我が家のペットはシックス・パック!? Part II
ベイスターズが快進撃を続けていたついこの前の1998年の梅雨時、ノミと一緒に我が家にやってきた野良出身の子猫の「ポロン」は大家さんが隣に住むという「ペット禁止」アパートにて2年間に及ぶ壮絶な隠ぺい工作を見事まっとうし、2000年の11月、横浜市の反対側に引っ越す事になりました。
なにが大変って引っ越しですよ引っ越し!!! 2000台近いミニカーはすべてティッシュで包み箱の中へ、本は20冊ずつくらいを束ねて紐で結び、スニーカーも型崩れしないように箱に入れて・・・・・とやっていたら全然終わらないんですなこれが!!「一体なんでこんなにウチには物があるんだ!」と怒ってもすべて私のものばかり・・・・
しかも意味不明なものが出てくる出てくる。一千冊の本の森と化した蔵書はその時点でも20年は手元にある物が多数を占めていましたが、ついついページをめくってしまいウットリ・・・・
「これは何?」と箱を開けてみると、実家近くの駄菓子屋で「ゆず」も通っていたという小林商店にて1978年に買った「チビッココーラ」がこんにちは・・・
当時「これは文化遺産だから20年は持っていよう」と買った物ですが30年後の2008年現在も未開封のままなのでビンテージ・ワインと同じような価値になっていると思います。ついこの前の物ですが。
「こっちの箱は何だろ?」と見てみると1980年にソニープラザで買ったポパイのイラストが描いてあるほうれん草の缶詰めがこんにちは・・・「何かデザインの参考になるかもしれん、開けずにとっておこう」と思ってから四半世紀・・・・これはもう食べられないでしょうね、ああもったいない。「一緒に入ってるこれは何?」と見てみると1978年に買ったスライムが未開封のままこんにちは・・・・ホット・ホイールのマテルが作った「ネバネバ、ベトベト、つめた~い」という緑色の怪しげな物体は30年たって程よく熟成され、中身は4分の1に減っているようです・・・アメリカの文化遺産だから取っておこうと思ったのにまさか再販されるとは78年当時考えてもみませんでした。
「オッ、この袋の中は何かしら?」と開けてみると1997年、東京ドームにて行われたKISSオリジナルメンバー再結成時ライブの時に拾って来た紙吹雪さんがパラパラと舞います・・・さらに1978年に製造されたKISSのガムが未開封のままおいしそうに出てきました、ああ楽しいな!!!
こんな感じで意味不明の荷物と格闘していましたが「とてもじゃないけど自分達だけでの引っ越しは無理」と早々に結論を出し、引っ越し屋さんにお願いする事になりました。最初の引っ越しの時は会社から‘74 VW TypeIIを借りて自分でやったのですが・・・
とりあえずお見積りをと思い、引っ越し屋さんを呼んで我がアパートの中をチェックとなりました。すると営業の方が「あの~、石井さんの家は二人家族でしたよね?」と不審な顔をされます。やな感じと思いましたが「はい、人間二人と猫一匹とついこの前までハムスターが一匹いましたけど・・・」と答えました。山積みとなった私の荷物を見て電卓をはじいた営業の方の口から変態の想像を絶する変態的なお見積りが出たのです。
「このお荷物の量ですと\21万円になります」 と言う狂言に近い物でありました。「へっ??いま何とおっしゃいました???横浜市内から横浜市内への引っ越しで¥21万ですと!!!!!!そりゃぼったくりじゃねえか」と思っても小心者は口には出せず「どうぞお引き取り下さい」と営業の方を追い返しました。
「大変な事になった、作戦変更だ!」と思ってもやっぱり自分たちだけでで引っ越すのは無理という結論しか出ず、他の引っ越し屋さんにお見積りをお願いしたのです。しかし来る営業の方々はみな絶句!「こ、これは二人分のお荷物ですか・・・」と同じようなことを言います。「ハイ、二人分というより殆ど一人分なのですが・・・」と言うしかありませんでした。
結局3件目の引っ越し屋さんが一番安い見積もり金額となり、そちらにお願いする事になりました、たいして安くなりませんでしたが・・・・
引越しの当日、徹夜状態で早朝までミニカーの梱包に追われ、朝9時に我がアパートの前にやってきたトラックは何と4トン1台と1,5トンが2台・・・いったい何が起こるのかと近所の好奇の目にさらされたのです。
アパートの中から運び出されるおびただしい量の段ボールには全て割れ物シールが貼られていて、引っ越し屋のお兄さんが「これの中身は何ですか?」と聞いて来るので「ミニカーです」と答えます「じゃこちらは?」はい「ミニカーです」これもあれもそれもぜ~んぶ「ミニカーです」と答えるしかありませんでした。引っ越し風景を見ながら「この建物の中にナゼこんなにもたくさんの荷物が入っていたのでしょう・・・」と疑問に思いました。近所の人も自分も不思議に感じていました、収納の達人Wildmanであります!!
壮絶な量の荷物と一緒に野良出身のポロンも一緒に引っ越しをして無事に新しい生活が始まりました。
野良出身のくせにすくすくと育ち過ぎ、ピーク時の体重は何と8キロ!に増大したポロンは「デブネコ」というより「体格の良い大きな猫」になりました。微妙に洋猫の血が入っていたのか、骨格がいいという感じで背高のっぽの不思議な体型となったのです。
とってもおとなしい奴で外にも一切出ずにひっそりと家の中だけで暮らしていましたが、気付けばペット禁止のアパート時代から計5年の歳月が過ぎておりました。5歳になったポロンの唯一の趣味は飛んでいる雀を窓から眺めて「ニャ、ニャ」と奇怪な声を発することだけでした。さすが野良出身、無趣味なやつだぜ・・・と思っていました。
そして忘れもしない2004年1月30日の夜8時半過ぎ、Wildman家に悲劇が訪れたのでした。
その日、2日間預かったオートバイのPinstripe施工を終了し、御所山Studioにてお客様をお見送りして片付けをしていると、滅多に鳴らない携帯電話が鳴りました。電話の相手はカミサンでした、何だろと思って出てみると支離滅裂で何を言っているのかよく分かりません。「お~い、ど~した?」と聞いてみても泣いているだけです。「やばっ、この前内緒で買ったミニカーがばれたのか!こりゃ離婚になるかもしれんぞ」と思い、慌てふためいて家に帰りました。
そして猛ダッシュで家に帰ると、そこには泣き叫ぶカミさんと息絶えたポロンの姿があったのです・・・・
「エッ、何で、ど~して????」とこっちも元々おかしい頭がさらにおかしくなりましたが、現実としてポロンは家の中で絶命していたのです。
カミさんが仕事から帰った時は既に息がなく、部屋の中で横たわった状態で死んでいました。
全く死の兆候はなく、その日の朝も出掛ける時は普通に見えたのですが、まさに突然死という形で死んでしまったのです、トホホ・・・・
ついこの前の1998年の梅雨時、御所山Studio付近の紅葉坂にてカラスに襲われていた所を偶然保護された野良出身で推定5歳半の雑種猫ポロンは2004年あっけなく天に召されてしまいました、サヨウナラ・・・・・
という事で「悲劇のWildmanペット物語」は終了となるはずでしたが、ここから壮絶な「Wildmanペット物語、格闘編」が始まるのです。次回連載3回目をお楽しみに!!