ロカビリーもいいもんだ!ブラックキャッツの幻
猛烈に暑かった夏も終わり、そろそろPinstripeには絶好の季節がやってまいりました。やっぱり湿度が低くて、25度前後の気温が一番作業しやすいですよね。といっても最近は異常気象で、突然の豪雨があったりピーカンになったりと、天気予報が大好きなスーパー雨男Wildmanも困っております。
困った天気といえば、ついこの前の1982年の夏も変でしたよね。最近なので当然皆さんも覚えていると思いますが、なかなか梅雨が明けなくて、明けたと思ったら台風攻撃でとっても冷夏なSummer Timeでございました。
絶好調のホンダ・リード50で走る時もカッパばかり着ていたのを覚えております。そしてリードで自宅より30秒走ったところで財布を落とし、7分後には交番に届けられていたことも思い出しました。拾ってくれた八百屋さんは今も健在であります、その節はありがとうございました。
82年、この年もやっぱりKISSは来日せず、もうこのまま一生日本には来ないのではないかと、とっても不安な日々を送っておりました。そんな中、高校のクラスメートのN君が(そういえば彼もKISS好きでした)「これ聴いたことある?」とTDKのカセットテープを差し出しました。「ロカビリーなんだけどさ、結構カッコいいんだぜ、聴いてみなよ」と無理やりカセットテープの貸し出しを受けたのです。テープには彼の字で”Black Cats”と書かれていました。「ブラックキャッツ?何だっけ?名前は聞いたことあるような、ないような・・・」
家に帰って雑誌で調べてみると「あ、あれか、思い出した!聴いたことないけど」とブラックキャッツが何だったかうっすらと思い出しました。
70年代に原宿にオープンした「クリームソーダ」というロカビリー系のファッションをメインとしたショップが修学旅行生のお土産の対象となってバカ当たりしてビッグビジネスとなりました。猛烈に甘い香りのポマードやクシ、サイフ、奇抜な色使いのフィフティーズなデザインのシャツやパンツを求めて原宿に少年達が集まりクリームソーダは一つの時代を作りました。その店の店員が集まって1981年にロカビリーバンドを結成したのがブラックキャッツでありました。今で言うとカリスマ店員のはしりみたいな物なのでしょうな。ウチには保土ヶ谷在住のカリスマ店長がいますが・・・・・・
早速テープを聴いてみると、どう聴いてみてもアマチュア・バンドの域を出てなく「こりゃ学園祭レベルだ、いやもっとうまい高校生もいるぞ!」と妙な興奮を憶えました。まだ練習中のような演奏、どっかで聴いたことあるようなロカビリーのメロディー等々凄まじいものでしたが、何か印象に残るのです。
それは演奏云々ではなく、ボーカルの甘く切ない歌声がとっても心地良く感じられたのです。「ウーム、このボーカルは素晴らしい、素人っぽいけどそこがたまらん、ロッケンロールだぜ」とブラックキャッツがお気に入りに登録されたのです。

そしてさっそくLPレコードを購入しなければならなくなり、ブラックキャッツのファーストアルバム“Cream Soda Presents”が我が家にやってきました。かなり有名なジャケットのデザインなので、当ブログの読者様なら覚えていると思います。
6人のメンバーで構成されていたブラックキャッツは皆さんバリバリのリーゼントで決めていましたが、もちろんフィフティーズを意識していたので「横浜銀蠅」とはちょっと違うルックスでした。何といってもボーカルの高田誠一さんのルックスがその歌声とともに抜きんでておりましたので、まさにカリスマ店員という感じで人気物でございました。本当にカッコいい人でありました(Wildmanホモ疑惑ではありません)
「こうなったらカリスマに会いに行くしかないな、原宿はクリームソーダにGo!だ」とカセットテープを貸してくれたクラスメートのN君と早々に学校を自主早退し、横浜から京浜急行、東横線、国鉄と乗り継いで、原宿に到着となりました。まだ「裏原宿」なんて言葉もなかった頃のことです。以前日曜日に原宿に出撃したときは歩行者天国で「竹の子族」の皆様が巨大なカセットデッキを抱えて「E気持ち」になって不思議な踊りを踊っていたのを思い出しましたが、この頃は「ローラー族」に変わっていたようです。そして伝説のお店「クリームソーダ」や系列の「ガレッジ・パラダイス東京」にたどり着いた二人組は制服のままお店の中を巡回しました。
80年代初頭テニスにおいてボルグ様にあこがれ、ポパイに影響されてNikeを履きUCLAなライフスタイルを目指していたWildman少年にとってクリームソーダのファッションは未知との遭遇のようなものでした。
「何という色使い、そしてこのデザイン、これはフィフティーズなんかじゃなくニューウェーブだぜ」とクリームソーダの感覚にびっくり仰天という感じでした。とても着こなせるような代物ではないのでステッカーやバッジを物色していると店員さんがこちらに近づいて来ます。「どこから来たの、修学旅行?」と声を掛けて来たのは何と勝手にカリスマ店員に認定していたブラックキャッツはリードボーカルの高田誠一様でありました。「アワワワワ、私は修学旅行生ではなく横浜より学校帰りにやってまいりました」と緊張して答える創世期の変態でありました。いろいろと商品の説明をしてくださりましたが、お金も着こなす自信もなかったのでステッカーとTシャツ一枚を購入し、サービスでメモ帳を一冊戴き、N君と緊張したまま家路についたのでした。ついこの前のことですが・・・・・これがその時(26年前)にステッカーを入れてもらった紙袋になります。
その後ブラックキャッツは次々とアルバムを発表し、明らかに演奏力は進歩しているのが一作ごとに分かるようになりました。当時人気のGo Go’sの前座としてですがUS Tourまで敢行したのもこの頃で、その後写真集なんかも出て、ブラックキャッツの人気は一部の世界でですがピークに達しました。
85年には何とコカ・コーラのTVCMにも起用され高田誠一さんが俳優さながらの色男ぶりを発揮しました。Coke is it!であります。メンバーチェンジや脱退等もあって、86年にはブラックキャッツ解散となり一つの時代は終わりを告げました。
その後94年に高田さんともう一人の人気メンバーだった覚田さんの二人だけで再結成し、アルバムを発表していましたが、それも99年に解散して高田さんは故郷の長崎に戻られました。
その後数年がたち2004年になってインターネットで高田さんが白血病で44年の生涯をとじた事を知り驚いてしまいました・・・・・・合掌。
もはや再々結成の望みもなくなり幻となったブラックキャッツですが、伝説のロカビリーバンド「ストレイキャッツ」の完璧な演奏力と比べてしまうと、手も足も出ません。
しかし高田さんのカリスマ性やあの時代にあの形で活動したことは意義があったと思います。ブラックキャッツはCD化されているので簡単にあの時代にタイムスリップ出来ますよ。
TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE・・・・・であります。