かなり早く現場に着き、その年のホエールズイヤーブック(選手名鑑)を買ってもらい駐車場付近で球場入りする選手を待ち構えイヤーブックに沢山のサインを頂きました。中塚選手、長崎選手、山下選手・・・今でも家宝として大切に保存しております。
強烈なオレンジXグリーンの湘南電車カラーのユニフォームはインパクトが強過ぎて賛否両論でしたが、少年Wildmanにとっては戦隊ヒーローの様なデザインに見えてゴレンジャーよりもカッコいいと思ってました。当時のプロ野球のユニフォームは今よりも地味なデザインでしたので。
この日から全力でホエールズを応援する事となりまして、3年後の1978年には何と地元横浜にホエールズが移転して来たのです、奇跡が起こりました。平和球場は近未来的なデザインの(当時としては)横浜スタジアムに生まれ変わり、チームも大洋ホエールズがら横浜大洋ホエールズとなりました。ユニフォームも白とブルー基調のスマートなデザインになり、港町横浜にプロ野球がやって来て盛り上がりました。
盛り上がるのは良いのですがチーム成績は相変わらずで、ほぼ毎年Bクラス、優勝なんて夢のまた夢・・・途中チーム名も横浜大洋ホエールズから横浜ベイスターズに変わりましたが成績は変わりませんでした。
それでもずっと応援し続けて球場にも足を運んでましたが(いつも空いていたので)1998年ついに奇跡が起こり38年振りの優勝を遂げました!日本シリーズは最終戦のチケットしか取れず見れませんでしたが(最終戦の前に日本一)それでも優勝パレードは見に行けたので大満足でした。
そしてチームは再び暗黒時代を迎えどん底の日々が続いておりましたが、私は凝りもせずたまに勝つ事に喜びを感じる自分の世界観の中で楽しいプロ野球ライフを送っていました。
そして15年前の2012年に球団オーナーがTBSから DeNAに変わりました。「何の会社だかよく分からんがこのチームの面倒を見てくれるなんて感謝するしか無いな、再建までどの位掛かるのか?」と素人ながら心配してました。
すると予期せぬことが起こりました。この年に横浜DeNAベイスターズとMQQNEYESのコラボレーション企画が持ち上がったのです!「うおおお〜何が何だか分からんが嬉しいぞ!」と興奮しまさかのコラボデザインをやる事となり以来15年間Wildmanデザインにより毎年コラボグッズを出しております、継続は力なり・・・
その間2024年にはクライマックスシリーズを勝ち上がりうっちゃりでハマの番長三浦監督でベイスターズは日本一に輝きました、めでたし、めでたし。
そして時は2026年「次の優勝は30年後かな、そうしたらもう私は生きて無いかも、どうしよう?」と悩んでいるとDeNAより連絡が。 「これはもしかしたら50年来のファンという事を認めてもらって遂に臨時コーチの要請か? それはぜひ受託したい」と期待してるともっと驚くお話でありました!
何とビックリ、2026年の夏に行われる試合YOKOHAMA STAR⭐︎NIGHT 2026のユニフォームに描くBLUE BIRDのアートワーク制作の依頼でありました! 「こんな事をやらせていただけるなんて夢の様だ、いつも見ている白昼夢が現実になったぞ!」と大喜びし興奮したまま描き上げました。
どうせやるならもちろんフリーハンドのピンストライプデザイン、今回のテーマは横浜の夜空に羽ばたく青い鳥ブルーバードという事で羽根をモチーフにしたデザインと手描きフォントの背番号と選手名。BLUE BIRDを好きな様に描かせて頂きました。
まさかのお仕事に自分も驚くWildmanでしたが、50年前に川崎球場に行って湘南電車カラーのユニフォームを見て興奮していた少年Wildmanに50年後の展開を伝えてやりたいですね。50年後もやっぱり変態だったと。








