いいじゃないの演歌だって、速さこそ正義GT-Rの世界
国産車にとってビンテージ・イヤーというのは1989年になりますね。
この年はトヨタ・セルシオ、ホンダNS-X、ユーノス・ロードスターといった後年名車と謳われるクルマたちが次々と発表され、バブル景気にも後押しされ、日本車が色々な意味で世界に認められた年だったと思っております。
そんな中、最終兵器と言えるクルマが16年振りに復活することとなり、話題沸騰となりました。スカイラインが人気物に戻るために(本当はグループAレースの完全制覇を目指すために)日本人が大好きなGT-Rを作っちまいました。この頃すでに国産車はかなり高性能になっていて、フェアレディZやトヨタスープラ、マツダRX-7等、ヨーロッパ車に引けを取らないスピードを誇っていましたが、そんなものを全て時代遅れにしてしまったのがR32 GT-Rでした。RB26ツインターボエンジンとアテーサET-Sというトルクスプリット4WDシステムというハイテクで武装したGT-Rは問答無用で国内最速はおろか、ポルシェやフェラーリをもうっちゃってしまうような存在となり世間を驚かせました。当然Wildmanも驚いてしまい、その存在が気になって仕方がありませんでした。ノーマルで280ps、ちょっといじれば400ps超え、気が狂ってしまえば600psという途方もない性能のエンジンを搭載している最新兵器がBNR32 GT-Rでした。
子供のころスカイラインGT-Rというのはトヨタ2000GTの次に偉いクルマで街でオーバーフェンダー付きのハコスカやケンメリを見ると本物かどうか自分なりにチェックポイントを決めてその真偽を伺っておりました。やれガラスが透明だの、音が違うだのと勝手に判断し「あれは本物、これは偽物」と決めつけておりました。何も分かっていない子供はとにかく「キャブっていうのが3つ付いていて、カムって言うのがダブルになっていて、バルブっていうのが4つあるからGT-Rは偉いんだ」という理論が成り立っていました。トミカのスカイライン2000GTがマイナーチェンジしてGT-Rレーシングになるという情報を得た時は、毎日のようにホームグラウンドの小笠原文具店に通い、その入荷を待っていました。1975年秋の事でした・・・・・
そんな感じでGT-Rというのは変態にとっては特別な存在でございまして、BNR32のデビューというのは久々に国産車の新車で興奮してしまうという状況になっていました。
この頃は身の程知らずで個人輸入した’68 Shelby GT350に乗っていましたがどうしても「GT-Rに乗ってみたい!ハイテクに侵されてみたい!」という気持ちが強くなってしまい、5年間連れ添ったShelbyに別れを告げ、身の程知らずPart IIとして新車価格¥445万円也のGT-Rを注文するという暴挙に出てしまったのです!
そんなお金どうしたかって?平成の車転がしと謳われた変態はとっても上手にクルマの売買を行いまして、溺愛していたShelby君をとっても高く引き取って頂いたのでございます。その前にもちゃんとGT-R貯金なる物を続け、当時は実家に生息させて頂いておりましたので、昼飯はお袋に最低賃金を支払い、お弁当を作ってもらったりして、一定の期間は散財も防いでおりました。そしてシルバーのBNR32 GT-Rがやって来たのです。小心物は入念過ぎるくらい入念なナラシ運転を行い、ついにそのパフォーマンスを味わう日がやって来ました。1991年5月東名高速下り線秦野中井インター付近よりGT-Rに鞭をくれ、アクセル全開バビューンと弾丸の如くGT-Rは加速して行きます。「ハ、ハエー!!ほんとにハエーぞこのクルマ、バカみたいだ!」と興奮する変態は上り坂をグングン加速し、全てのクルマを置き去りにして行きます。「ふっふっふ、俺は世界最速だ、どーだまいったか!」とマッハ号の時のような妄想が広がっていました。
気持ち良く走っていると、後ろから真紅の物体が迫ってきます。「う、フェラーリ348ではないかあれは敵だぞ、迎撃してやるぜ!」と3速にシフトダウン、フルブーストのツインターボエンジンは雄たけびをあげ、登りのコーナーを駆け抜けて行き、最後のトンネルを抜ける時には348はミラーの中で小さくなっていました。ただ相手が本気でなかっただけかもしれないのに変態は勝手に勝ち誇り「フェラーリなんて敵じゃねえな、まるで公道グランプリで優勝した風吹裕也みたいだぜ」と一人で「サーキットの狼」状態になり恍惚の気分に浸っておりました。でもホントーに加速では当時のV8フェラーリなんか問題じゃありませんでした。
「飛ばすことに意義があるクルマ」と勝手に解釈し、そのスピードに酔いしれておりましたが時間が経つと「速いのは自分じゃなくてクルマが速いだけなんだ」という事に気がつきましてなんかとっても醒めた気分になってしまいました・・・・
画像は我が戦闘機GT-Rで、手放す年に荒崎海岸周辺にて撮影したものです。ノーマルホイールをクロームメッキしたWildman号でございます。かっこいいなコイツ。
結局このハイテクカーには4年くらい乗って手放してしまい再びローテクカーへの道に逆戻りするわけなのですが、あの加速感は忘れられませんね、GT-Rだけの世界です。
89年の国産車は傑作揃いでございます。その中の1台を所有出来たことは変態冥利に尽きますね・・・いいじゃないですか、たまにはスカイラインという演歌も。アメリカ車にもヨーロッパ車にも無いあの世界・・・「ジャパンオリジナル、速さこそ正義なり」カッコいいぜGT-Rよ!!