2ストローク3気筒、Wildmanオートバイ物語 Part.8
暑い暑い8月より始まった長期連載は際限なく続き、気がつけば秋・・・・・しかしまだまだ暑く、本人も熱くなり、どこまで話をすれば良いのか収拾がつかなくなってきた今日この頃・・・・しかし今週も勝手に怒涛のブログ小説はスタートします!
1985年7月28日(日)御所山付近でのGSX400インパルスとのバトルには勝ち、白バイには負けたWildmanは白バイ隊員サンの指示通りマッハ号を路肩に寄せて止まりました。「オマエ、飛ばしすぎだ!!」と隊員サンは御立腹、Wildmanはビビリまくりでした。スピード違反なんてどうでもよく、早く切符を切ってくれと願っておりました。「ちょっと急いでいたもので…」とボソボソ言うと「どこに行くんだ」と聞くものですから「貴重なミニカーを買いに行くので急いでいました」と今日の予定を告げると「ハア?????」と隊員サンは悩んでおりました。
「とにかくさっさと切符にサインしてこの場を立ち去らなければとんでもない事になるぞ、もう変な事を言うのはよそう」と思い直し、「すみませんでした、私が悪うございます」と謝り反省の態度をとっていると隊員サンが突然「しかし懐かしいバイクだなこれ、マッハだろ?」と話し掛けて来ます。「ゲッ!この人わかってらっしゃる!!」と嬉しくなったWildmanは「そーなんですよ、知ってます?僕のこれ、初期型ですよ初期型!!しかも白レインボーですよ、カッコいいでしょう!」と得意のベラベラ攻撃が始まりました。するとこの隊員サン反応してくれて「ドラムブレーキのヤツだろう?かなり旧いよな」とマニアの顔になってゆきます。そして我マッハ号を観察しています。
「3本マフラー懐かしいよな、さっきすごいケムリだったぞ」とケムリの事を誉められると?またも嬉しくなるWildman、「オマワリサンも好きなんですね!分かってらっしゃる!同じ白いバイク同士仲良くしましょう」とベラベラしゃべり続け「'71年型なんですよ、僕が7歳の時のバイクなんです、人造人間キカイダーにもハカイダーの愛車として登場していたんですよ」とどーでもいい事をしゃべっていると隊員サンがマッハ号のサイドカバーに目をやり「あれ、これ350じゃん」と恐怖の一言を発しました。
次の瞬間我にかえるWildman、「し、しまった!調子に乗り過ぎた、振り出しに戻さねば」と思い「あっ、これですね!エンブレムだけ350なんですよ!お金がないから車検付きの350なんて僕は乗れないですよ、ワハハハハ~」と作り笑いをしました。隊員サンは「ナンバーが250で、エンブレムが350???」と難しい顔をしています。
そして「さっき、オマエやたら速くなかった?本当に250かよ?」と状況は悪くなります。「や、やばい!もしフレームナンバーを見られたら秘密の書類とは全く違う車体番号だ、このまま逮捕で人生初の牢獄行きだぞ!」と青ざめます。こうなったらイチかバチかベラベラ攻撃だと思い、「オマワリサン知ってます?250SSと350SSって車体なんかまったく同じで車重も2キロしか違わないんですよ!でもパワーは13馬力も違うんですって!いつか僕も350SSに乗ってみたいですよ、でも本当は750SSに乗るのが夢なんです、究極のマッハですね」」としらじらしい会話を続けます。するとですね隊員サンは「俺は500が好きだな、やっぱりあれは速かったよ!」と素晴らしい反応が!!「そうですよね!やっぱオリジナルは500ですよね、あれはキカイダーもサイドカーをつけて乗っていましたし、最高速度なんて500キロって彼が言ってましたよ!!」などと楽しいとんちんかんなマッハ談義が続きました。
ベラベラ攻撃が一段落すると隊員サンは「じゃ、これにサインして」と赤切符を手渡します。「喜んで!!」と猛烈なスピードでサインをしました。「マッハも免許も大切にな」などとクールな一言を残しやがって白バイは消えて行きました。「た、助かった!演技力の勝利だ!さすが岡村小学校6年4組の時、学芸会で主役を張っただけのことはあるぜ!」と胸をなでおろしました。
イヤー本当にやばかったです、もし車体番号なんか確認された時には言い訳なんて考えつきません。350SSの車体とフレームナンバーで250登録、書類はもちろん見たこともない250SSのもの、何一つ合っていない無茶苦茶なバイクが街を走っていたのです。「うーむ、もう一歩で不良の仲間入りだったな、不良どころか犯罪者だ!こりゃ不良のA君もビックリだ!」と路肩で少し反省しながらも自分の演技力の素晴らしさを思い返すWildmanでした。しかし傷心のこの日はオモチャのスワップミートはあきらめて、なぜかそのお金でマッハ号のタイヤ交換に行ったのを覚えております。
大体なんでサイドカバーを250のものにしなかったと言うとですね、我マッハ号には350SSの中でも初期型のリフレクタータイプ(反射板)のエンブレムが付いていたのですよ。これが実にカッコイイ!!しかも当時でもカワサキからはパーツとして出ない貴重な物だったのでどーしても外すわけにはいかなかったのです(ただのバカです)その後も「やっぱりカッコいいから絶対外さない!」という信念の元にずっとそのままでした・・・
免停通知がやってきて、看板屋の社長に頭を下げて仕事を休ませてもらい講習に行きました。六角橋の交通安全センターで講習を受け、帰りにラーメンを食いながらWildmanは誓いました。「ばかばかしい、俺はもう捕まらないぞ!!二度とこんな所へ来るもんか!!」とこの強い思いはその後「信号3つ目グランプリ」を卒業し「信号3つ目の間に1回ミラーを見ましょうキャンペーン」に変わり見事これまで目標を達成中で1985年から2007年の今日まで22年間バイクでは1度も捕まっておりません!!素晴らしい!!(車では3年前に1度だけ捕まりましたが・・・)
そんなこんなでWildmanとマッハ号の80年代は過ぎて行くのですが、カエル君もまだ手元にありました。これではまだ話が終わりませんね・・・・秋の夜長にWildman's Blogを楽しみましょう!
次回はついにPart.9「今度こそフィナーレ」をお送り致しますが、もはや誰も読んでないかもしれませんね・・・