我が家に新車がやって来た!Part II
Wildman家では1965年から始まった親父のマイカーライフが続いており2台のスバル360を乗り継いだ後、1967年にはついに新車購入という暴挙に出まして、我が家ではテレビより高い買い物としてまっさらの新車であるダイハツ・フェロー360が導入されたのです。(5月31日ブログ参照)
中古のスバルと違い新車のフェロー君は2サイクル水冷エンジンも絶好調で故障知らずの毎日を過ごし、親父の通勤グルマおよび幼年Wildmanの移動用車輛として立派に任務を果しておりました。
そして5年が経過した1971年になって突然「よし、クルマを買い替えるぞ!!」と全くクルマに興味のない親父がまたもや新車購入の暴挙に出たのです。その年に横浜市立岡村小学校に入学したWildmanはたいそう喜び「ついにウチにも軽自動車じゃない大きな車がやってくるんだ!いったい車種は何だろう?」と一人期待に胸を膨らませ興奮しておりました。
しかし恐ろしい事実が我が家にはあったのです。激動の60年代が幕を閉じ、未来に向かって行く70年代になっても、なぜかウチの親父はかたくなに普通免許を取得しようとはせず、自動二輪免許から格上げとなった360ccまでの軽自動車しか運転の出来ない軽免許しか所持していませんでした。そんなことはよくわからず、大きな車しか眼中になかったWildmanは絶対に今度はクラウンかセドリックかスカイラインかグロリアかスプリンターかセリカかギャランかベレットかはたまた憧れの外車か・・・・・と猛烈な期待を持って新車導入を待ちわびておりました。
そして5年間連れ添ったフェロー君を下取りに出して我が家にやって来た新車は何とまたしてもフェロー君だったのです。「何これ?また軽自動車だよ」と不安と不満でいっぱいのWildmanをよそに「そうだ、また新車だ!今度のもきっと調子いいぞ」と喜びいっぱいのクルマに全く興味のない我が親父でありました。
1966年にデビューした初代フェローは水冷2サイクルエンジンでFRのレイアウトを持っていましたが、1970年にフルモデルチェンジしエンジンは圧縮比のアップにより一気に7ps増しの33psとなって駆動方式もFRからFFに変更となりました。スバルやスズキのRRに対し近代的なFFレイアウト&四輪独立懸架と強力なエンジンによりライバルに差を付けたのです。
ボディもロングノーズを意識し、旧フェローよりもシャープなデザインとなり70年代へGo!という感じでした。
何よりもそのネーミングも強力になりフェロー君は「フェロー・マックス」へと進化を遂げたのでした。マックスですよマックス!もうこれより偉いのはないというくらい素晴らしく豪快なネーミングなのであります。その名前に惚れてしまったのか、親父はこのフルチェンジしたフェロー・マックスの購入に踏み切ったのでした。
先代フェロー君と同じく近所のM自動車にて購入となったフェロー・マックス号はまたもや同じボディカラーであるホワイトで「せめて色くらい変えてくれ~」という変態の願いもむなしく無事納車されたのでした。この画像は納車直後のマックス号と私になります。
さて我が家にやってきたマックス号でしたが、確かに全体的なデザインは70年代的なものとなり、ダッシュパネルをはじめとしたインテリアも先代に比べるとグッとスポーティで豪華になりました。何よりもサイドミラーがメッキではなく、黒いプラスチック製になっていたことに小学一年生はなぜか強烈な先進性を感じたものでした。エンジンもパワフルで「やっぱり新車はいいな!」という結論に達しつつありました。ウチの車はフロントグリルに“P”という大きなエンブレムが付いていたのでおそらく「パーソナル」というグレードだったはずです。
しばらく満足して乗っていたようなのですが、なぜか日に日に親父の機嫌が悪くなって行くのです。当時はその理由がよくわからなかったのですが、後年親父に聞いてみると「新車のくせに強烈な振動がステアリングに伝わってきて真っ直ぐ走らない!」との事でした。ダイハツ初のFF車だったので何か問題があったのでしょうか?M自動車さんでいくら調べてもらっても原因がわからずお手上げ状態となってしまったのです。
そしてついこの前の1971年の冬休みになった頃、突然我が家の車が変わっていたのです。フェローマックス号がやって来てからわずか半年後のことでした。
そして新たにやって来たのはまたもやフェロー・マックス!!!!!「こ、これは色を塗り替えてしまったのか」と全身に衝撃が走りましたが、今度のはフロントグリルに“P”というエンブレムが付いてなく、なにやら大げさなでっかいエンブレムになっていました。ボディ・カラーはホワイトではなく薄いメタリック・ブルーで新鮮に感じました。「いったいどーいうことなの?」と聞いてみると「前のヤツは不良品だから取り替えてもらった、今度のは上級グレードのハイ・カスタムなんだぞ」と何やら自慢げでした。
これも後年親父聞いてみると「あの車はいくら修理しても直らなかったからM自動車さんに高く引き取ってもらい、追金をいくらか払って最上級のハイ・カスタムに買い直した」という事でした。当時は子供でよく事情がわからなかったとで「ウチは半年毎に車を買い替えるんだ」と何やら嬉しい気持ちになったものでした。
さて我が家に新たにやって来たダイハツ フェロー・マックス360 ハイ・カスタムはさすが最上級グレードだけあり、内装も一段と豪華になっていて親父自慢の豪華オプションが付いておりました。
それはWildman家としては初のハイテク装備、「ナショナル8トラックカーステレオがセンターコンソールに堂々と鎮座していたのです。「こ、こんなの初めて・・・スゲエ」と感動するWildmanでしたがそこから流れてくるのはなぜか軍歌ばかりでした・・・・ステレオのおまけに付いていたのがこの素敵なデザインのステッカーでした。フェローのボンネットに貼ったら思いっきり怒られました。
この画像は買い直したメタ・ブルーのハイ・カスタム君で8トラックのサウンドを響かせながら長きに渡り横浜の街を疾走しておりました。こいつは本当に絶好調だったそうで大きなトラブルもないまま70年代を過ごしたのでした。(ちなみにクルマと一緒に写真に写っているのは私の弟で私ではありません)
これにてWildman家のフェロー・マックス物語は無事終了、と行きたいところなのですが、この後もフェローはまだ私の人生に絡んで来る事になるのです、お楽しみに。