2ストローク3気筒、Wildmanオートバイ物語 Part.12
変態の皆様お疲れ様でした。3ヶ月に渡って連載のロングランブログ風小説、「2ストローク3気筒、Wildmanオートバイ物語」は12回をもちましていよいよ最終回となりました。
切腹はやっぱり痛いから嫌なので何が何でも今回で終わらないと大変な事になってしまいます。しかし皆様がこんなに旧いオートバイのお話にお付き合い下さるとは思いませんでしたので、変態さんの数が確認出来てとっても良かったです。
さて、カエル君ことカワサキKH250(推定1979年型)を90年代になってから手放してしまったWildmanは350SSの2台体制となり(1台はオブジェの不動車)細々と?オートバイライフを送っておりました。白マッハ号は意外にも調子が良く、大きなトラブルもないままそれなりに走行距離を稼いでいました。遠出をすることはめっきり減りましたが、たまに御所山8への通勤にも使い横浜市内のみをグルグルと走り回っておりました。用もないのに1時間くらい乗るのがちょうど気持ち良く、それ以上走ると気持ち悪くなるのがこの頃の白マッハ号とのつきあい方でした。
ある日通勤途中、掘割川横の16号線で横に並んだのは一瞬カエル君と見間違うライムグリーンのKH250に乗る若いにーちゃん(というか暴走族)でした。白く塗られた集合チャンバーがこの世のものとは思えぬ壮絶なサウンドを発しておりました。信号待ちでにーちゃんはマッハ号に気付きジロリとこちらを見たかと思うと日章旗のグラフィックスの入ったメットの奥でニッコリとほほ笑み「エスエスカッコイイッスネ!」と賛辞の御言葉をいただきました。「アホな暴走族だが趣味は一緒、マッハを好きなヤツは認めなくては」と思いしばらく並走しました。それにしても2スト用の集合チャンバーというのはわかっちゃいるけどムチャクチャな音で、音ばかり凄くてちっとも前に進まないのがとっても微笑ましく思えました。「よーし、ここらで我がインチキ250登録マッハ号の実力を見せてあげましょう」と思いアクセル全開、ケムリも全開、KH250を置き去りにしました。次の信号で追いついて来たにーちゃんは「速いっすね!本当に250すか?」と御質問、「実はかくかくしかじかでコイツは350ccなのさ」と自慢げなWildmanでした。この頃はトリプルはかなりの稀少車になっていて街中ではバイク好きの方々によく声を掛けられました。相変わらず250cc用ナンバープレートと350のエンブレムについては良く質問を承りましたが・・・
こうして90年代を過ごしておりましたが、こんな世捨て人もなぜか結婚することになりついに実家を出る事となりました(出るのはいいんですが、あまりの物量の多さに四苦八苦の引っ越しだったのは言うまでもありません)横浜の端っこの方に借りたアパートはミニカーとクルマの駐車スペースは確保出来ましたが、バイクを保管するにはあまり良くない環境でした。「うーん心配だなこれは、又もオヤジに頭を下げてマッハ号はしばらく実家に置かさせて頂きましょう」という事になり、2台のマッハはとりあえず実家に居残りとなりました。乗りたくなるとリード90かクルマで実家まで行き、気持ちの良い1時間くらいをメドに乗りまわし、気持ちが悪くなってくるとマッハ号を実家に戻し、アパートに帰るという生活パターンを繰り返しておりました。そして90年代も押し迫った頃、突然マッハ号と悲劇の別れがやって来たのです・・・・・
ある日の事、実家より電話があり「ところでお前バイクどうしたの?」と意味不明の事を言い出します。「なんで?そこに置いてあるじゃん2台とも」と言うと「無いよ2台とも」と理解不能な言葉を発します!!「○X△・・・・◇!!!!」と発狂モードになったWildmanは即行で実家に向かうと、いつもマッハ号2台を置いてあった場所にマッハ号が無いのです!!!「こ、これはどーなちゃったの??なんでマッハ号が無いの????」と半狂乱状態で家の周りを探してもあるはずがありません・・・・・・盗まれました、2台とも・・・・・・・きれいさっぱり無くなっておりました。まさか自分とマッハ号がそんな目にあうとは思いもよりませんでした。10数年を共に過ごしてきた愛車は一瞬で闇の中に消えてしまいました。結局盗まれた2台は出てくる訳もなく今日に至ります。出て来たのは白マッハ号から外されたナンバープレートのみでした(道路にクシャクシャになり落ちていて警察に届けられていました)
2度と再会する事もない2台のマッハは今頃どこでどのようになっているのでしょうか。バラバラになって部品取りになったのか、テキトーな書類と組み合わされて走っているのか、犯罪者Wildmanの元を離れていったマッハは新たな犯罪者により走っているかと思うと皮肉な物ですね・・・・
こうして長年連れ添った3台の中型2ストローク3気筒たちはWildmanの元から消えてしまい、全ては幻のような思い出となってしまいました。思い起こせば今から29年前、中学校の帰り道で不良のA君のお兄様のマッハとの衝撃的な出会いがWildmanオートバイ物語の始まりでした。あの出会いが無ければバイクなんか興味がわかなかったかも知れないですね・・・Wildmanにとってはあのゴールドのマッハこそがいまだに一番カッコイイマッハだと思っております(川に捨てられてしまいましたが)さて、不良ながら異常にイラストの上手かったA君はその後どうなったのでしょうか?Wildmanにバイクの事(マッハの素晴らしさ)を教えてくれたA君は中三の時のクラス替えにより違うクラスになってしまい進路は知りませんでした。しかしその後1度だけA君に遭遇した事があります。1982年ころ我が岡村町で床屋に行こうと思いフラフラ歩いていると交差点で前方より激しい70's暴走族カスタムのされた真っ赤なスズキGS400が爆音と共にやって来ました。「真昼間なのにノーヘルで2人乗りか・・暴走族は元気が良いのう」と思っていると乗っている二人組を見てビックリ!運転していたのは岡小、岡中と不良を貫いていたヘビー級の不良のY君でした(さらに数年後明らかにその筋の方となり、ベンツSクラスに乗っているのを目撃)そして後ろに乗っていたのはA君ではありませんか!「アッ、A君」と思ったらA君と目が合い、激しい爆音の中で彼もこちらに気付たらしく一瞬ニヤリとして、信号無視をして岡村4丁目方面に消えて行きました。「やっぱりA君はこうなっていたか、予想通りだったな・・・・」とこれがA君を見た最後でした。きっと今頃何かしらの形で立派に?なっている事でしょう。ありがとうA君(なんのこっちゃ??)
A君によりバイクは2ストロークという方程式を教わったWildmanは単純なのでそれ以来その教えを貫いております。すでに2ストロークのオートバイは環境問題により基本的には生産が終わってしまい今後は新たに開発される事もなく消えゆくのみの悲しい存在です。近い将来法律が変わり、2ストに乗ったら死刑になるかもしれません、みなさん気をつけましょう。
HDやトライアンフ人気で、日本はスーパースポーツのオートバイは売れ行きが悪く、一部のマニアさんを除いて、速いバイクというのは皆様興味の対象外になっていますね。別にマッハみたいに旧いモデルでなくても機会があったら2ストロークのバイクに乗ってみて下さいな。音、ケムリ、オイルの焼ける匂い、ピーキーな立ち上がり、全て2ストだけの世界ですよ。
という事でめでたくこの超長期連載のこのお話は完結となりWildmanは切腹を免れた次第でございます(良かった)しかし嬉しいお知らせです、いつかオートバイの話は第2章が始まりますよ。いつになるかは分かりませんので、今後もこの変態ブログを宜しくお願い致します。