2ストローク3気筒、Wildmanオートバイ物語 Part.7
7回目の連載になってしまい、後には引けなくなったので今回も長々と書きますが今度こそフィナーレを迎えられるよう頑張ってみたいと思います。
1985年ついに念願の'71カワサキ350SSマッハII(250登録)を50万円のボッタクリ価格で買ってしまったWildmanは東京のバイク屋からの帰路、ガソリンスタンドにて全く止まらないマッハを体験したのでした。給油機の前を通り過ぎて止まったWildmanはマッハのカックンブレーキに恐怖を感じました。KH250は貧弱とはいえ一応フロントディスクブレーキが奢られていたので現在の目で見れば効かないブレーキかもしれませんが、当時としてはこんなもんだろうというレベルの効きはありました。ところが初期型のマッハシリーズは750SSを除いて全てフロントはドラムブレーキの設定でした。見た目はカッコイイのですが止まるのが苦手というか止ろうとする意思が全く無いオートバイに思えました。
「曲がらない、止まらない、まっすぐ走らない」という'70年代当時よく言われていたマッハシリーズの恐怖の一端が垣間見えたのです。「こいつは怖いや、気をつけて帰らなければ死んじゃうぞ、第三京浜の料金所で止まれなかったら恥ずかしい伝説を作ってしまうので下道で帰りましょう」と一般道をトコトコと帰る事にしました。環八を抜け第二京浜に入る頃には少しコツをつかみ「そうか!3つ先の信号まで見てればいいんだ、そうすれば何とか止まれそうだ、マッハは安全運転の促進車だったのか!」と訳のわからない解釈が始まっていたのです。
横浜市内に入りだいぶマッハにも慣れてきたので「ちょっと飛ばしてみましょう」と思いました。広い見通しの良い道路で信号が青になりカエル君と同じ感覚で6000rpmくらいでクラッチをつないで発進したところ、いきなりポーンとフロントが持ち上がり意志とは裏腹にウィリー発進してしまったのです。「ウギャオー、コワー!!なんじゃこのバイクはー!!」と驚きで心臓がバクバクのWildmanでしたが、目の前にいた通りすがりの皆様にはさぞやカッコ良く見えた事でしょう・・・実際は不可抗力だったのです。
「は、速えー!このバイク、これがマッハフィーリングなのか!!!でも全く止まらないぞ!」と感動と恐怖がいっぺんにやって来たのです。350SSは速いバイクでした。500SS譲りの空冷2ストローク3気筒エンジンはピーキーな特性で、6000rpmくらいを境に急激にパワーが出る感じで、全開加速時はポンポンとフロントが持ち上がり、KHとは全く別モノのバイクに思えました。オートバイ全体の機能としてみればKHの方が良く出来ていますが、それは牙を抜かれてしまったSSにしか過ぎないのだと思いました。
KH250は車重160kgで28ps、それに対して350SSはもっと軽くて車重152kgで45psと圧倒的なパワーウェイトレシオの差 があり、エンジン特性もSSは高回転型でピーキーな物ですがKHは2ストロークとしてはややマイルドな中速寄りのセッティングになっていたと思います。見た目は似ていても乗ればその差は歴然でした。
「こんなにもカエル君と差があるとは思わなかった!こりゃぜんぜん別物だ、速いのは嬉しいけど止まらなくて怖いや・・・まさにジャジャ馬だこのバイクは」と思い、不良のA君が言っていた「アニキのは250CCのエンジンを積み替えて350CCになっているんだぜ」という本当の意味が7年以上経ってやっと理解出来たのです。
それからというもの、3つ先の信号を見ながらフロントをポンポンと上げてフル加速する快感を覚えてしまったWildmanは400CCクラスのバイクを見つけると常に勝負を挑んでいました。「オレは直線番長だ!信号3つ目までの加速なら負けねえぞ!!それ以上は止まらなくて危ないから勝負は終わりだ」と勝手にルールを決めては「シグナル3つ目グランプリ」を常時開催していたのです。
本当にですね、この14年落ちのマッハIIは同年代の中型バイクのCB400FourやGS400、GT380などは全く寄せ付けず、80年代の空冷4スト4気筒の400ccたち(XJ400、GSX400、CBX400等々)さえも相手の腕がよほど上手でない限り信号3つ目まではまず負ける事は有りませんでした。
旧いバイクで新しいバイクをブチ抜く快感を覚えてしまったWildmanでしたが、そんな事ばかりやっているから見事にバチがあたりました。忘れもしない1985年の7月28日(日)に白バイに捕まり1発で免停となりました。なぜ日付けまで正確に分かるのかと言うとですね、この日は現在も続くオモチャのスワップミート"ワンダーランド マーケット"の開催日だったからです!!いつも横浜で開催されるこのイベントですが、長い歴史でたった1回この年だけおとなりの川崎市での開催だったのです「川崎だからカワサキで行こう」とついマッハで行ってしまいました。しかも捕まった場所は数年後に自分の勤務地となるあの伝説の御所山のすぐそば、上原バス停付近でした。
信号待ちで並んだのはスズキGSX400インパルス(こんなのも懐かしいですね)「ケッ、GSXかよこんなのブッチちぎってやるぜ!この先は上り坂で下ったところに3つめの信号があってその先は止まれなくなる危険性もあるから勝負はそこまでだ」と勝手にルールを決めて信号が青に変わると同時に6000rpmでスタート!3本の白煙をあげてわがマッハ号は軽くフロントを上げ猛然とダッシュを決めました。「2速、3速!やった、このまま3つ目の信号まではオレの勝ちだな!!」とミラーを見るとGSXではなくて白いオートバイが赤い物をクルクル回して止まれと叫んでいます。「だまされた!GSXにだまされた!汚いやろうだあのインパルスは、だからスズキは嫌いなんだ!」と言っても後の祭り、おとなしく路肩にマッハ号を寄せました。
白バイ隊員サンが降りてきて「オマエ、飛ばしすぎだ!!」と何やら怒っていらっしゃいます。しかしこの時Wildmanはスピード違反よりももっと違う事を恐れていたのです・・・・・・
という事でやっぱり今回も話し切れませんでした。いい加減にしろという意見も御座いますが、それ以上にブログ風小説を楽しみにしていらっしゃる方が大勢いますので次回Part.8「オレとマッハと80年代」をお送りする予定です、今度こそフィナーレです、ハイ。