先日ですね、当ブログにて知り合った本物の小田急ロマンスカー運転士のH氏が本牧はMooneyes Area-1に遊びに来てくれました。
Wildmanが愛してやまないロマンスカーNSE3100の現役時代に本当に運転されていたという痺れるような経歴の持ち主なのであります!!

きっと当時はこういう風な感じで運転されていたのですね。

ロマンスカー・パイロットと言えばNHRAやBonnevilleレーサーに匹敵する優秀な人材と認識しておりますので、あんまり嬉しくて思わずサインをいただいてしまいました。
これで力道山先生、ボルグ様、大洋ホエールズの選手たちと並ぶサインコレクションに一点追加となりました、有難うございます。

で、今週こちらの本が発売となりました、モノ・マガジンのNo.678になります。もう30年も続いているという凄い歴史を持つ本ですが、私も自分の趣味の守備範囲の特集号は揃えさせて頂いております。

今回の号ではトイズ・マッコイさんの特集がされておりまして、その中でマッコイ岡本社長のシェルビー・コブラ427が出ているのですが、私にとっては岡本社長と言うよりも岡本画伯というイメージの方が強いのです。

ついこの前の1977年ポパイ18号の表紙は岡本画伯の筆によるスキーを背負ったブルーのビートルのイラストなのですが、当時13歳の少年Wildmanに強烈な印象を与えてくれまして、「なんでボディがヌメっとみえるんだろう?何でバンパーがメッキに見えるんでしょう??」とこの作品に感動しまくっておりました。思わず自分でもスキーを背負ったスバル360のイラストを描いてみましたがヌメっとはなりませんでした・・
まさかそれから四半世紀以上経って一緒にお仕事をさせて頂いたり、お話が出来るとは思いませんでした。
で、記事の中では岡本画伯とシゲ菅沼のシェルビー・コブラに関する対談に変態一人が割り込む形で?構成されております。

岡本画伯の迫力あるシェルビー・コブラ427 S/Cといっしょに写っているブルーの’66シェルビー・ムスタングGT350は何と変態の愛車でございました。
御丁寧に細かな解説も入れて頂きまして恐縮であります。

私のクルマは1966年に2380台作られたGT350の内、ちょうど800台目のキリ番でありまして、当時ロスアンゼルス空港の敷地内にあったシェルビー・アメリカンから直接最初のオーナーにデリバリーされています。

シェルビーのシリアルSFM6S800というクルマになります。
シリアルプレートのSFMはShelby Ford Mustang、6は1966年式、Sはストリートバージョン(Rだったら天文学的数字の価値のあるレーシングバージョン)800はこの年800台目のGT350ですぜという意味なのです、ウソ八百みたいですが・・・
800台目からリアの足回りが小変更され、いろんな文献にやたら800という数字が出て来まして何かドキドキしてしまいます。
その後複数オーナーを経て80年代にはレース仕様にモディファイされ、SCAAビンテージレーサーとして西海岸のサーキットを走っていた模様です。

90年代に入ってJames Romanoさんという方が元の状態にレストアし、ナゼかフェラーリディーラーに売却され、その後92年にバレットジャクソンオークションに出品され、94年頃日本に上陸し、ついこの前の95年にナゼか変態の元へやって来ました、ご愁傷さまです・・・
こういった事が調べられるのもアメリカという国の奥の深さですが、今後個人情報が出にくいご時世となり調べにくくなってしまうのでしょうか??

まあこのクルマはずっと私の元で1/1ミニカーコレクションとして過ごすので個人情報もへったくれもないのですが・・・
46年前に造られた一台のGT350は数奇な運命をたどって日本の変態の元で生息しております。アメリカのマニヤの皆さ~んSFM6S800は岡村町にありますぜ!!