやエンジンスペックなどすべて当時と同じものを使用しています。メカニックまで当時と同じメンバーです。それはイコール1961年当時の保安基準、何で Exhibition でしか走行できないのにあえて当時のままで作る必要があるのか?それは現代の基準に合わせてしまう事は簡単ですが、保安基準を現代のものに合わせると MOONEYES Dragsterではなくなってしまうからです。たとえ Exhibition 走行しか出来なくても。もちろん レースに参戦するのが目的ですが、早く走る事だけが目的ではありません。今日の USA でもこの 短いホイルベースの Dragster シャーシで走る人はいません。なぜなら先にも書きましたがロールケージ等 現代の基準で考えれば危険なだけで良い事は何一つ見当たらないのです。でも形を変えてしまったら何にもなりません、歴史はちゃんとした形で伝えなければいけないのです。
長くなりましたがそういった理由から、1996年クローンモデルの MOONEYES Dragster II が完成しました。ドライバーにはこの Dragster のシャーシメーカー "Dragmaster" の 製作者である Jim Nelson を迎えて、 Carlsbad Raceway で最初の Shake Down。その年の11月、NHRA Hot Rod Reunion に出走し3回のトライ アルを行い、10.41 ET/146 mph が ベスト記録。結局 Jim の年齢的な 問題からこの時以来 MOONEYES Dragster II は Raceway からしばらく遠退きます。
話しを文頭に戻すと2000年夏に Boss が Bakersfield で Alcohol Funny Car の講習を受けたと触れました。実はそれは MOONEYES Dragster II に乗る為のステップで、既に1996年に NHRA の Gas Dragster のライセンスを密かに(?)取得しており、いつでも乗れるようにと準備を進めていたのでした。この MOONEYES Dragster II をクローン化する事を決めた時、ドライバーは端から Boss、シゲ 菅沼だったのです。だけどセーフティー面での不安や危険をリスクに背負わなくてはいけない事などの恐怖心があり、踏み出せずにいたところ Jim が ドライバーをかって出たというのが流れです。
2001年を最後に MOONEYES は NHRA Funny Car のスポンサーを降り、そして Fred Larsen の Bonnebille Streamliner も Fred が引退。 レースシーンから MOONEYES の接点がなくなりました。ここで Boss が一念発起、勇気を出して MOONEYES Dragster II に乗ってみようと決心したのです。かくしてオリジナルの MOONEYES Dragster ドライバー、Dean Moon、Gary Cagle & Dante Duece、Jim Nelson、クローンモデルの MOONEYES Dragster II ドライバー、Jim Nelson(唯一 2台ドライブしたのは彼だけ) & Shige Suganuma。歴代5人目の MOONEYES Dragster Driver の誕生です。
Carlsbad Raceway
Goodguys March Meet
これでストーリーがつながりましたネ。Jim Nelson と同じ Carlsbad Raceway で Shake Down した後、Bakersfield で開催された Goodguys の March Meet に参戦して2002年3月、パンダ焼け気味に真っ黒に日焼けして帰国した Boss の動向が。
Carlsbad Raceway での Shake Down では15回の走行で、ベストタイム 11.36 ET/151 mph、そして March Meet では最終日の Elimination 前に1回だけ Exhibition 走行させてもらい、12.23 ET/150 mph という記録。March Meet は Nostalgia Drag Race という事もあり、今を時めく Young Rodders も多数集まる事で有名、彼らの間でも反応は凄かった、ガッツが無いと出来ない事だから。また「この年代のクルマが走るのを見て感動した、Thank You!」とわざわざ言いにきてくれる人がいる程反応が素晴らしかったとの事。当の本人である Boss に目標を尋ねると「うまい人がタイヤスモークさせずに走れば10秒を切れるクルマなんだから、10秒は切りたいね。例え操作が難しいって言ったって、昔の人も乗っていたんだからネ」と意欲満々、チャレンジに年齢は関係ないですね。この MOONEYES Dragster II と Boss の次回出走は10月の NHRA Hot Rod Reunion です。エア チケット代もこの頃なら安くなってます。是非応援しに行って下さい。 尚、MOONEYES Dragster II は普段は MOONEYES USA の Machine Shop に展示しています。USA Shop Tour で MOONEYES USA を訪ねて下さい。You are always Welcome です。
Photo: DAYTONA Magazine


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